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会場を出て見失ってしまったアレイシアを追う。
廊下に視線を回すもアレイシアはいなかった。
……だが、視線で見えなくてもなんとなくアレイシアのいる方向はわかった。
ゆっくりとだが、コツコツとハイヒールの小さな足音が聞こえる。
本当に耳が優れていて良かったと思った。
そう思いつつも、僕はアレイシアの足音が聞こえる方へ向かう。
コツ…コツと小さく、ゆっくりと刻まれる足音。
だけど、途中から音が途切れてしまった。
……立ち止まったか。
唯一の手掛かりを失ったことで焦りが生じるも、急いで向かう。
しばらく歩くとそこは会場ホールからそこそこ、廊下の端のところどころに装飾品が並べられている。
「……一体どこに」
『グス……グス……』
だが、足音が聞こえなくなってからしばらく歩くと誰かの泣き声が聞こえる。
僕はゆっくりと足音を立てないように音源の近づく。
その泣き声の正体はアレイシアだった。
大きなツボが置かれた台の側、少し隠れるようにしゃがんでいた。
だが、ドレスの裾が見え見えのため、全てを隠しきれていない。
僕はアレイシアに声をかける。
「やっと見つけました」
僕が声をかけると土台から少し見えていたドレスの裾がわずかに動く。
驚いたのだろう。
アレイシアはそのまま深呼吸をしてゆっくりと立ち上がり僕を見つめ言葉を発する。
「……取り乱してしまい……も…申し訳ありません」
アレイシアの目は潤っていて目元が僅かに赤くなっていたことから泣いていたのがわかる。
声は震えて、今にも泣きそうなところを堪えて僕の前に立っている。
「大丈夫ですか?……よろしければ使ってください」
僕は内ポケットに入れていたハンカチーフを手渡した。
「……何故このようなものを……用途がわかりません?」
「いや、今泣いていましたよね」
「泣いていません」
だが、アレイシアは受け取らなかった。
僕を睨み続け、近づくなと言わんばかりに目を見つめてくる。
彼女はどんなときにも気丈に振る舞う。それは僕にも例外ではない。
「気を使わせて申し訳ありません。今は一人にさせてくださいまし」
僕を突き放すように言った彼女は背を見せて歩き始めてしまう。
『ドッドッドッドッ』
……だが、聞こえた鼓動の速さは今までで一番のものだった。
声が震えて……それでも強がって絞り出した鋭いナイフのような発言をする一致しない言動。
このまま一人にさせたくない。
僕はそう思考すると彼女の手を掴んだ。
「?!……アレイシア」
手を掴んだ瞬間、振り向いたアレイシアの顔を見て僕は驚く。
アレイシアの綺麗な深みのある青色の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていて、僕と目が合うなりすぐに僕が掴んだ手を振り解き自分の顔を両手で隠し座り込んでしまう。
このまま何も声をかけないのはよくない。
僕は安心させるために一言紡ぐ。
「大丈夫ですから」
僕はそんなアレイシアに歩み寄る。
だが、僕の言葉を聞きアレイシアは僕に強い口調で発言する。
「何が大丈夫ですか!なんの根拠が!わたくしは醜態を晒してしまったのですよ!……あ…今のは」
……彼女は感情が爆発してしまい一瞬我を忘れ、僕に怒鳴ってから少し冷静になったらしく黙ってしまう。
アレイシアの声をこんなに荒げる姿、弱気になっているところを見るのは初めてだ。
僕は……またやらかしてしまったらしい。
その姿を見てようやく僕は自分のしていた過ちに気がつく。
僕は彼女のことを一方的に知っていると勘違いをしていた。
お茶会に出席するためずっと気を張っていた。馬車で向かう最中に常に気を張っていた。
僕が彼女のことを考えず無理に歩み寄ろうとするから余計に疲れさせてしまう。
アドリアンが会場に来る前に鋭い口調で話していて、途中でハッとして俯いてしまったとき、彼女は僕にきついことを言ってしまったことを後悔していたかもしれない。
レイルたちの前でそれを見せてしまったことで自分が醜態を晒してしまったと思い悩んでしまった。
僕に対する言動を後悔していた。
