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ハートありがとうございます!
ということで𝐬𝐭𝐚𝐫𝐭
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誰もいないはずの古い神殿に、靴音はない。
ただ、コトリ…コトリ…と、杖のような音が微かに響く。
この場所には、もう長いこと誰も近づかない。
崩れかけた柱、ひび割れた床、風に吹かれるたび揺れる海藻のような装飾。
それでも、遠形みわこは静かにその場に立っていた。
「……ここに、“いた”のよね」
呟きながら、彼女は床に手を添える。
冷たい石の感触と共に、かすかな波動が指先を伝ってきた。
それは、海の神が最後に残した、“記憶のうねり”。
静かで、深く、誇り高く。
だが、何かを封じるような、苦しげな余韻を含んでいる。
みわこは、目を伏せた。
あれから、五年。
彼女は、信じるものを失い、それでも自分の中に残る力を頼りに生きてきた。
神の声はもう聞こえない。
それでも、自分の中にその意志が刻まれている気がしてならない。
「まだ、ここにいるんじゃないかって思ったけど――…無駄だったかな」
かすかに震える声が、空間に吸い込まれていった。
「やっぱり神様って、勝手よね」
その声に、ピクリと肩が動く。
柱の影から現れたのは、絵本のページから抜け出してきたような少女――花山めののだった。
彼女の服は華やかでどこか儚げ。それなのに、その瞳はまっすぐにみわこを見据えている。
「お久しぶり、みわこ」
「……来るなら、せめて音くらい立てなさいよ」
ふたりはかつて敵同士だった。
空の神と、海の神――互いに相容れぬ教義を持つ神を信じ、それぞれの“道”を歩いてきた。
けれど、その神たちは、同じ時に、同じように――姿を消した。
めののは軽く肩をすくめて、笑う。
「今はもう、敵じゃない。でしょ?」
「……そうね」
ふたりの間に、沈黙が落ちる。
けれどその沈黙には、かつてのような敵意も、恐れもなかった。
ただ、それぞれが背負うものの重さだけが、ぽたりと床に落ちていた。
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