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「ふっーーふざけないで! 産まれて来る子を……命を何だと思ってるのよ!」
暫しの沈黙後、最初に反論の声を挙げたのはアミだ。納得出来ないのは当然としてだが、それは仮に産まれて来る子を、ノクティスの思想である『最強の軍団』として政に利用する事に対しての憤り。
「そ、そうよ! それに何で私までーーこっ、子どもを産まなきゃなんないのよ! 最強の軍団とか冗談じゃないわよ!」
続いてミオも反論する。納得出来ない思いは大方間違っていないが、それはいずれ自然な流れでの『それは姉様の役目』という意味合いも含む。勿論、最強の軍団育成に関しては断固拒否だ。
「そ、そうですよ冥王様! それは幾らなんでも、皆の意思を無視し過ぎではないですか!?」
冥王の意思は絶対とはいえ、これには流石にユーリも反論せざるを得ない。
ただ三人に共通しているのは子を産む云々ではなく、それを最強の軍団として利用する事に対して。
「君達の意見は聞いてないよ。これは私が決定した事だからね。君達は意思に関係無く従う以外の道は無い」
『ーーっ!!』
対するノクティスは、彼女達の意見は聞く耳持たず。その有無を言わせぬ強制の圧力に、思わず言葉も詰まる。
「それに彼ーーユキ程の優秀な遺伝子を受け入れる事は、女性として最大の悦びであり名誉なのだよ。雌が優秀な雄の遺伝子を後世に遺すのは自然の摂理。どこに不備があるというのかな? 特に君ーー」
そうノクティスが生物学的摂理、原始本能を説きながら、アミの方へ指差した。
“彼を心底愛している君になら……ね”
「ーーっ!?」
全てを見透かすような、頭の中に直接囁かれたようなその言葉の意味に、図星を突かれたかのようにアミは立ち竦む。
“確かに、私はユキを愛してる。それでもーー”
ノクティスの指摘は図らずとも、その通りだった。それでも、利用するその考えだけは間違っているーーと。
「まあ君達がどう抗おうが、これは私と”ユキ”との間で決めた事だから、君達に拒否権は無いよ。そうだろうーーユキ?」
『えっ?』
ノクティスの意外な言葉に、ミオとユーリは思わずユキを見据える。
「…………」
そういえば、この話になってからユキは黙したままだと。
「ちょ、ちょっとユキ? 本気なの!? 最強の軍団の為とか、そんなの嫌だよ……」
「そ、そうだよユキ。ボク達もそうだけど、こんな事で子供を作っても誰もーーアミも喜ばないよ?」
ミオとユーリは思わず黙したままのユキへと詰め寄った。責めている訳ではない。彼がそれを受け入れている事が信じがたいのだ。
アミは口出ししなかった。答を出すのはあくまでも彼ーーと。例えどんな答を出そうと、自分の進む道はーー。
「もう一度私の所に来たという事は、答を出したという意味だからね。さあーーユキ。君の答を聞かせておくれ」
全てを見透かした、あの時の会談を経て分かりきっている答を、ノクティスはそうユキへと促していた。
ユキの出す答。沈黙の中、彼に視線が集まる。
考えれば状況は“ほぼ詰み”かけているのだ。自分達の力で抗った処で無力だし、想いとは裏腹に受け入れざるを得ない。
「全く……さっきから黙って聞いていれば、随分と勝手に話を進めるんですね。あの時、言った筈ですよ」
久遠とも云える沈黙の中、漸くユキが口を開いた。
「私はこの血を後世に遺すつもり等、欠片もないーーと」
それは明確な否定。その答にミオとユーリは安堵する。だがアミだけは、少々意味合いが違った。
「ユキ……」
決して最強の軍団には肯定しない。だけど彼ーーユキが、この闘いの先を見据えていないとも取れる発言に、アミは言い知れぬ想いに憂いていく。
それはまるで、永遠の決別を意味するかのような。
「……これは少々意外な答だったかな? 充分理解する時間はあったと思っていたけれどね」
ノクティスはユキの気質を充分に分かっていても、この答には少々不服そう。それでも、その余裕の表情と佇まいは些かの翳りすらないが。
「まあ、まだ君は肉体的に完全に成熟してないから、今は理解し辛いかも知れない。だが私の言った意味が、近い内きっと理解出来る」
「相変わらずの見当外れですね。私を力やーー“悦楽”等で屈せれると、本気でそう思っていたのですか? アナタは私の何を見て理解した気になっていたんです?」
「…………」
口出しするのも憚れる、何人も寄せ付けない二人だけのやり取り、もとい重圧がーー空間を浸透していく。
「理解出来ないのなら、何度でも言ってあげます。どう生きるもーーどう死ぬかも、全て私自身で決める。他の誰でもない、私が自分自身の意思で選んだ道なのだから。アナタにもーー誰にも覆せはしないんですよ」
ユキは決して変わらない、覆さない信念を再度ノクティスへと突き付けていた。
それを見たアミは思うーー“それこそが私が愛した、純粋なまでに澄んだ彼の心”だと。
だけど、その崇高で純粋なまでの想いが、今は哀しくもーー痛かった。
「フフフ……。それでこそ私が幾星霜もの時を経て、初めて惚れた男。だからこそ手に入れた時の喜びも大きいし、何としても君が欲しいと改めて思う」
ユキとの決定的な決裂を前にしても尚、ノクティスは余裕の態度を崩さない。寧ろ益々、彼への執着を高めた感すらあった。
「しかし参ったな。このままでは平行線になりそうだし……」
ノクティスは暫し、考え込む仕草をする。このままではユキの気持ちが変わらないのは間違いない。力尽くでも屈せれない事は、良く分かっていた。それに力尽くでは意味を為さない。
「平行線にはなりません。何故ならーーアナタは此処で死ぬのだから」
ユキは刀の鯉口を切り、明確な臨戦態勢を顕にした。
「……フム。あまり誉められた方法ではないが、確実な“詰み状況”を作るしかないかな」
殺気を向けられて尚、ノクティスは考える仕草を辞めなかった。この間、完全な無防備。
彼(彼女)が何かしらの行動を移す前に、即座に斬るーーそれがユキが考えた、この場で取りうる最善の戦略。
その次の瞬間だったーー
『ーーえっ!?』
何が起きたのか、誰も理解出来ない。何故ならユキの傍らに居たアミーー。
「アーーアミっ!?」
彼女が左胸から血飛沫と共に、崩れ落ちようとしていたのだから。
ユキは崩れ落ちるアミを、直前で抱き止めた。
「姉……様? 嘘……」
「アミ!? まさか……」
ミオとユーリも二人の下に駆け寄るが、突然の状況に思考も覚束ない。
「アミ! しっかりしてください! 今っーー」
ユキは急ぎ再生再光で治療を試みようとするが、その現状に心底震撼した。
“心臓が……抜き取られている!? これでは再生再光を以てしてもーー”
既にアミの意識は無い。恐らく、何をされたか理解する暇もなく。
「姉様……いやぁぁぁ!!」
「アミ……そんな、こんな事って!」
現実を直視するしかないミオとユーリの慟哭が響き渡る。彼女等を他所に、無駄だとしても再生再光を続けるユキの歯軋り。
「くっ! そんなーー」
“一体……いつ動いた? 全く見えず、感じられなかったーー”
見ると玉座に居座ったまま、ノクティスが“生新しい心臓”を手に、変わらぬ穏やかな表情で眼下を見据えていた。