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今日も、ひよりの上靴がなかった。 下駄箱を開けるたびに、胃がきゅっと縮む。慣れたと思っていても、慣れない。靴箱の中にあるのは、だれかが押し込んだごみだけだった。
ひよりは何も言わずにごみを拾い、ゴミ箱に捨てた。泣かなかった。泣いたら負けな気がしたから。
上靴は結局、トイレの個室の中で見つかった。水でぬらされていた。
昼休み、ひよりはいつもひとりで校舎のすみっこにいる。だれも来ない、花壇のうしろの狭いスペース。ここだけが、ひよりの場所だった。
その日もそこにしゃがんで、ひざを抱えていると——
「ねえねえ! きみ、なんでそんなところにいるの?」
声がした。
見ると、花壇の縁に小さなものが座っていた。まるまると太った、ハムスターだった。しかしそのハムスターは、ぱちぱちとした目でひよりをまっすぐ見ながら、たしかにしゃべっていた。
「え…」
ひよりは声も出なかった。ハムスターが、しゃべっている。夢じゃない。頬をつねってみたら、痛かった。いつも通り。
ハムスターはぴょんと花壇から飛び降りて近付いてきた。
「君、どうしたの?その痣。」
ひよりは思わずあとにずさった。
「きゃ」
ハムスターは転んだひよりの足をつたってお腹の上にひょこんと立った。
「君、名前は?」
ハムスターが喋ってる。
ひよりは思わず口を開いた。
「ひ、ひより…」
「ひより?いい名前だね。僕は妖精だよ!」
「そうなんだ…」
妖精はにっこり笑ってひよりに聞いた。
「妖精って言ってもね、誰も信じないけどなんで君は僕を信じるの?」
ひよりは戸惑った。
「動物が喋っているんだから…」
「僕は動物じゃない!妖精だよ!」
妖精は少し怒ったようだ。
「ごめんなさい。」
「まあ、いいや。ねえ、ひより、さっきの痣どうしたの」
またその話だった。ひよりは少し黙った。
「…転んだんだー。」
「本当に?」
妖精はひよりの顔をじっと見た。ひよりは目をそらした。
「本当だよ。」
妖精はそれ以上聞かなかった。ただひよりのひざの上でちょこんと座って、いっしょに空を見上げた。
「おかえりなさい。」
ひよりはただいまも言わずに自分の部屋へと駆け上がった。
部屋のドアを閉めると、肩の上の妖精がぴょんと机に飛び降りた。
「ここがひよりの部屋?」
ひよりはランドセルを床に置いて、ベッドに倒れ込んだ。
「…なんでついてきたの」
「気になったから。」
「何が?」
「ひよりのことが。」
ひよりは黙った。天井を見つめた。
しばらくして、机の上からとてとて歩いてきた妖精が、ひよりの胸の上にちょこんと乗った。
「学校で何かあったの?」
「…何もなかったよ。」
「そう。」
妖精はそれ以上何も言わなかった。ただひよりの肩の上で、じっとしていた。あたたかかった。
「ねぇ。」
妖精はそっと私に何かを渡してきた。
「これ…何?」
「ひよりのためにつくったんだ。」
それは鏡だった。
「どうやって作ったの…」
「ごめんね。ひよりに言ってなかったけど、僕は魔法が使えるんだ。」
妖精は誇らしげに目を合わせてきた。
「ほら、ひよりこっち見て。」
妖精は何もないところから小さな青い光と共に一欠片のチョコレートを生み出した。
「これも。」
ひよりは終始ぽかーんとしていたがひよりの記憶には焼きついていた。
妖精はひよりの口にチョコレートをねじ込んだ。
苦い。でも少し甘かった。
「この鏡…どこで使えばいいの?」
「これはね。君に笑顔の練習をしてほしいんだよ。」
ひよりは久しぶりに微笑んだ。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
妖精も微笑んだ。
「ねぇ、妖精さん。名前とかないの?」
妖精は少し考えたような顔をしながら言った。
「ないよ。」
ひよりは妖精を見つめながら考えた。
「じゃあ、あなたの名前はもこね!」