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「ラキアス皇子殿下に、カリナ・ロベルがお目に掛かります」
庭園を歩いていると美しい女性がラキアスを見るなり慌てて挨拶をしてきた。
先月から随時試験をして、能力のある人間を政府の要職に登用するようにしている。
彼女は帝国のロベル侯爵の第2夫人だ。
女性でありながら男尊女卑の色が濃い帝国で要職についていたくらい優秀だったのにも関わらず、同僚のロベル侯爵のお手つきとなり彼の夫人になった方だ。
王宮での試験中の休み時間に外を歩いていたら、帝国で3本の指に入るような重要人物であるラキアスと突然出くわして慌てているように感じた。
「帝国からミラ国に移住するのですか? 確かにあなたのように能力のある方はその方が良いかもしれませんね」
ラキアスが微笑みながら言った言葉に、戸惑いながら会釈をしてカリナ様は去っていた。
「彼女をご存知なのですか?」
「彼女とお会いするのは、これが初めてです。でも、ロベル侯爵と正妻のサマンサ様とはお会いしたことがありますよ」
「一夫多妻制に抵抗がないのですね。私は複数の妻がいることに違和感を感じます」
「僕も妻はミランダだけで良いです。多くの女性の相手をするのは大変そうですし面倒です」
なんでもないように言った言葉だろうが、そこにはラキアスと私の価値観の違いが浮き彫りに出ていた。
ただ1人の女性として大切にして欲しいという私と、相手にしなければいけない女性は少ない方が良いという彼。
それ以前にやはり彼にとって女性は対等な存在ではないというのが言葉の端々から感じられる。
「では、私の相手もしなくても良いですよ。私のことを、先ほどのミツバチと同じように考えていませんか? 確かにレオハード帝国を刺したらミラ国の方が死んでしまいます。ラキアスは可哀想と愛おしいの感情の区別がついていないだけではないですか?」
このように優しく美しい皇子様を目の前にしても、私は彼を好きになれそうな気がしない。
それは、ミライと同じ年の男の子だからという理由だけではない。
価値観が根本的に違う相手と一緒にいることの難しさを私が身をもって知っているからだ。
「そのような風に考えないでください。僕にとってあなたは唯一無二の女の子です。大切にします。あなただけをずっと」
私の言葉が刺激的すぎたのか、突然ラキアスは私を抱きしめてきた。
「7歳の男の子は来月には言うことが変わっているので、信じられません。でも、あなたを頼らないとミラ国は生きていけませんね。ミラ国が今、帝国に侵略されていないのはあなたが私を好きだと公言しているからですか? あなたが私への好意を公言するまでは帝国はミラ国を侵略しようとしていました。もしかして、この国のことを可哀想に思い私のことを好きなフリをしていますか?」
私は元の世界でミライが数ヶ月で豹変をしたことを思い出していた。
この年頃の子の言うことを間に受けてはいけない。
なによりも男の子は女の子よりもかっこつける癖があり、外にださない気持ちが多いように感じていた。
「ミランダは僕のことを、そのような愚かな人間だと思っているのですね。僕は帝国の皇子です。好きな子のために帝国の不利益になるようなことはしません。でも、あなたが好きなのは本当の感情です。最初はミランダの見た目が好きになりました。でも、今はどうしようもないくらいあなたに惹かれています。7歳の男の子と先ほどから言ってますが、あなたも7歳の女の子ですよ」
ラキアスは微笑みながら言うと、私の前髪をかきあげ額に口づけをした。
確かに彼は7歳の男の子にしてはませているかもしれない。
美しくて優しくて私のことを好きだと言ってくれる彼の胸に飛び込めないのはなぜなのだろう。
私はこちらの世界に来て初めてミライのことではなく、夫のことを思い出した。
私は夫を出会った時から好きではなかった。
むしろ生まれながらに何もかも素晴らしいものを手にしながら、明らかに自分よりも能力の劣る彼を見くだしていた。
パイロットの訓練生だってツテだけでなれるものではない。
彼には私以上の視力と、健康と、学歴がある。
でも、何千人も彼よりも優秀な人間がパイロットになりたくてもなれていない現実を知ってしまった。
それに気がついてるのか、気がついてないのかわからないが偉そうな彼を見て滑稽だった。
親から買ってもらった外車のランクばかりを自慢している彼がうざったかった。
だから私はこの世界にきても息子のミライのことしか思い出さないのだ。
私にとってミライは夫に紐づいていない、世界で一番愛おしい存在だ。
紐づいていない存在にも関わらず、周りの目を気にして夫のような将来苦労しないですむ肩書きを持たせる道を歩ませようとした。
今思えば、夫にも私に知らない幼少期の苦労があったのかもしれない。
「私は確かに7歳の女の子に過ぎません。でも、私はミラ国を背負っています。ラキアス、あなたのように特に守りたいものもない方と一緒にしないでください」
ラキアス皇子には申し訳ないが、私はアラサーの既婚女性で息子にも夫にも見限られた女だ。
だから、身も心も美しい彼の純粋な想いにさえ素直にこたえられない。
「では、ミランダ、僕にはあなたを背負わせてください」
ラキアスは私を思いっきり強く抱きしめた。
その時の彼の必要以上に強い力に、彼も私には言えない何かを抱えているのだと思った。