……それらが疲労や緊張感を蓄積させてしまった。
そのせいで少し起伏が激しくなってしまったのかもしれない。
そして最後にアドリアンの一言で今まで我慢していた感情が爆発してしまったのだろう。
僕が余計な話をしてなければ、もっと気遣いができていればこんなことにはならなかった。
リタを連れてきていれば対処を任せられていたかもしれない。
今までの自分の愚行に嫌気がさす。
「僕はどんなことがあってもアレイシアの味方ですよ」
「わたくしは無愛想で可愛げがない、人から嫌われてしまう」
もう今の彼女の内心はぐちゃぐちゃだろう。
失態の恐怖、羞恥、後悔。
彼女は両腕を掴んで震えている。……ここで言葉を間違えれば彼女は崩れてしまうかもしれない。
黙って去ってほしいとアレイシアは望んでいると思う。でも、僕にそれをする選択肢はない。
僕は慎重に言葉を選びながら話を続ける。
まずは視線の高さを合わせるためにしゃがみ込み、全てを包み込むように優しく包容、泣いているアレイシアを安心させることから始める。
「僕があなたを嫌いになることはありません」
クソ王子の言葉を鵜呑みにするのは馬鹿げている。
それどころか僕はアレイシアの懸命な姿を高く評価している。
努力家の彼女を。
「緊張で素直になれないところとか。照れ隠しで饒舌になるところ。照れたり落ち込んでしまうとすぐに俯いてしまうところ……そんな不器用ながらも必死に努力するところを僕は知っています」
多分アレイシアはあがり症の体質で苦労してきたのだろう。
10年しか生きていないか弱き少女がそれを補うための努力は計り知れない。
「そんなあなただから僕は支えたい、隣にいたいと思える。……あなたには幸せになって欲しいから」
不器用で努力家のアレイシアには乙女ゲームで救済措置は与えられなかった。
だから、僕には彼女を幸せにする義務がある。
そのためなら茨の道も進む覚悟だ。
どんなことがあっても彼女を見捨てることはない。
「……根拠はあるのですか?」
疑り深いアレイシア、先ほどの震えは収まり俯いたまま話しかけてくる。
まだ声が弱々しい。
それにしても提示できる根拠か……あ、一つあるじゃないか。
僕は懐から揃いの指輪を取り出す。
「これ……見覚えありませんか?」
「それは……」
指輪を見るために少し視線を上げたアレイシアは驚きながら小さく声をこぼす。
「僕は母上から、女性と買い物をするときは常に全神経を注ぎ込みなさい。そう教えられました。……初めてデートした時、アレイシアが視線を送っているのに気がつきその時に買ったのです。……ずっと渡せませんでしたけどね」
僕はここでこの小説のことについて語る。
読んだ経緯に嘘を交えながら。
「乙女心を学ぶにはロマンス小説を読んだ方が良いかと思って読んだんです……「白黒の王子様」という本なのですがご存じですか?」
あからさますぎる聞き方、だがアレイシアは黙って小さく頷いた。
「この指輪……僕の好きなロマンス小説【白黒の王子様】に出てくる指輪に似てますよね」
「……はい」
まぁ、少々話の振り方がゴリ押しな部分はあるかもしれないけど、ここで引くわけにはいかないので言葉を続ける。
「……物語では最後に主人公は王子様に自分の気持ちに嘘をついて指輪を返していました」
今からいうことは僕が思い浮かべる物語の理想。
これは僕自身のアレイシアへの誓いだ
「でも、本来指輪は王子様が必ず幸せにするという誓いを込めて贈った物です。……少し真似てしまうのでカッコ悪いかもしれませんが」
僕は気の利いたセリフは言えない。こう前置きをしないと気が済まない心配性。
そもそもこれはあの王子の真似事だ。
それでも女の子が憧れる王子様のような甘い言葉は呟けない。
かっこ悪くてもいい、格好つけなくてもいい。
気持ちを言葉に伝える。
「この指輪に誓います。僕はどんなことあってもあなたの隣にいる、必ず幸せにしますと」
そう言って僕はアレイシアの左手の薬指に指輪をはめる。
アレイシアはその嵌められた指輪を眺めて瞳が再び潤う。
だが、その指輪はブカブカして綺麗にはまっていなかった。
まぁ、結果は言うまでもない。
アレイシアは再び恥ずかしさのあまり俯いてしまった。だが、彼女は嬉しそうにしていたと思う。