「待って、足ががくがくかも」
「明日、筋肉痛になるかも知れないからな。今日は、ゆっくりほぐして貰うといい」
「……う、そうする。アンタは大丈夫なの?」
「俺の心配をしてくれるのか?はは、でも大丈夫だ。こういうのは慣れている」
「でも、新しいことに挑戦って……」
「鍛えているからな。いつでも、お前を守れるように」
いや、最後のは絶対違う。と思いながらも、かっこつけたいのかなあ、何て感じで、私は流した。全部格好良く聞えてしまうのは、彼が私の恋人だからだろう。
スケートリンクで、何時間が滑ったあと、私達は、城下町が一望できる静かな丘の上に来た。誰かにいつか連れてきて貰ったような記憶もあるそこは、綺麗な夜景が広がっている。思えば、色んな人に色んな所に連れて行って貰ったから、誰に、というのを忘れてしまってる。それくらい、色んな経験をさせて貰っているのだ。
「綺麗だろ」
「うん。でも、誰かに連れてきて貰った気がする」
「そうか……」
「でも、恋人と夜景を見るのは始めて」
と、私は、どうにか言葉を付け加える。
リースは一番がいいと思っているだろうから、そういう面で、考慮、というか、私なりに、そういってあげたいと思った。恋人とちゃんとデートをするのも、リースが初めてだし、人を好きになったのもリースが始めて。これだけ、私が初めてをあげているのに、まだ欲しいって思うのは、本当に強欲だと思う。でも、あげられるものは全てあげた言って言う気持ちはあるから、少しずつ与えていけたらなと思う。返せないくらいの宝物を、彼から貰っているから。
「夜景より、エトワールの方が綺麗といったら?」
「嬉しいけど、ベタすぎる。あと、恥ずかしいし、やめて」
「そうか……」
「だって、私が夜景とリースだったらリースの方が輝いているって言ったら、どうよ。夜景の光なんかと比べられて嬉しい?」
「屁理屈だな。まあ、一理あるが」
と、リースは肩をすくめた。
夜風に彼の黒髪が揺れる。こんなに、静かに、そして、ゆっくり彼の横顔なんて眺めたことなかったなあ何て思う。本当に、リースは前世の遥輝そっくりで……いや、どっちが似てるとかじゃないんだろうけど、中身が遥輝だからっていうのも相まって、よりいっそその黒とルビーが際立って見えた。そう、夜景よりも美しいに決まっている。
「リースの方が綺麗だし、格好いいっていうのは、ずっとそうだから」
「エトワール」
「私、アンタの顔が好き」
「顔だけか」
夜景を見ながら、私は、ぽつりと零す。
何が好きって言われたら、全部って答えてしまいそうだから、私はあえて、何が、とは言わなかった。でも、顔は好き。それを言ったら、リースは、この顔だから好きなのか? と聞いてきた。まあ、それもそうだけど。
魔法が解けるように、さらさらと光の粒子となって、私の髪の毛にかかった変身魔法が消えていく。黒髪から、あの銀色へと変わっていき、リースの髪色も、金髪に戻っていた。見慣れた、色に、私は、少しだけ安堵感を覚えた。
前世のことを無かったことにはしたくないし、忘れたくない。けれど、今私達が生きているのは、違う世界だし、そもそも、私とリースは、あの世界だったら、ちゃんと向き合えなかったと思う。転生ってそんな、魔法があったからこそ、奇跡があったからこそ、今こうやって恋人同士になれたと思う。
(変身魔法が解けるって、まるで、シンデレラみたい)
魔法が解けたら、元の見窄らしい姿に戻ってしまう。けれど、私達は、魔法が解けたことによって本来の輝きを取り戻したようにも思える。
矢っ張り、リースは金色じゃないと。と、そう思ってしまうくらい、彼の金髪は綺麗なのだ。
光を帯びて一心に輝く、その金髪が。彼が、皇太子、そして、未来の皇帝たる証拠だといわんばかりの輝きで。
「綺麗……」
「夜景がか?」
と、リースは、鼻で笑う。わかっていっているのか、分からずにいっているのかは、どっちでも良かったけど、私は訂正した。
「アンタのこと言ってるのよ」
「エトワールが?」
「私以外誰がいるのよ……まあ、アンタの顔が好きっていったのは、私の推しだからって言うのもあるけど、なんていうか、その……今のその表情を作り出せるのは、遥輝しかあり得ないって思った。今の、リースの顔、アンタにしか出せないリースの顔というか」
「そうか……誉めているのか、それは」
「最大の褒め言葉だと思ってるけど!?」
確かに、推し、とか言ってしまったら、リースの中で、苦々しい記憶が蘇ってしまっているのかも知れない。だって、推しかつに励んで、リースのこと……遥輝のことないがしろにして喧嘩して別れた過去があるから、彼にとって良い思い出は一つもないだろう。それに、リースをリースとしてみてくれていないような、そんな感覚になるのかも知れない。
そんなことないって、もう気づいて欲しいけど。
私の言い方が悪いって言うのは、分かってるし、ごめんっても思ってる。でも、私の褒め方、これしか無いような気がしたのだ。
「誉めてる。だって、アンタのこと……その、すっ、すき、だもん……」
「……っ」
「これでも、一応、恋人って自覚あるし、アンタはどうか、分かんないけど。私は、アンタのこ
と、好き……恋人だって、自覚ある。最近、そう思い始めた」
そう、私が言うと、リースは何も言わずに私を抱きしめた。
あったかい。そして、バカみたいに、心臓の音がうるさかった。それは、私の心臓の音か、それともリースの心臓の音かは分からなかったけど。
