テラーノベル
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「助けて……助けてくれ、烏丸くん……っ!」烏丸神社の社務所の扉が、文字通り叩き割らんばかりの勢いで開いた。
転がり込んできたのは、仕立ての良い白い狩衣を泥だらけにしたエリート神主――御手洗 雅だった。いつもの自信満々な笑顔はどこへやら、顔色は完全に土気色で、後ろの巨大な白狼も魂が抜けたようにしょんぼりと耳を垂らしている。
「おや、歩く高額納税者。今日は随分とみすぼらしい格好ですね。うちの神社への寄付ですか?」
蓮はお茶をすする手を止めず、冷めた目でライバルを見下ろした。
「そんな冗談を言っている場合じゃないんだ……っ! 我が御手洗大社が……大炎上している……!」
雅が差し出した金縁のスマホには、ネット上の無数の罵詈雑言が滝のように流れ続けていた。きっかけは、神社の公式アカウントが投稿した小さなマナー注意の手引き。それが一部のインフルエンサーに歪んで解釈され、数百万人の『正義の味方』を刺激してしまったのだ。
蓮が雅の背後に目を向けると、そこには言葉を失うほどの「地獄」が広がっていた。
雅の影から、無数のスマホ画面の「口」がパチパチと開き、そこから粘着質でドロドロとした黒い泥水が、津波のように溢れ出している。それは数百万人の匿名ユーザーが吐き出す、 純粋な攻撃欲が具現化した怪異――
『大炎上の生霊・万魔殿(パンデモニウム)』
『大神社のくせに偉そうだ』『神主の分際で高級車に乗るな』『謝罪しろ』
不快なノイズが社務所の結界をパキパキと軋ませる。
「ひえええっ!? 第1話のインフルエンサーの時とは比べ物にならん規模の穢れじゃ! 蓮、このままだと社務所がネットの泥で埋まるぞ!」
コマが蓮の頭の上に飛び乗って震える。
雅は畳に両手をつき、悔しさに唇を噛み締めた。
「我が御手洗の最高位の祝詞をいくら上げても、この泥は消えないんだ……! むしろ、綺麗で正しい言葉を紡げば紡ぐほど、彼らは
『言い訳だ』『上から目線だ』
とさらに怒り狂う……! 正しいはずの神事が、ネットの前では何も通用しないなんて……!」
「当たり前だろ」
蓮は冷たく言い放ち、手元の電卓を雅の目の前に叩きつけた。
「ネットの叩きってのはな、『正しいかどうか』なんて誰も気にしてねぇんだよ。ただ、お前みたいなキラキラしたエリートを引きずり下ろして、泥水をすすらせるのが娯楽なんだ。……お祓い代、大神社プライスで、一千万円(税別)。どうする?」
「いっ……一千万円……!? 貴様、足元を――」
「嫌ならお前の大神社ごと、ネットの藻屑になりな」
雅は絶望に目を見開き、やがて、ガタガタと震える手でゴールドのカードを差し出した。
「……払う。払うから、この悍ましい視線と声を消してくれ……!」
「毎度あり」
蓮の目が、これまでになく鋭く据わった。
「コマ、過去最大の神力をよこせ。……ネットの正義の味方どもに、本物の『バグ取り』を見せてやる」
「おう! 拙者の神力、一滴残らず持っていけ! 泥を投げるしか能のない有象無象どもに、神罰の鉄槌をォ!」
コマが神々しい純白の光を爆発させ、蓮のタッチペンに吸い込まれていく。ペン先は青白いプラズマのような光を放ち、ジジジ……と空間を歪ませた。
蓮は、社務所を飲み込もうとする黒い泥の津波に向かって、迷わず跳躍した。
ターゲットは、無数の誹謗中傷が最も集中している『トレンドワード』の形をした、怪異の巨大な核だ。
「綺麗な言葉で分かってもらおうなんて思うな。言葉が通じない害虫には、システムの力(ルール)を叩き込むだけだ」
蓮は空中に光の巨大な『利用規約(ガイドライン)』を展開し、それをタッチペンで怪異の核へ向かって一気に叩きつけた。
「――大量通報・アカウント永久凍結(スパム・一斉削除)!!」
ズガァァァァァン!!!
凄まじい電子的衝撃音が響き渡り、数百万の悪意の口が同時に悲鳴を上げた。怪異の核は「このアカウントは存在しません」というエラー警告の文字と共に完全に粉砕され、境内に溢れていた黒い泥水は、一瞬にしてただの「消しゴムのカス」のような白い粉に変わり、サラサラと消えていった。
静寂が戻った社務所。
雅は自分の体が完全に自由になったのを感じ、呆然と両手を見つめた。スマホの画面を見ると、あれほど荒れていたリプ欄が、まるで最初から何もなかったかのように静まり返っている。
「消えた……。あんなに狂暴だった悪意が、一瞬で……」
「ネットの炎上なんてそんなもんだよ。きっかけがあれば燃え上がるが、システムに弾かれれば蜘蛛の子を散らすように消える。熱しやすく、冷めやすい、ただのデータのゴミさ」
蓮はタッチペンを懐に収め、雅のゴールドカードを手際よく端末に通した。
ピピッ、と軽快な決済音が響く。
「はい、一千万円、確かに頂きました。……あ、雅様。今回の件で、御手洗大社の『SNS運用ガイドライン』の作成、うちで請け負いましょうか? 月額たったの50万で保守管理してあげますよ?」
蓮の徹底した商業主義の笑顔に、雅は恐怖すら覚えたのか、引きつった笑みを浮かべて後ずさりした。
「……い、いや、結構です……。私は、自分の神社に戻って、もっとネットの仕組みを……現代の勉強を、一からやり直します……!」
雅は白狼を連れ、よろよろとした足取りで、泥だらけのまま高級車で去っていった。
夜。
烏丸神社の社務所には、これまでにないほど豪華な光景が広がっていた。机の上には最高級の寿司、ピザ、そして最新のハイスペックゲーミングPCの箱が山積みになっている。
「いやー! 持つべきものは、金に困ったエリート様だな! これで向こう十年の課金代と神社の維持費が浮いたわ!」
「蓮……お前、今回は確かに凄かったが、さすがに一千万円はボッタくりが過ぎるのではないか……?」
コマが高級大トロをモグモグと食べながら、少しだけ良心の呵責に震える。
「何言ってんだ。大神社のブランドを守ったんだから、これでも格安だろ。……さて、コマ。明日からは、神社のホームページに『SNS炎上相談窓口・初回見積もり無料』の特設ページを作るぞ」
「どこまでも商魂たくましいクズめ……。まあ、拙者のご飯が高級になるなら、少しだけ手伝ってやらんこともないがな」
拝金主義のクズ神主と、現金なもふもふ狛犬。彼らの現代風除霊ビジネスは、ついに大金をも動かす一大事業(?)へと発展していくのだった。
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