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世界を暗黒に染める黒き者達の来襲から1000年。
敵意ある生物の蔓延に人々は恐怖を強いられている。
しかし、希望の種は芽吹き、黒き者達へ対抗する術もその世界には存在している。
封印されし祠に収められていたディスティニーソード。
黒き者を斬る神の法具を受け継ぐ勇者の誕生は大陸中に噂となって駆け巡っていた。
「暇だわ」
のどかな緑の風景の中。
ポツンと立ったレンガ造りの小さな家の前で町娘Bは盛大なため息をついた。
赤毛の姫カットの彼女はこの辺りでは唯一の若者だ。
この先もこの場所を動く事はないだろう。なぜなら大事な仕事があるからだ。
だが、町娘Bの最大の関心ごとは蠢く黒き生物を狩る冒険者達の観察だ。
若い娘が好きそうな可愛いブティックもなければ、食事処もない。
あるのは蠢く黒き森に続く道だけだ。その入口も数キロは先である。
ゆえに己の腕を試すために町娘Bの家の前を何人もの冒険者達が通り過ぎるのが日常であった。
そんな人々を見るのが町娘Bは好きだった。それなのに、
「なぜ、ひとっこ一人来ないの!」
ここ一か月ほど、誰の姿も見ないのだ。
しかも、噂が事実であるならば黒き者のボスを倒すであろう勇者御一行様の到着もそろそろのはずだ。
唯一、町娘Bに用意された立ち絵のシーンが一向に始まらないのはなぜなのか。
「容姿端麗な人々が見たいのに!」
ああ、もどかしい。
爆発しそうな感情を発散するように町娘Bはその場で地団駄を踏んだ。
「失礼…お嬢さん?」
突然声をかけてきたのは長身で体格が5倍ほどある男性だ。いかにもな冒険者の身なりだ。
おお~顔面偏差値高め。
筋肉美70%かしら?
よっしゃ!
主要キャラ確定ね!
町娘Bは心の中でガッツポーズをした。
久しぶりの筋肉だ。
目がキラキラ輝き、肌の調子も一気にハリが出ているはずだ。
「あの、蠢く黒き森へはこの道でいいのだろうか?」
「はい冒険者様!」
町娘Bは決められたセリフを返した。
彼はこの後、森でピンチの所を勇者、もといこの世界の主人公に助けられ仲間になるはずだ。
つまり勇者の登場も近い。
うふっ!
久しぶりに最高の筋肉をお目にかかれる。
胸が高鳴るわ。
「そうか。助かったよ」
「お役に立てて光栄ですわ。冒険者様に幸あらんことを…」
でもまずは、この冒険者の筋肉を焼き付けとこっと!
「ありがとう。感謝する!」
パリンッ!
「何⁉」
突然の騒音に
町娘Bは思わず天を見上げた。
まるで世界が真っ二つに割れるように空に黒い線が引かれている。こんな光景は初めてだ。
後は冒険者を見送り、勇者御一行を待てば町娘Bの仕事は終わるはずだったのに、こんなシーンは想定外だ。
黒い線から虫の幼虫のような気持ちの悪い青いモンスターがまるで雨のようにこちらに猛スピードで降りてきている事だ。
「ちょっ!こっちに来る気!」
そうつぶやいている間にモンスターは器用に着地し、首をかしげるようにこちらをのぞき込んでいる。
ちょっと可愛いと思ってしまう自分の感性を疑った事は今までなかった。
「出たな魔物!」
冒険者は用意されていた言葉とばかりに言い放った。
「どうしてここに魔物がふってくるのよ!」
この手の魔物が特定のフィールドにしか出現しないはずだ!
そういう仕様になっているのは口に出さずともこの世界の人々なら周知の事実だ。
「ここであったが100年目。退治してやる!」
ガルルルッ!
「ぐはっ!」
冒険者はあっけなく魔物の鋭い牙の餌食になっていた。
「そんな…俺が負けるのか?」
赤い血の変わりに無数の結晶体が町娘Bの頬に傷をつける。
「噓でしょ!どうして主要キャラが序盤で負けるのよ!」
ギュルッ!
「逃げなきゃ!」
町娘Bに戦闘能力はない。
そんなこと彼女が一番よく分かっていた。
あっ足が動かない。
魔物が町娘Bの体を地面に押し付ける形で馬乗りになる。
私…死ぬの?
そんな設定なかったはずだ。
ただ、やってくる冒険者達に決められたセリフを語り手を振るそれだけの役割だ。
罪というなら、ひそかに鍛え上げらえた彼らを観察し、うっとりしていただけだ。
それだけだ。
人生って不公平だわ。
魔物の図体の隙間から見える世界が崩れていくのが見えた。
どっちにしてもこの物語は終わりだわ。
町娘Bはすべてをあきらめようとした。
しかし、不協和音よろしくといった叫び声が耳に入り、視線は再び色を取り戻した。