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海月
335
🍎🥧アップルパイ
とあるマンションの一室に、警察が集まっていた。
黄色のテープが張られた部屋の中に、コート姿の刑事が入る。
散らばるエナドレ、空のカップ麺、足の踏み場もないくらいの汚部屋。
その中で唯一綺麗なパソコンデスク。2枚のモニターが並び、正面のメインモニターにはゲーム、隣のサブモニターにはSNSの画面が映しっぱなしになっている。
コート姿の刑事は、椅子に座って天を見上げながら事切れてる少年に手を合わせる。
死者の冥福を祈ると、スーツ姿の刑事が現場報告を行う。
「警部、遺体はこのマンションに一人暮らしの高校生、斎藤遊矢で間違いありません。争った形跡や、強盗に押し入られた形跡もなく事件性は低いです」
「自殺か?」
「いえ、死亡推定時刻頃にSNSの更新をしており、自殺をほのめかすものはありませんでした。可能性は低いかと思います」
「死に際にSNSをしていたのか?」
「この少年インターネットでアダルトゲームサイト【今夜もエロゲでWISH】の運営をしておりまして。先月に発売されたゲームソフトを寝ずにプレイして、攻略記事を更新しています」
「どこか企業に所属しているのか?」
「いえ、個人で運営していたようです。一部界隈からはNTR王子という愛称で有名人だったみたいです」
「NTRとは?」
「インターネットスラングで、寝取り、もしくは寝取られを意味するようです。彼のSNSの記録から、これまでもゲーム発売日に寝ずにプレイして攻略記事を上げる事が習慣化していたようです」
「エロに対する熱が凄いな……。王子というのも頷ける」
「今回彼がプレイしていたゲーム【汚された聖剣伝説~輝けグローリーナイツ~】というもので、ヒロインが50人いるらしく、その攻略中に力尽きたかと」
スーツの刑事は50人のヒロインが写るパッケージを見せる。
「それはそんなに時間のかかるゲームなのか?」
「メーカーに問い合わせたところ、完全クリアには最低400時間は必要と答えが返ってきました。それを寝ずにプレイしようしていたみたいです」
「王子は相当頭が悪かったようだな……死因は睡眠不足か?」
「詳しいことはまだわかりませんが、攻略中にDLCがメーカーから発表されたようです。100人のヒロインが追加されるとわかって、心臓発作を引き起こしたようです」
「それは心臓発作起こすだろう」
「彼のSNSの最後のツイートが、えっ100人追加? まだ30人しか攻略してないんだけど、となっています」
「それと同時に魂が飛んでいったんだろうな……」
◇◇◇
俺は広々としたベッドの上で目を覚ました。
どうやらゲームのやりすぎて意識を失ってしまったらしい。
よくよく考えれば、冬休みに入ってから寝た記憶がない。
「確かさっきセーブした時、プレイタイムが310時間とか出てたんだよな」
えっもしかして10日以上ぶっ続けでやってたのか? ちょいちょい意識を失ってる時間はあったものの、ほとんど攻略とサイト更新をしていた気がする。
「ってことは年も明けてるよな。全く正月感がない」
SNSで明けましておめでとうと呟いているユーザーがいたような気がしたが、ゲーム攻略に夢中で全く気にもとめていなかった。
自分のエロゲに対するストイックさが怖い。
とりあえず腹ごしらえしなければ、後でコンビニ行ってエナドレ補充しないと。
こんなことしてたら100%早死にするだろうなと思いながら、勝手知ったる6畳間を見渡そうとして唸る。
俺の目に映るのは天蓋付きのベッド、壁にかけられた高そうな絵画に花瓶。
真っ白なチェストボードに獣皮のカーペット。
「…………ん?」
何かがおかしい、俺のパソコンはどこだ? PSは? SWITCHは? 一人暮らしの汚い台所とエナドリに溢れた愛すべき汚部屋は一体どこ?
まさか誰か知らない人の家で寝てる?
