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「ホントに不老なんすね……」
「んー? まぁそうだけど、不死ではないんだよなぁ」
「今、実質何歳なんですかい?」
「ざっと1000歳近いくらい?」
俺は今では相棒とも呼べる使い魔⋯⋯テスタメントと共に、魔術大国ネーリヤの王宮に来ていた。門前では特に何も言われず、俺たちは書庫へと直行している。
ちなみに、俺は姿は10歳の少年だが、実年齢は多分900を超えている。長すぎて自分でも数えるのをやめた。10歳の頃に開発した不老魔術が、まさかこんな形の結果になるとは。
「……逃げないんですかい?」
「別にいいよ、あっちからしたら俺のほうが化け物なんだろうからな」
書庫の扉を開け、懐から一冊の本を取り出す。俺が書いた不老の魔術書だ。今では禁書扱いされて、俺の手元に帰ってきた。ま、かなり難易度の高い魔術だし、使えた者もいないだろうが。
「じゃ、これに封印するから、そこ立ってくれ」
「……ちゃんと帰ってくるんですよね?」
「どうかなぁ」
「俺、怒りますよ」
ははっ、それは困るな。確証はないが、まぁ……一つだけ遺言でも残しておくか。
「10年か20年か……まぁ、そこで待ってろよ。俺は完全に消えるつもりなんて、さらさら無いんだからな」
「…………はい」
俺とテスタは、信頼を寄せた短い言葉で別れる。不老の魔術書に相棒を封印して、書庫を後にした。衛兵に案内されるがままに、俺は断頭台へと向かう。
事の経緯はこうだ。1000年近く生きる俺は、この国で一人魔術の研究に励んでいた。励むというよりは、好奇心のままに好き勝手していただけなのだが。
俺の研究成果もあり、この国は現在に至るまでに、世界的な超魔術国家へと進化した。最近では終末行軍にも耐えられるようになってきたという。ま、俺には政治なんて関係ないか。
魔術師の祖とも呼ばれるようになった俺だが、さすがにこれほどの長い年月を生きていると、俺の顔を知っている者はいなくなってしまう。いつしか死ぬことのない不気味な少年として恐れられるようになった。で、貴族たちの賛同もあり、今から処刑されるというわけだ。タイミングの悪いことに、今この国には王がいない。絶賛王位継承争い中なのだ。前王はいい加減だったしな……
怖くないのかって? ……それがさぁ、別に何とも思ってないんだよな。ぼんやりと生きて、敵が来たら適当に相手して。たぶん俺は、何かが欠けているんだろう。そうでもなければ、嬉々として解除不可能な不老魔術なんて作らなかったはずだからな。
「これより、イゼリウス=エルネシアの処刑を執行する!」
俺の身体が断頭台に固定され、周囲の人々がざわざわとし始める。貴族たちは早くしろと喧しく。民衆は不安そうな目で見つめて。
──本当にやるの?
──まだあんな子供なのに……
──ばか、知らないのか。夜な夜な最上位魔術を試し撃ちするような、悪魔の子だって噂だぞ。
──そうだよ、それに歳を取らないっていうじゃないか……
──でも『イゼリウス』って確か……
──何言ってんだ、祖師様はもうとっくに死んでるだろ。だって、1000年だぞ?
民衆は口々に騒ぎ始め、俺の正体について考察を始める。やはり口伝はひん曲がって伝わるものだ。イマイチ正確性に欠けている。
そうこうしているうちに、執行官たちの準備も整ったようだ。
「イゼリウス=エルネシア。貴様の最後の願い『王宮書庫へ行きたい』という内容は既に叶えられた。遺言はあるか」
「もう残した」
「……? そうか。では、神が汝の魂を見届けんことを……刑を執行せよ!!」
官長が大声を張り上げ、断頭台の綱が断ち切られる。巨大な刃が俺の首目掛けて落下し、そして……
「お兄ちゃん!!」
★★★★★★★
「おや、レイル様。本日はどちらへ?」
俺が書庫へと続く廊下を走っていると、大臣の一人に声をかけられた。慌てて辺りを確認してから、人さし指で合図をする。
「しーっ! 悪いが、俺が書庫に行こうとしていることは、メイドたちには内緒で頼むぞ」
「なるほど、内緒ですか。では口止め料として、共に狩りに出かけませぬか? なぁに、王子たるもの戦場の一つや二つ……ってあれ、いない!?」
俺は大臣の長話に付き合うこともなく、さっさとその場を後にする。悪いな、できるだけバレないようにしたいんだ。特にあいつが面倒くさい。最悪、姉さんの部屋に逃げ込むこともできるが、それは最終手段だな。
