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大丈夫、いや、大丈夫じゃない、大丈夫、大丈夫、大丈夫だから。
「……リース」
私は、そう自分に言い聞かせて、ベッドの上で横たわる彼の手を握る。冷たい手、白くなっている手、そんな手を握っていて、生気の無い顔を見て、私は震えが止らなかった。眠れなかった。ルーメンさんに一度だけ、休んで下さいと言われたけれど、私は聖女殿に戻ることすら出来なかった。
未だに何が起きたか、理解できていない。頭の中では、昨日の幸せな記憶と、最悪の一瞬が交互に流れていく。同じ映画を見ているようなそんな感覚に、酷く、目眩と吐き気を覚える。胃の中には何もないから、吐き出そうにも、何も吐き出せない。
(何で……)
毒の矢。魔法がかけられていることは、明白だった。調べれば分かった。それも、またあのラアル・ギフトのだと。だが、彼の痕跡はそれだけで、矢を放ったのは、別の人物ではないかとの報告もあった。
もう、何を信じたら良いのか、何でこうなったのか、誰かに一から説明して貰わないと分からない。意味が分からないのだ。
「エトワール様、無意識でしょうが、魔力を注ぐのは……それ以上やったら、身体を壊します」
「……でも、目覚めなかったら」
「大丈夫です。僕がなんとかするので。皇太子殿下の命は、必ず命に代えても救うので、お願いです。貴方まで、倒れないで下さい」
と、私の反対側で、リースに魔法をかけ、毒の中和に精を出してくれるブライトは、私の顔を見て、まるで病人でもみるかのように優しく、そして、震えていった。私の方が、危険みたいな風にいうので、少し笑えてきてしまう。全然笑えないし、私なんて心配しなくても良いのに、なんて、またこんな時に、冷たい自分がでてしまった。
最高のデートになるはずだった。
まだ、唇には彼に触れられた感覚が残っていて、つい数時間前のことなのに、けれど、今リースはベッドに横たわっていて。
皇太子殺人未遂罪は、かなり大きいものだろう。もし、ヘウンデウン教じゃなくて、他の国の刺客がリースを狙ったともなれば、それは、国を挙げての戦争になってしまうだろう。そうじゃないっていうのは、私も、ブライトも薄々気づいているけれど。
ラスター帝国は、戦争においてまた、軍の強さは、どの国にも劣らない、絶対的王者。二つの国が共闘したとしても、勝てないくらいの強豪軍事国家でもあるから、まず、戦争を挑まれないって言い方をしたらあれかもだけど、戦争にはならない。武力で、調停をはかるのはあれかもだけど、これが、一番平和的だとか。私にはよく分からないけど。
だからこそ、今回のこれはヘウンデウン教のしわさだろうと。そもそも、ラアル・ギフトの毒が使われている時点で、彼らが仕掛けてきたに違いない。
でも、何で私じゃなくて、リースだったんだろうかと。
(私だったら良かったのに……彼奴らの狙いは私のはずなのに……)
このたちの悪い計画を立てたのが、エトワール・ヴィアラッテアだったとしたら。私の心を弱らせるための作戦なのだとしたら……本当に許さないと。でも、その可能性は高くて、大きくて……
「私、だったら……」
「エトワール様」
私のせいで巻き込んでしまった。そんな、自責の念に駆られて、どうにかなりそうだった。一番大切な人、愛しい人まで巻き込んで。もう、十分不幸だった、これ以上失いたくない。現に、アルベド、そしてトワイライトにも手を出しつつあるエトワール・ヴィアラッテアを止める方法は、今のところ何もなくて。私のまわりに手を出し始めている彼女を一刻も早く止めないといけないのに、方法が分からない。その間にも、こうして、私を中心とした不幸が広がっていく。
こんなのいやだ。
全く気配にも気づかなかった。幸せだって、そればかり噛み締めて、私は、まわりの注意を怠っていた。きっとアルベドやラヴァインだったら、いつ如何なる時でも、その警戒を解かないんだろうなって思った。それは、きっと他人を信用していないからでてしまう行動じゃなくて、自分も、そして誰かも守れるための行動なのだろう。あれを、精神がつかれる、何て一言ではまとめられない。
私がもっとしっかりしていれば。
「エトワール様は……悪くないです。今回は――」
「仕方ないって言いたいの!?私がもっとしっかりしていれば、狙われているって分かってるのに、幸せだって、浮かれてた。私のせいで、まわりを巻き込んでしまう。私が、私が……」
「落ち着いて下さい……、ごめんなさい、考えずに」
と、ブライトは、言葉を選び抜いた結果、謝罪を口にし、俯いてしまう。
傷付けたかったわけじゃない。心配してくれているのを分かっていて、私は、彼を突っぱねてしまった。感情的になってはいけないって教えられているのに。こんな、冷静さの欠けた状態じゃ、何も出来ない。
きっと、今魔法すら使えないだろう。
ブライトのいうとおり、休んだ方が良いかもしれない、と思いながら、私はリースに視線を戻す。
私のせいで、彼は毒に侵されている。ブライト曰く、中和はかなり進んでいるが、至近距離で打たれて、かなり傷も深いため、その治癒にも時間がかかるのだとか。色んな魔法や状況が重なった結果、目を覚まさないらしい。
そして、私が最後、彼から受け取ろうとしたあの上着には、防御魔法がかかっていたのだとか。もしかしたら、リースは気づいて渡したのかも知れない、そんなものまで想像できてしまった。でも、きっと気づいていなかっただろう。だったら、魔法を使ったはずなのだ。リースは、そういうの咄嗟に出来る人だから……だからこそ、あれは私達の隙を突いた攻撃だった。
「ブライト……」
「はい、何でしょうか。エトワール様」
