そんなこんなでまた半年は過ぎたのだが、……生理は素晴らしいことに毎月しっかり来る。どうしてなの?
職場のトイレから戻ってきてデスクにもどりパソコンに向かってため息をつい吐いてしまう。本当に落ち込む。
そんな時に……。
「梨花、ごめんね。今日よろしくね」
「うん、いってらっしゃい」
同僚がPTAやらなんやらの会議が急に入ったとかで私に代わってほしいと言われたが急な会議なんてある物か。
事前に分かっていたのだろう。いやそうじゃないかもしれないけども。いろんな人に断られて最後に私のところに来たんだろう。最初から私に言えばいいのにとか腹の中では思ってはいたがにこやかに送り出す。
同じチームでも二人の社員が妊娠したという報告を上司から聞き、しばらくつわりやら診察でチームから外れるとのこと。
他の部署から人を引き抜くのは難しいけど大丈夫かと言われた。
大丈夫じゃないけど私はハイ、と引き受けてしまったのもいけない。
生理痛は薬を飲んでも一時的に和らぐしかなくて眠いしおなかも時にいたくなるし急にドッと出てくる血液にひやりともする。
そんな感覚があの妊娠して離脱したあの二人の社員はしばらくそんなのはないのかと思うと羨ましい反面、悲しくなった。
妊娠はしなかったものの謙太とは変わらない生活を送っている。いつも優しくしてくれる彼、そんな彼を見ていたらこの人を子供に取られたくないなぁって。だから子供のいない生活もありなんじゃないかなぁって。
そういう考えの方が楽、なのかもしれない。そうなんだ、これこそが幸せ。やっとつかんだ幸せ。私には子供がいなくても謙太がいれば幸せなの。と言い聞かせる日々。
しかし仕事量が増えてしまい夜は遅くに帰って朝も早く出ていく生活。すれ違いとまではいかないがフレックス出勤の彼が寝ている間に出勤するようになった。
何時も寝ぼけた声で行ってらっしゃいと。だから毎朝のコーヒータイムも土日以外はない。
夜は土日に作り置きした物を自分で選んで食べる。でも謙太が追加で一品作ってくれていて
「無理だけはしないようにね。明後日の朝は僕も早いので一緒に起きるからコーヒータイムしよう」
というメッセージを置いてくれるのだ。男性にしては珍しい。彼は少しロマンティストなところもある。
久しぶりに仕事前のコーヒータイム。正直毎朝一緒に起きて欲しいって気持ちはあったけども。私が帰り遅くなって彼も仕事をして疲れて寝ていたのに私が布団に入ると体を密着してそのままセックス、てこともあったし。
以前だって私が疲れて先に寝てしまってかなり寝坊しちゃったとき、謙太は怒らなかった。
同じように手紙で
「先に会社に行ってきます。無理だけはしないようにね」
と。なんて優しいのだろう。なぜ怒らないのだろう。
謙太は何に関しても優しい。怒ったところなんて見たことがない。
こんないい男性なんて他にはいない。
「あ、なんか豆が違う」
ようやく久しぶりの朝のコーヒータイムですもの。
「わかった? さすがだね、謙太」
「へへへっ」
その笑い顔、いい。本当に。
「僕そろそろ有休とらないと人事部からちくちくくどくどうざいくらいに言われる……ってもう言われてるんだけど」
「うちも上司から一時的に他から応援来てもらうから順番に休めって言われてさ」
「いつにしよう」
「そうねぇ」
「おっと。メール」
「ん?」
意外な形でその幸せな時間がとぎれた。まだ電車の時間まで余裕あるのに。何かあったのかしら。謙太。
「得意先の人が時間間違えて早く来ちゃったらしくってさ」
「それって来ちゃった人の時間ミスじゃん、待たせればいいじゃん」
「そうだけどさ、その人たまにそういうことあってさ。でも本当に大きな取引先だから」
「それはご苦労様です。私はちょっと後に行くよ」
「分かった」
謙太は慌ててカップを台所の流しに置いてスーツを羽織って家を出た。しょうがない。こういうこともあるさ。それに子供いたらこんなにのんびりできないし、邪魔されるだろうし。
この今の時間を大事にしなきゃね。って私もカップを持っていこうとしたとき、テレビでは半年以上前にやっていたあのタイムループするドラマの映像が流れた。まだやってたの?
私は最近ドラマを見ていなかったからよくわからないのだがじっと見ているとテレビ大賞受賞とのこと。
やっぱり人気だったからかぁと結局はしっかり見ていなかったけども評判はSNSでもすごかったのだ。
「あなたはやり直したい過去はありますか?」
またその言葉。
その時私は色々頭の中で廻った。もっと早く妊娠を意識していれば、妊活をしていれば、病院に私だけでも行っていれば……。
たられば、じゃない。戻って何かをやり直すだなんてばかばかしい。
ってその時の私はそう鼻で笑っていた。だが、今は違う。
あの時、謙太と一緒に出ていたら変わってたかもしれない。って。
だって。
謙太が死んだから。
電車に轢かれて。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!