レイルが去った後、近くで見ていた補佐官が大臣に問うた。
「なぜあんな子供を相手するので? 王子は王子でも、第七の……それも、兄弟では13番目の末っ子じゃないですか。媚を売っても、何の得にもならないと思いますが」
「ふん、馬鹿を言うな……生まれた瞬間に壁を打ち壊すほどの魔術を放ち、生後読んだ本はすべて魔術書。おまけに母乳を嫌い、病にもかかることなく順調に成長なされた……私はレイル様こそが、かのイゼリウス=エルネシアの生まれ変わりだと感じているぞ」
「魔術師の祖の生まれ変わり……? そんな馬鹿な……」
「はははっ、確かにちと出来過ぎた話であったなぁ」
大臣はそう言って機嫌よく笑い、補佐官もその後について行く。俺は遠くでそれを聞きながら、内心、正体がバレているのかと少し緊張していた。
そう、俺は転生者……生前の名はイゼリウス=エルネシア。あの処刑から、俺は無事に転生を果たしたのだ。現在10歳。今は魔術大国ネーリヤの王子、レイル・ジ・ネーリヤとして生きている。別に俺は何もしていない。ましてや、どうして第七王子に転生したのかすらも分からない。案外、神というものは存在しているのかもな。
☆☆☆☆☆☆☆
「エリオネーゼ様、レイル様知りませんか?」
一人のメイドが音楽室の扉を開け、ピアノを弾いていた女性に問う。演奏を邪魔されたことに少し苛立った様子を見せながらも、エリオネーゼと呼ばれた女性は表情を変えずに振り向いた。
「さあね。今日はまだ、ここには来てないわよ。もう書庫にいるんじゃないの」
「そうですか……ありがとうございます」
「程々にね」
湖に張った氷のような色を持つ長髪を揺らし、メイドはその部屋の扉を閉める。またすぐに演奏が再開された。
「取り敢えず書庫に行きますか……早く本日の稽古を受けてもらわねば! あぁ、今日はどんなご成長を見せてくださるのでしょう……!」
嬉々とした様子で木剣を二本持ち、足早に廊下を歩いていった。
☆☆☆☆☆☆☆
「やっと着いた……なんで王宮って、こうも無駄に広いんだ? もっと部屋数減らせるだろ……」
書庫の扉を開けながら、俺は愚痴と共に歩を進める。ホントに広くて困ってしまう。10歳の子供にはきつい距離だ。
まぁ、それはともかく……いつ来てもこの書庫は素晴らしい。学術園にも引けを取らない蔵書量だ。今日ここに来た目的は魔術の研究もあるが、本命は……
「テスタ、今出してやるからな」
そう言うと俺は、本棚の上まで梯子を登る。祖師だった俺が処刑前に相棒を封印した、不老の魔術書。バレにくい頂上に隠しておいたのだ。そのせいか、今では書庫に近づく人間は少なくなっているという。俺としては邪魔する者もいなくて、結果オーライだな。
魔力の鎖で巻かれた封印を解く。書物のページがパラパラと捲られ、そして……
「遅すぎますぜーーー!!」
「おおっ、テスタ! 元気してたかー?」
「なんですぐに出してくれなかったんですかい!? 毎日来てたくせに、ずっと魔術書に夢中になってぇ!」
「すまんすまん。いろいろあって忘れてた」
あの時と変わらない、子犬のような姿。耳に巻き付くような形の二本角。翼無しに宙にふわふわと浮いている。俺の相棒、魔人テスタメントは健在だった。
「にしても、一目で俺だと見抜くとはな」
「そんな馬鹿げた魔力量をわざとらしく隠してるんです。すぐにイゼリウス様だって分かりましたぜ!」
「おっと、今の俺はレイルって名前なんだ。ちなみに、ここの第七王子な」
「おおっ! さすがはイゼ……レイル様! これなら地位も権力も好き放題ですね!」
「いやいや、兄弟では13番目だぞ? それに、俺はそんなものに興味は無いからな」
久々の再会を共に喜び、あーだこーだと昔話をする。
「どんくらい経ったんですかい?」
「10年と少し、かな。俺が生まれる前に、また終末行軍があったらしいから」
「帝国も飽きませんねぇ……ん? じゃあ、またすぐ終末行軍があるんじゃないですかい!?」
「かもなぁ……ま、俺にとってはどうでもいいな。国境までは騎士団に任せて……来たら来たで蹴散らせばいいんだし……っと」
俺は梯子から飛び降りて、分厚いカーペットに着地する。そのままマントにテスタを仕舞って、目星をつけた魔術書を取っていく。
「久々に試し撃ちと行こうじゃないか、テスタメント。えーっと、取り敢えずこれと、これを……」
「相変わらずっすね……迷惑かけたりしてません? また処刑されちまうかもしれませんよ」
「大丈夫だって。生まれた瞬間に壁と天井壊したくらい? まぁ、あれはただの烈風乱弾だから、燃やしたりとかいう被害は……」
