テラーノベル
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ひとしきり再会の余韻が落ち着いた頃、ランディリックが静かに踵を返した。
「初夏とはいえ外はまだ冷える。中へ入ろう」
その一言に、家臣たちが再び動き出す。
リリアンナも名残惜しさに後ろ髪を引かれながらライオネルの首筋から手を離し、ナディエルに促されるまま城内へと足を向けた。
石造りの回廊は、外気の冷たさをわずかに残しながらも、どこか懐かしい温もりを帯びている。
ランディリックの背を追いながら、リリアンナは歩いていた。
すぐ傍にはナディエルの気配があり、後ろでは控えめな足音が、いくつも静かに重なっていた。
やがて、背後の足音の一つがわずかに速まる。
執事セドリックが歩調を上げ、ランディリックのすぐ後ろへと進み出ると、声を落とした。
「旦那様、庭師のジャンから伝言がございます」
そこで言葉を切る。
ランディリックは視線だけで続きを促した。
セドリックはさらに声を潜め、その耳元へ言葉を落とす。
リリアンナには、彼が何を告げたのかまでは聞き取れなかった。
「そうか」
短い応答。
それ以上は語られない。
しかし、その短いやり取りだけで、十分だった。
セドリックは何事もなかったかのように声音を整える。
「お部屋のご準備は整っております。……リリアンナお嬢様にも、お気に召していただけるかと」
一瞬、視線だけがリリアンナへと向けられる。
「え……?」
リリアンナは小さく首を傾げた。
(何かが変わっているの?)
そんな予感だけが、胸の奥で静かに灯る。
セドリックに導かれ、階段を上がり、廊下を進む。
見慣れたはずの道が、どこか少しだけ新しく感じられた。
やがてリリアンナの部屋の前で足が止まる。
「どうぞ」
扉が静かに開かれた。
見慣れたはずの室内に、一歩足を踏み入れた瞬間――。
「……あ……」
思わず、声が零れる。
窓辺に掛けられたカーテンが、柔らかな光を受けて揺れている。
淡い桃色。
チュリーヌの花びらを思わせる、あの色。
かつて王都エスパハレのウールウォード邸で、幼いころに見ていた、あのときのままの色だった。
差し込む光までもが、どこか優しくなったように感じる。
「……っ」
胸の奥が、きゅっと締め付けられる。
ゆっくりと窓辺へ近づき、指先でそっと布に触れた。
やわらかい。
この色が好きだと笑っていた幸せな頃の自分の記憶が、静かに重なってくる。
「……ありがとう……」
誰に向けたものか分からないまま、自然と零れた言葉だった。
その背後で、セドリックが静かに頭を垂れる。
「お戻りになる日に間に合って、何よりでございました」
その一言に、リリアンナははっと振り返る。
そして、ゆっくりと視線を巡らせた。
――変わっていない。
けれど、確かに自分の居場所へ〝戻ってきた〟――。
そう感じられるだけのものが、この部屋にはあった。
視線の端で、ランディリックがわずかに目を細めているのが見える。
何も言わない。
ただ、その様子を見ているだけ。
それでもリリアンナは、胸の奥に温かなものが広がるのを感じていた。
「……ただいま」
小さく、そう呟いた。
その言葉は、今度こそ確かに、この場所へと届いた気がした。
コメント
1件
よかったねー! これ、ランディが王都で手配してたやつよね!?
芙月みひろ