家というより、一泊100万くらいしそうなホテルのスイートルームという感じだが。
どうなってんだと思いつつベッドから立ち上がり、驚くほどフカフカなカーペットを踏みしめて窓の前に立つ。
重厚なカーテンを掴んで開けてみると、チュンチュンと朝日が眩しい青空と、広々とした庭園が広がっていた。
陽の光に照らされた庭は花々が整然と並び、奥にはトロピカルなフルーツが育ちそうなヤシの木っぽい植物。更に奥には噴水と、アーサー王伝説に出てきそうな石に突き刺さった剣のモニュメントが見える。
「……ハワイの豪邸にでもきたのかな?」
俺は恐る恐る窓を開けてみると、爽やかな風が吹き込み花の香が漂ってきた。肌に感じる感触がリアルで、これが夢とは思えない。
「……どこ、ここ?」
急に非日常が始まり、自然と眉がハの字に下がる。
さっきまで汚部屋でエロゲ攻略していたら、王室みたいな部屋に移動しているでござる。パニックになるなという方が無理筋である。
一旦深呼吸してから窓を閉じ、俺は腕を組んだままグルグルと部屋の中を3週回ると、自身の着ているものが目に入る。それは純白のバスローブだった。
「意味がわからん、ってか何このフッカフカなバスローブ。こんなの着るのゴッドファーザーくらいだろ」
服を確認すると同時に、むちむちのクリームパンみたいな手が目に入る。
「なんじゃこのデブの手は」
手の甲にはイレズミ? のようなものが刻印されている。
手がパンパンなせいで、それがドラゴンなのかトカゲなのかよくわからない。
「まさか服装だけじゃなく、自分の容姿もかわってる?」
そのことに気づいた俺は、金の装飾がされている鏡台に駆け寄った。
鏡に映し出されたのは、身長155センチほど、髪は栗色で横髪がカールしているベートーベンみたいなヘアスタイルの少年。
目つきは悪く三白眼気味で、首はだるんだるんだし、腹は太鼓のように張り出たメタボ体型。体重は恐らく90キロくらいはあるんじゃないだろうか。
その悪役みたいな見た目の男に俺は見覚えがあった。
「えっ……豚王子じゃん……」
ラウル王子とは、俺がプレイしていたゲーム【汚された聖剣伝説~輝けグローリーナイツ~】に登場するリガルド帝国の第三王子である。
リガルド帝国はグローリーナイツで登場する悪の帝国であり、ラウルの父メッサーはラスボスの役割を担っていた。
ゲーム設定では、まともに魔法を使えないラウルは王位継承争いから外され、父王の愛人と一緒にムカム島という島で暮らしている。
父王から酷い扱いを受けているにもかかわらず、特に反骨心もなく勝手気ままに人に迷惑をかけながら生きていた。
作中では非道な脅迫行為や催眠でヒロインたちを追い詰め、エロゲ的なあれやこれやをする典型的な竿役(✕)敵キャラである。そのあまりにも自分に素直な生き方から、側近含め周囲から無能豚王子と呼ばれている。
俺は自分の顔をペタペタと触り、タチの悪い冗談ではないかと思い自身の頬を一発引っ叩いてみる。
しかしながら現実はかわらず、ぶくぶくと肥え恐らく30代前半くらいで、生活習慣病を発症すること間違いなしの男が映し出されている。
「少年時代のラウルって感じだな……。俺、もしかしてゲーム世界に転生した?」
そういや意識失う前、ネットで嫌な情報を見て心臓が痛くなった記憶が……。
あれ? 俺死んだのか? この突拍子のなさは異世界転生としか思えない。
常々ゲームの世界に行きてぇなと思っていたが、違うそうじゃない。
なんで敵役側。普通主人公キャラに転生するだろ。
「ま、いっか。なっちまったもんは仕方ないもんな」
汚部屋でエロゲ三昧という人生も悪くはないが、ゲームの悪役王子に転生したほうが面白そうである。
悪代官のように権力を乱用し、エロゲのキャラになりきるというのも楽しそうだ。
「それはそうと、このキューティクルエグすぎる髪型だけはなんとかしないとな」
コメント
1件
うわぁ、面白かったです!NTR王子の異世界転生、警察の冒頭がもうツボりました。「100人追加?」で心臓発作って、エロゲ勢あるあるすぎて笑っちゃいました。豚王子・ラウルになっちゃった主人公の「なっちまったもんは仕方ない」の切り替えの速さ、逆に清々しいですね!髪型直したいってオチも好き。続きが気になります!