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白山小梅
12
#借金
1,754
「あら、お友達?」
瑠維の手がビクッと震える。きっと背後では春香を冷たい目で見下ろしているに違いない。
春香は平静を装い、彼の手を握りしめたままその女性の方に向き直ると、ニコリと満面の笑みを浮かべた。
「こんにちは。瑠維くんのお知り合いの方ですか? こんなところで会うなんて、本当に偶然ですね」
春香の話し方が気に入らなかったのか、女性の口の端がピクッと動いたのがわかった。なんとなくだが、相手からの敵視のような視線を感じる。しかしだからと言って、それが怖いとは思わなかった。
こういう感覚にどこか懐かしさを覚えるーーあぁ、そうか。高校時代にヒロくんに寄ってくる女子たちに感じたものに似ているんだ。あの頃は笑顔で毒舌を吐いては、追い払っていたことを思い出す。
近頃は仕事で女性と話す機会は増えていたが、それは店員と客の会話にすぎない。こんなふうに感情を向けられたのは久しぶりだった。
女性は春香を上から下まで眺め、それから鼻で笑った。彼女がどのような仕事をしているのかはわからなかったが、どう見ても春香とは違うタイプの女性で、自分とは違う系統の春香を下に見たのだけはわかる。
「私は彼の大学の先輩なんです。まぁ……それだけの関係でもないけど、ねぇ、瑠維」
「やめてください!」
大きな声を上げてしまい、周りから不思議そうな視線を向けられ、瑠維はハッとしたように顔を歪ませる。
「あなたは? 瑠維とはどういう関係? まさか付き合っているわけじゃないでしょう?」
「あの、どうして"まさか"なんですか? 私たち、普通の恋人同士ですよ」
「恋人⁉︎ あはは! あぁ、笑っちゃってごめんなさい。この子、《《夜は使い物にならない》》でしょ? あなたも困っているんじゃない?」
瑠維は不敵な笑みを浮かべた女性に対して怒りを露わにし、伝票を取って外に出ようとした。しかしそれを春香が制する。
瑠維の目を見て微笑むと、安心させるように頷いた。大丈夫、私が瑠維くんを守るからーー。
ただ春香の中の怒りは頂点に達しようとしていた。鮎川は瑠維が監禁されている間に何があったかはわからないと言っていた。しかし今の言葉を紐解いていけば、一つの出来事が想像される。
瑠維くんは今まで私以外に付き合ったことはないと言っていたし、この間が初めてだとも話していた。
それなのにこの人は『夜は使い物にならない』と言ったのだ。それはつまり、そういうことをしようとしたけど、出来なかったことを意味するーー。
頭の中に最悪の光景が浮かんだ。もしかして無理矢理……いや、これはただの私の想像。でももし事実ならば許せない。
春香は自分の頬に手を当て、照れたようにわざととぼけたフリをする。
「何のことを言っているのかわからないんですが……瑠維くんは本当に元気過ぎて困っちゃうくらいですよ。こんなに体力があるなんてびっくりしちゃった」
受け取り方次第でどうにも取れるような曖昧な言葉を選んでいく。
女性の唇がわなわなと震え、驚いたように瞳が見開かれた。特にこういう女の子を前面に出すタイプが嫌いに違いない。それを感じていたからこそ、春香はわざとそんな話し方をする。
その時に春香の頭にあることが思い浮かんだ。瑠維に事件について知っているという事実を隠しながら、この女性を撃退することが出来る一言。
「あぁ、瑠維を守るための嘘なんでしょう? 付き合いたて? 本当に健気ねぇ。庇ったところでどうにもならないだろうけど」
吐き捨てるように言った女性に対し、春香はさらに笑顔を向ける。
「あら、私はあなたより前から彼を知ってるんです。だって私、彼の《《高校の先輩》》ですから」
「高校の先輩?」
春香の想定通り、女性の顔が少し曇った。
「失礼だけど、あなたお名前は?」
「あぁ、ごめんなさい。自己紹介していませんでしたね。私はーー」
春香は深呼吸をしてから、
「佐倉初夏っていいます」
と答えた。
その発言に驚いたのは女性だけではなかった。瑠維も驚いたように春香を見つめる。
「初夏……? う、嘘つくんじゃないわよ! 」
「嘘? 何故嘘をつくんですか?」
首を傾げた春香の肩を、女性は鬼のような形相で掴みかかる。
「その手を離してください!」
「瑠維くん、大丈夫だからちょっと待ってね」
止めようとした瑠維を再び制すると、春香は女性の方を向いた。それから真顔に戻し、女性の耳元に唇を近付ける。
「あなたこそ、どうして嘘だと思うの?」
「どうしてって……」
「"初夏"がいるもいないも、それはファンたちの議論であって、瑠維くんは何も言及していない。あなたがいないと言うのは、いるという事実を認めたくないからじゃないですか?」
図星だったのか、女性がカッと目を見開いた。
「あ、あんた、何様のつもり⁉︎」
「……さぁ、別に何様でもいいじゃないですか。強いて言うなら、自分の感情のために誰かを貶めるようなことをする人が好きじゃないだけです。瑠維くんを大切に出来ない人は、瑠維くんのそばにいるべきじゃないと思います」
春香が離れると、女性は悔しそうに下を向き、拳をわなわなと震わせている。
今も瑠維くんを苦しめているのに、どうしてこの人がそんな堂々と生きているのかがわからない。私の方が悔しいわよーーだけどそんなことは口に出来ず、感情的にならないよう怒りをグッと堪える。
春香はカバンからスマホを取り出すと、不安げな表情を浮かべている瑠維に手渡した。
「じゃあそろそろ……電話する?」
「ま、待ちなさいよ! 偶然だって何回も言ってるじゃない!」
「そうなんですか? それならそろそろお引き取りくださいね。あなた、すごく注目されていますよ」
その言葉を聞いた途端、女性は勢いよく店内を見渡す。すると店内にいた客のほとんどがこちらを見ていたことに気付き、顔を真っ赤に染めた。
もしかしたら今までは瑠維が一人でいる時を狙ってやって来ていたのかもしれない。騒ぎになりたくない瑠維なら、すぐにその場を後にしただろう。
でも今回は違うーー私を守ってくれた瑠維くんを、今度は私が守ると決めたんだから。
「わ、わかったわよ。今日はもう帰るからーー」
「もう二度とお会いすることがないよう、祈っています」
女性は唇を噛み締めて春香を睨みつけると、|踵《きびす》を返し、勢いよく店から出ていった。その背中を見送った春香だったが、なかなか瑠維の方に向き直ることが出来ずにいた。
小声で話したつもりだった。でも話した内容を振り返ってみれば、あの事件についてまるで知っているかのような文言が目立つ。
「春香さん」
「は、はいっ⁉︎」
恐る恐る瑠維の顔を見てみれば、口元に笑顔を浮かべていた。
「ご迷惑をおかけしてしまってすみません」
「全然だよ! 私こそ余計なこと言っちゃったかも……ごめんね」
「大丈夫です。それにしても……久しぶりにあの頃の春香さんを見た気がしました。今も強気の春香さんは健在でしたね」
それは褒められているのか貶されているのか、わからなくて眉間に皺を寄せた。
「もちろん褒めてます。さぁ、そろそろ帰りましょうか」
瑠維は伝票を手に取ると、レジに向かって歩き出したため、春香は慌てて荷物を持って彼を追いかける。
平静を装っているけど、きっと苦しいよね……。私に出来ることがあるだろかーーそんなことを考えながら、瑠維を抱きしめたい気持ちをグッと抑え込んだ。
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