テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1,359
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ねぇ、妖精さん。名前とかないの?」 妖精は少し考えたような顔をしながら言った。
「ないよ。」
ひよりは妖精を見つめながら考えた。
「じゃあ、あなたの名前はもこね!」
次の日の朝、ひよりはランドセルの中に鏡をそっと入れた。
「今日も行くの嫌だな…」
「僕もいるよ。」
もこはひよりの肩の上でそう言った。ひよりは少しだけ息をついた。
昼休み、ひよりはいつもの花壇のうらにしゃがんでいた。もこはひよりの膝の上でころんと横になりながら話し始めた。
「ねぇ、ひより。妖精の世界ではね。」
「うん。」
「手をつないだら、皆仲直りするんだよ。」
ひよりは鏡を持ったまま、少し考えた。
「…本当に?」
「本当だよ!僕嘘つかないもん。」
ひよりはもこを見た。もこはにこにこしていた。
その日の午後、ひよりは教室でみおの隣を通った。心臓がどきどきした。足が震えた。でも、ひよりはそっとみおに手を差し伸べた。
「…みおちゃん。」
みおはひよりを見た。そして、その手を見た。
「は?触らないでよ。」
次の瞬間、髪をぐっと引っ張られた。ひよりは声も出なかった。
「気持ち悪い。」
みおは笑いながら友達のほうへ戻った。なな、りか、けいすけ、まなとが一緒になって笑っていた。
ひよりは何も言えなかった。ただ、引っ張られた髪のあたりをそっと押さえた。痛かった。
放課後、ひよりは一人で帰った。もこは肩の上にいたけど、何も言わなかった。
家に帰ると、ひよりはそのままベッドに倒れ込んだ。ランドセルも下ろさなかった。
「…ごめんね。」
もこが小さな声で言った。
「もこは悪くない。」
「でも僕が手をつなげばって言ったから。」
ひよりは天井を見つめた。泣きたかった。でも涙が出なかった。
「妖精の世界と、人間の世界は違うんだね。」
もこは何も言わなかった。ひよりの隣でただじっとしていた。
しばらくして、もこが青い光とともに小さなものを生み出した。小さな、手のひらサイズのぬいぐるみだった。
「これ…」
「持ってて。僕がいない時でも、寂しくないように。」
ひよりはぬいぐるみをぎゅっと握った。やっと、涙が出た。
鏡の中のひよりは、まだ笑えていなかった。
次の日も、その次の日も、ひよりはぬいぐるみをランドセルに入れて学校へ行った。
授業中、みおがひよりの背中を鉛筆でつついてきた。振り返ると、みおはすっと前を向いた。なな、りかがくすくす笑っていた。先生は気づいていなかった。
体育の時間、ひよりの上靴がまたなかった。今度はグラウンドの隅に投げられていた。泥だらけだった。ひよりは何も言わずに拾った。
「ねぇ。」
もこが肩の上でそっと言った。
「何。」
「ひより、怒らないの?」
ひよりは少し考えた。
「…怒っても意味ないから。」
「そうなの?」
「そうだよ。」
もこはそれ以上聞かなかった。でもひよりにはわかった。もこが悲しそうにしているのが。
昼休み、花壇のうらでひよりは鏡を取り出した。笑顔の練習。もこに言われた通り、毎日続けていた。でも鏡の中のひよりはうまく笑えなかった。口の端を上げても、目が笑っていなかった。
「難しいな…」
「大丈夫だよ。」
「全然大丈夫じゃないよ。」
もこはひよりの膝の上でころんと横になった。
「ひより、昨日のぬいぐるみ持ってきた?」
「持ってきた。」
「よかった。」
それだけだった。でもひよりは少しだけ口の端が上がった。鏡を見た。さっきよりほんの少し、笑えていた。
「…もこ。」
「何?」
「ありがとう。」
もこはにこっと笑った。
「どういたしまして!」
放課後、ひよりは一人で昇降口へ向かった。下駄箱を開けた。今日は何もなかった。ひよりはそれだけで少し安心した。情けないと思った。上靴を履き替えて、外へ出た。
帰り道、もこはずっとひよりの肩の上にいた。
「ねぇ、ひより。今日学校どうだった?」
「…いつも通り。」
「そっか。」
しばらく無言で歩いた。夕方の風が少し冷たかった。
「もこ。」
「何?」
「妖精の世界って、いじめとかあるの?」
もこは少し黙った。
「…ないよ。」
「いいな。」
ひよりは空を見上げた。オレンジ色だった。
「ひよりも妖精の世界に来る?」
ひよりは少し考えてから、首を横に振った。
「…ここがいい。」
もこは何も言わなかった。ひよりの肩の上で、ただじっとしていた。あたたかかった。