けど、どっちも、互いにドキドキしているっていうのは伝わってきた。恥ずかしいのに、どっちも隠そうとしない。相手に伝われば良いってそんな気持ちさえ伝わってくる。それでもいいって思えた。
前までの私だったら、絶対に隠したいって思っただろうけど。恋とか愛とか、そういうの早いし、自分には合わないと思っていたから。でも、私だって愛せる人がいて、好きだなって、添い遂げたいとも思える人がいて。
いつから、遥輝が好きになったとか、遥輝がリースになって、どこで惚れたとか、あまり覚えていない。けど、だんだん好きになっていった。彼を知るたび、愛おしさが増して、そして、自分の罪悪感も増していった。罪悪感から付合ったわけじゃない。ちゃんと、自分の気持ちに素直になって付合った。それだけは、自分の中にしっかりあるもので。
「これは、夢か?」
「夢だと思うの?というか、アンタの執着は叶ったのよ。私が負けたとか、そういうのではないけど、アンタの粘り勝ちだと思う。だって、好きになっちゃったんだから」
「……そうか、現実か」
と、リースは、呟く。
ずっと、一心に向けてくれていた愛を、私はようやく、受け止める決心がついて、彼に、恋に落ちた。時間はかかって、遠回りしまくったけど、ちゃんと、こういう風に落ち着いて。これで良かったって言える。数多くの攻略キャラの中から、彼を選んだのはしっかり理由があるから、私は、この選択で間違っていなかったと思う。
言い方は悪いし、言葉を選べない私は悪かったと思ってる。
執着が、とか、粘り勝ち、とか。本当にそうじゃなくて、私が、本気で好きになった。でも、確かに、彼が愛を向け続けてくれなければ絵、好きにならなかったかも知れないわけで、底は少し複雑ではあるけれど。
「エトワール」
「何?」
「キスして良いか」
「ひぇっ!?」
何処から、でたかも分からない声に、自分でも驚いた。リースは、私の両肩を掴んで、逃がさないというように、熱いルビーの瞳を私に向けている。魅了にかかったように、私は彼から目を離すことが出来なかった。そんな風に見つめられて、断れると思っているのだろうか。ずるい。
恥ずかしいよ、何て、心の中では思ってるし、そんな顔で言われてそんな顔でキスされると思うと、私は、立っていられるかも分からない。沸騰寸前なのに、これから、その火をさらに燃え上がらさせようとしているのだ。
「ダメ、か」
「何で聞くの。勝手にすればイイじゃん」
「お前の同意を得たい。じゃないと、俺だけ、みたいなきがするだろ」
と、リースは、少ししょんぼりした顔をする。
まだ、私のこと信じていない? それとも、自分の愛と私の愛が釣り合っていないとでも思っているのだろうか。
(ああ、もう、面倒くさいな!)
私は、震えた唇を突き動かして、目を閉じる。息づかいや、風の音しか聞えなくなって、視界は闇に包まれる。
「早くして」
「……っ、良いのか」
「待たせないでよ。良いっていってるの。いうの、恥ずかしいから……こうしてる、だけ」
私がそういえば、リースは急に黙り込んで、覚悟を決めたように、喉を上下させた。目を閉じていても、近付いてきているのが分かって、みたい、と目を開けてしまいそうになる。でも、開けて閉まったら、彼を拒んでしまいそうで、恥ずかしくて死んでしまいそうだったから、私は目を開けなかった。
そうして、優しく湿っぽい唇がぶつかる。触れるようなものだったが、それだけで、良いのかと、少し唇を突き出せば、リースはそれに応えるように、情熱的な、キスをする。
キスなんてそう易々するものじゃ無いと思ってた。でも、この温もりを知ってしまったら、きっと、戻れないだろうなって。
つっと離れていく唇を感じながら、私は、恐る恐る目を開けた。そこには、暗闇でも確かにはっきりと真っ赤な顔をしているリースの顔が見えた。
(何で、そっちが恥ずかしがってるのよ……)
慣れていそうなのに、全然慣れていない。あんなに、キスは上手で、テンプレート通りなのに、何で、照れていてるのか。
「こっちまで、恥ずかしくなる」
「求められたのが、嬉しかった」
「…………あっそ」
照れ隠しだった。少し冷たい言葉も、そっぽ向いてしまったのも、全部照れ隠し。リースの顔を、最後まで見るチャンスを失いながら、私は、自分の唇に触れた。まだ、温かい、彼の温度が残っているような気がして、少し名残惜しかった。もっと欲しいって思ってしまっている自分がいて、これ以上は、身が持たないと私は首を横に振る。
「……」
「エトワール、そろそろ戻ろう。今日のデートは最高だった。ありがとう」
「お礼を言うのは、こっちなのに、何で、アンタが……私も」
差し出された手。寒くなるからと、上着を脱いで渡そうとしてくるリースを見つめながら、私は、言えなかった、言葉を口にしようとする。
楽しかったって、こっちもありがとうって、好き、また行こうね。とか、いいたかった。
「リース、私も――ッ」
そう言いかけた瞬間、ひゅんと飛んできた何かが、リースの身体を貫いた。闇夜にまった鮮血が、バカみたいに赤かったのを、薔薇が散ったようなその光景を、私はスローモーションで捉えることになる。一瞬、何が起ったのか分からなかった。でも、彼の顔がかたまって、横に倒れて、ドサッという音を聞くまで、ほんの一瞬だったと、私は、声にならない悲鳴を上げる。
「――――リースッ!」
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