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「――もう、大丈夫です」
真帆さんは湊のおでこから手を離して、微笑んだ。
ほっと安堵のため息を漏らす陽葵の肩を、「良かったね!」と潮見がポンポン叩く。
湊はベッドの上で静かに寝息を立てており、先ほどまでとは打って変わって、すっかり症状も落ち着いた様子だった。
まだ眠りから覚める様子はないのだけれど、これなら明日辺りにでも動けるようになるかもしれない、そう真帆さんは僕らに言った。
「とりあえず、虹色ラムネをもう何本か置いていきますから、目が覚めたら飲ませてあげてくださいね」
「は、はい。ありがとうございます、真帆さん」
何だか今にも泣きだしてしまいそうな表情の陽葵に、僕も思わず笑みが零れた。
「それじゃぁ、長居してもお邪魔でしょうし、私たちは行きましょうか」
真帆さんの言葉に、僕も潮見も静かに頷く。
玄関先まで陽葵が僕らを見送りに出てくれて、皆で手を振った時だった。
「あ、真帆さん」
陽葵が引き留めるように呼んで、
「はい、なんでしょう?」
真帆さんは小首を傾げる。
「真帆さん、いつまでこっちに? あとでお礼がしたいんですけど……」
それに対して、真帆さんは「あー」と少しばかり空を仰いで、苦笑するように、
「今日中には帰ろうと思います。家族が待っていますので」
「そう、ですか……」
残念そうに俯く陽葵。
そんな陽葵に、真帆さんはにっこりと微笑んで、
「大丈夫ですよ」
「えっ?」
陽葵は何がですか? と顔を上げる。
真帆さんは陽葵の両手をそっと握りながら、
「――今度は夫や子供たちと遊びに来ますから。お礼はまた、その時にお願いしますね!」
「は、はい……! もちろん!」
陽葵も、満面の笑みで、答えたのだった。
それから僕らは、陽葵の家のそばで待っていた八千代さんや伯父さんと合流した。
あんまり大人数で伺ってもお邪魔になるだろうと、八千代さんが遠慮して待っていてくれたのだ。
「で、どうだった?」
八千代さんに訊ねられて、真帆さんは「大丈夫です」と頷いた。
「すっかり症状も軽くなっていました。もう、問題ないと思います」
そうかい、そうかい、と八千代さんは満足げに笑みを浮かべる。
「すまなかったね。私の足が悪いばっかりに、一週間も付き合わせてしまって」
「あぁ、いえいえ」
と真帆さんは首を横に振って、
「私も観光気分でのんびり構え過ぎていましたから……」
八千代さんは「ふんっ」と鼻で笑ってから、
「それは、確かにそうだったねぇ」
嘲るように、そう言った。
「――さて、あとは協会への報告書を用意しないといけませんね」
真帆さんは僕や伯父さんに顔を向けると、
「八千代さんは、私とメイさんでおうちまで送ってさしあげますので……」
「あぁ、うん、頼んだよ」
伯父さんは、全てを承知しているかのようだった。
気が付くと、真帆さんと潮見はどこから取り出したのだろうか、ふたりともホウキを手に携えていた。
ふたりがそれぞれのホウキに腰かけると、八千代さんはゆっくりとした動きで、潮見のホウキの方に、潮見と並ぶように腰かける。
「あれあれ? 八千代さん、私の方に乗らないんですか? こっちの方が柄が長いのに」
すると八千代さんは眉間に皴を寄せながら、
「……誰があんたみたいな運転の荒いホウキになんて乗るもんですか。そもそも、こっちに着いた瞬間、ホウキからおっこちたんじゃなかったのかい?」
「え~っ! あれはこの町の魔力が少なかったせいじゃないですかぁ! それに、昔よりはずいぶん安全運転するようになったんですからね!」
まるで子供のように、不服そうに唇を尖らせる真帆さんに、僕らは思わず、笑ってしまったのだった。
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