「ありがとう……リースのこと、みてくれて。アンタがいなかったら、リースも私もどうにかなっていた気がする」
「僕は……当然のことをしたまでです。殿下に死なれて困るのは、エトワール様だけではありません。こう見えても、殿下は、帝国民から慕われていますから。時期、皇帝……ラスター帝国を導くお方なので。ここで死なれては」
「そう、よね……」
ブライト曰く、リースの身体に遥輝が憑依してから、彼の印象は変わり、それまで、少し不満を持っていた皇族の政治反対派も、彼の行動に心を打たれ、感化され、時期皇帝になるリースを支持し始めていたとか。そんな細かいところまで、目はいっていなかったけど、リースはカリスマ性があるんだな、なんてその話を聞いて思った。
だから、今、リースに死なれると、国民の不満というか怒りは、ヘウンデウン教に向けられ、また、血の海になってしまうかも知れないと。そういうことだ。
「でも、僕は、エトワール様の心までは救えていません。余計なことをいうばかりですから」
「そんな、こと……無いから。アンタが、助けてくれて……今こうして、魔法でリースを助けてくれているのみてるから、救われてる。私の魔法じゃ毒をどうにか出来なかったから」
ううん、出来たかも知れないけれど、今の私じゃ、魔法をちゃんと扱えないと思う。下手に使って暴走させる方が危ない。そこまで、理性は飛んでいなかったと、自分を誉めつつ、私は悔しさに、奥歯をギリッとならすことしか出来なかった。
「エトワール様が倒れたときも、トワイライト様は同じように、必死に貴方の看病をしていました。それと、似ています……やはり、二人は姉妹のように見えます」
「……トワイライトが。そう、うん。姉妹だから」
その話は前にも聞いたけど、確かに、今の状況と重なるだろうな、とは思った。
姉妹だから、行動が似ている、といわれるのは、何だか嬉しいような恥ずかしいような気がしたけど、ブライトがいいたいのは、大切な人の為に必死になれる、優しい人、とそういうことを言いたいんだろう。
よく見てくれているな、遠回しにも、私に優しい言葉をかけてくれているなっていうのが伝わってきて、私は、このままじゃいけないと、心を持ち直す。
けれど、私がここにいるだけで、他の人にも被害が及んでしまう。
近々、ルクスやルフレにあいにいく予定だったけど、それもやめた方が良いなと思った。もし、またそこで刺客に襲われたりしたら。二人はまだ、身体が小さいし、体勢とか、体力とかのことを考えると、リースみたいに、一命を取り留めて……とかも可能性が低くなってくる。
それに、私は動かない方が良いと。動くのであれば、一人か……護衛……
(アルバには、トワイライトの護衛について貰おう。グランツなら……)
彼なら、何となく、しぶとそうだし、なんて考えて、私は、聖女殿の皆のこと、そして、私のまわりの大切な人を守る為に、少し距離を置こうと思った。リースが目覚めたら、安全な場所にいた方が良い、何て言われそうだけど、申し訳ないけど、もう安全だと思える場所はない。
一人が良いけれど、心細いからっていう理由で、グランツを連れて行こうとしてしまうのは、私の弱いところだと思うけど。
(ラヴィは……)
いいや、彼も巻き込めない。本当は、グランツだって巻き込みたくないけれど。それでも、一人でいたら本当に壊れてしまいそうだから。こういう時、下手に私を誉めなくて、甘やかさなくて、優しくしてくれないグランツの方が、きっと心は楽だし、保っていられるだろうと思った。言い方は酷いけど、グランツのあのストイックなところと、物事をはっきり言ってくれるところは、本当に今回の状況では助かる。
ブライトみたいな、優しさの塊を前にしたら、また甘えてしまいそうだったら。
私がいなくなればそれでいい、というわけでもない。私が死んだら、きっと本物のエトワール・ヴィアラッテアが私の身体を乗っ取って、悪さをするだろうから。それはダメだと分かっている。阻止しないといけない事だとも。だから、生きて……独りで生きるしかないんじゃないかと。
「エトワール様、何処に行くんですか」
「ちょっと、グランツを探しに……戻ってはくるから、安心して」
「は、はい……」
疑わしい、というような目でブライトに見つめられ、私は本当にこの人の勘の良さに、感心してしまう。ブライトもまた、警戒心をバリバリに張っている人だと。それくらいしていたら、今回見たいな事は起きなかっただろうに。
私が立ち上がって、部屋を出ようと椅子をひいたとき、バンっと、扉が開いた。そこには、数人の騎士が立っており、私を視界に入れたと同時に、顔色を変えた。
「ノックもなしに、いきなり入ってきて何……?」
「すみません、緊急事態だったので。聖女様」
と、何処か引っかかるような「聖女」といいながら、騎士達は、ぞろぞろと部屋に入ってくる。非常識なんじゃないかと、ブライトも眉をひそめていた。皇太子が寝ているというのに、こんなに大勢……声を抑えるなんてことしないで。
「それで何、用件だけいって」
「エトワール様の侍女の部屋から、今回の暗殺……について指示する文章が出てきたもので。確認いただけますか」
「え……」
私の侍女ってリュシオル?
思考回路は完全に停止して、私は、言葉を失うほかなかった。ブライトも、まさか、そんなことはありえないというように、騎士達を見つめる。
「それと、銀髪の奇妙な動きをする女性が、神殿や聖女殿のまわりをうろつき、誰かと密会していたとの情報も入っているので……聖女、エトワール・ヴィアラッテア様ご同行をお願いできますか」
「……は、え」
浴びせられる視線は、疑惑、疑惑、疑惑。そして、矢っ張りな、みたいな誰も私を信用していない目だった。