「あ、レイル様、後ろ後ろ……!」
俺が呑気に話していると、テスタに背中を叩かれた。理由はすぐに悟った……完全に油断したなぁ。
「やっと見つけましたよ……レイル様♡」
「うっ……セリュナ……」
俺を背後から抱きしめたのは、専属メイドのセリュナだった。氷色の長髪をカーテンのようにして、俺を逃がすまいと閉じ込める。
「さあさあ、今日も稽古をいたしましょう! 中庭に来てくださいまし」
「分かったよ」
俺はセリュナから木剣を受け取り、書庫を後にする。テスタが不思議そうに、俺のマントから顔を出して聞いてきた。
「稽古って、何するんですかい?」
「剣術指南だよ……毎日させられるんだ。これが面倒で面倒で……」
「はぁ……でもレイル様なら、すぐに終わらせられるんじゃ?」
「それがそうもいかない。ま、離れて見とけよ。すぐに分かる……」
「?」
なんせ相手はセリュナだ。稽古は剣術に限定されるため、本気で相手をせねば一日動けなくなってしまうことも珍しくはない。
中庭に着き、俺は所定の位置に立つ。土俵の反対側に立ったセリュナは、なぜかウキウキとした様子。教える側が楽しいのは分かる。俺も他人に魔術について語る時は、息をするのも忘れるくらいだ。しかし剣術は座って学ぶ魔術と違い、肉体に叩き込むというやり方が主流。俺、運動神経は自信ないんだよ……
「さあ、どこからでも打ち込んできてください!」
とはいえ、今日は試したいことが山ほどある……できる限りだが、さっさと済ませるとしよう。
俺は木剣を握り直し、一直線に斬り掛かった。セリュナはそれを受け流し、一度距離を取る。
「さすがはレイル様! 日に日にお強くなられますね!」
満足そうな笑みを浮かべながら、余裕で俺の相手をするセリュナ。よし、いい感じに誤魔化せてるんじゃなかろうか。
実は俺の今の動きは、完全にセリュナの動きをコピーしたものである。このくらいせねば、この夜叉に勝つことは難しい。なので……
無系統魔術──模倣
これまでの稽古でセリュナの動き一つ一つを観察し、この魔術で再現しているのだ。細かく観察せねば近い動きにならないというのが欠点だが、これならいつもより楽に相手できる。とはいえ、肉体に依存する身体能力まではコピーできないので、身体強化で穴埋めをする。
カン、コン、ガキィィン!
「さあ、まだまだいきますよ!」
ふむ、それは困るな。俺は早く魔術実験をしたい。であれば遠慮なく……
浮遊〜
俺はバレないように、地面から5センチくらい浮くことで、身長差による不利も無くした。だがここまでやってしまうと、時間の問題にもなってくるな……
模倣解除!
俺は模倣を解除し、これまでとは全く違う動きに切り替えた。鏡と戦っていた状況にあったセリュナにとっては急展開。ここで一気に勝負を決める! 悪いなセリュナ。俺は早く実験をしに行きたいんだ……!
「取っ……!?」
俺が背後から一撃入れようとした瞬間。まるで結果を分かっていたかのように、セリュナは腕を回し、俺の剣を受け止めていた。なにっ……
「ふふっ、私がレイル様の変化を見過ごすとお思いですか? してますよねぇ……ズル」
「やべっ……」
カァァァンっと音を立てて、俺は木剣を弾き返されてしまった。そのまま手から離れた木剣は、くるくると回転し地面に突き立つ。
「身体強化で自らを鍛え、浮遊で身長差を無くす……そう、文字通り……私に追いつくために……!」
そこまで言うとセリュナは剣を置き、俺をギュッと抱きしめ持ち上げた。
「嗚呼、なんという才能、そしてなんという愛らしさ……! 同時に二つの魔術を操るなんて、宮廷魔術士にも至難の業なのに! でも焦らなくてよろしいのです! セリュナは逃げたりしませんから〜!」
っ……よし、模倣はバレていなかった。ほんとは三つ同時発動していたことは黙っておこう……
☆☆☆☆☆☆☆
中庭の生垣から剣術指南の様子を見ていたテスタは、唖然としていた。魔人であるテスタメントは、当然剣を握ったことは無い。なので、これは完全な素人感想になるのだが……
(やばすぎんだろ、なんなんだあのメイドっ!)
使える魔術を縛られるとはいえ、あの元イゼリウスなら余裕で勝利できるだろうと思っていたらこの結果だ。正直に言うと化け物。剣術だけでは到底勝つことができないだろう。
(あいつとは関わりたくねぇな……)
稽古が終わってセリュナが去った後、テスタはレイルの方へと飛んでいきながら、そんな願いを残すのだった。