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がくぶち🐌
ゆ。
俺の目の前の人物は掌の上のそれに、吸い込まれてしまうんじゃないかという程、夢中になっている。
宝物でも見つけたかのような、そんな輝いた瞳で見入っていた。
「すごい……すごいよ勇斗!!俺が指を右に動かしたら、中の人も右に動くよ!!」
「あ、うん……ゲームってそういうもんだから………。」
予想以上の反応をされ、逆に拍子抜けしてしまう。
別にどこの家庭にでもあるような、普通の携帯ゲーム機。
ソフトも最新の物でもなんでも無い。
少し前まではやり込んでいたけれど、最近は飽きてしまって引き出しの奥に仕舞っていたやつだ。
俺にとっては取るに足らない物のはずなのに、仁人はまるで初めて子供がおもちゃを貰った時のような、そんな反応を見せていた。
「はー……本当にすごい………指先一つでこんなにも色んな事が出来るんだねぇ。」
仁人が吐息と共に、感嘆の声を漏らす。
その淡い横顔に、胸の奥がそっと締めつけられた。
俺の手で、こんなにも喜ばせられるのか。
そんな高揚感と一緒に、もっと色んな表情を見てみたいと言う気持ちが溢れてくる。
そして、気が付けば勝手に口が動いていた。
「仁人が良ければ……また、他のも持ってこようか?」
その言葉に仁人は目を丸く見開き、そしてまた、あのえくぼを覗かせた。
「いいの?………ありがとう、勇斗はやっぱり優しいね。」
無邪気な笑顔と一緒に落とされたその言葉に、息が少し詰まってしまう。
俺はどうしてこんな些細なことで、揺れているのだろう。
やっぱりこの、七月の全身にまとわりつくような暑さのせいだろうか。
「じゃあ、明日も昼飯の後ここ来るから。」
「うん、分かった待ってるね。」
暑く重たい空気に飲まれないように、平然とした顔でそんな約束をする。
正直なところ、ゲームとかそんな物は俺にとってはどうでもよかった。
ただ、ここに来て仁人に会う、それなりの理由が欲しかっただけだった。
それから俺は、神社へと通い続けた。
最初の頃は仁人の名前を呼んで、来たことを知らせていたけれど。
いつの間にか、声をかけなくても山の中に足を踏み入れるだけで、神社へと行けるようになった。
俺は、仁人に色んなものを見せてあげた。
ゲームに漫画、雑誌にスマホ。
音楽を聞かせてあげたり、動画を見せてあげたりもした。
こっそり家のタブレットを持ち出して、映画を見せてあげたこともあった。
俺が見せるもの全てが仁人の目には、珍しく見えるようで。
毎度「今日は何を持ってきてくれたの?」と瞳を輝かせていた。
次第に俺は、家にあるものだけでは飽き足らず。
お小遣いをはたいて面白いものを買ってみては、仁人の元へ持って行くようになった。
俺から与えられるもので笑ったり、驚いたりと、表情をころころ変える仁人がとても愛らしく見えた。
毎日、毎日。
今日も、明日も、明後日も。
そしてその次も。
俺は、一日も欠かさず仁人の元へ足を運んだ。
次第に俺たちの距離は近くなり、会う時間も増えていった。
楽しかった。
ただただ、純粋に仁人と過ごすのがたまらなく楽しかった。
けれど、仁人と会う度に俺の中の仁人への違和感は大きく膨れ上がっていった。
俺の生活でありふれているようなものは、基本仁人は知らない。
逆に俺が聞いたこともないような遥か昔の事を、さも昨日起こった事のように話していた。
それだけでなく、何もない空間を見つめていたり、俺には見えない何かと話したりしているような時もあった。
あの再会した日から、何となくずっと心は引っ掛かっていた。
上手くは言えないけれど、俺と同じ世界を生きているようには、とても思えなかった。
それでも俺は、その歪みには蓋をして、見ないようにしていた。
多分、それに触れてしまった時、俺たちの関係は変わってしまう。
そんな気がしていたから。
そして何よりも、仁人が何者でも別に構わない。
そんな風に考えてしまう程、俺は仁人に夢中になっていた。
「勇斗、今日は何を見せてくれるの?」
ぐいっとこちらに身を乗り出し、弾むような声で仁人が話しかけてくる。
俺は、ポケットに入れていた小さなそれを指で摘んで、仁人の目の前に差し出した。
「………なに、これ。ガラス……?」
食い入るように見つめながら、こてんと首を傾げる。
その姿が可愛くて、思わず頬が緩んでしまった。
「そう。ビー玉って言うの。」
「あ、なんか見た事あるかも……!」
「ほんと?これね、昨日飲んだラムネに入ってて、綺麗に取れたから仁人に見せたくてさ。」
「え!これが飲み物の中に入ってるの?そんなの、見たことないや………。」
「くすっ、じゃあ今度はそれも持ってきてあげるね。」
「………うん!楽しみにしてる!」
嬉しそうに頷いたその顔に、眩しい日差しが差し込む。
つられて見上げた夏空は、吸い込まれそうなくらい青くて。
手にしていたビー玉をそっと掲げると、その奥に、もうひとつの空が閉じ込められたみたいだった。
空色のビー玉に引き寄せられるみたいに、仁人も顔を寄せてくる。
小さな空を二人で覗き込む、その静かな時間の中で。
ふいに視線が重なって、どちらともなく言葉を失った。
鼻先が触れそうな程近くて、睫毛の長さまでもが分かる距離。
まるで時間が止まってしまったかのように、お互いがそれぞれの瞳に吸い込まれてしまった。
瞬きで目が閉じる一瞬すらも惜しくて、ぽつりと
「綺麗、だね。」
と呟いた。
その声が消える前に、向こうからも同じ言葉が返ってくる。
「………うん、綺麗。」
二人とももう、空には目を向けていなくて。
あの青ささえ遠のくほど、互いから目を離せなかった。
「これ、仁人にあげるね。」
「……え、いいの?」
「うん。本当はもっと色んなものあげたいんだけど、俺のお小遣いじゃ大したもの買えないから……。」
「そんな事言わないで。勇斗がくれる物なら、俺なんでも嬉しいよ。」
仁人はそう言うと、真っ白な手を広げて差し出してきた。
その上にぽとっと、ビー玉を落としてあげる。
すると仁人は、その何の変哲もないビー玉を、とても大事そうに握りしめた。
「………嬉しい。人から何かを貰ったの、初めてだ。」
そんな言葉を落として、ほんの少しだけ寂しそうに笑った。
その笑顔に、胸の中で何かが溢れていく。
思わずその想いを口にしてしまいそうになった、その時だった。
───がさり、と社のすぐ側にある草むらが音を立てた。
ぶつかっていた視線が解け、音がした方へ顔を向ける。
すると、小さな子猫がひょこっと顔を出していた。
のんびりとした姿が現れた瞬間、張りつめていた空気が、ふっと和らいだ。
子猫はそのまま、迷うことなく真っ直ぐに俺たちの方へ向かってくる。
俺の足元まで来た猫にそっと手を伸ばすし、 優しく頭を撫でた。
「ははっ、可愛いね仁人。」
「あ……うん、そ…だね。」
子猫をあやしながら、自然と出た俺の問いかけに、仁人は不自然に言葉をつまらせてしまった。
ふと仁人の方へ目を向けると、視線を逸らしたまま下を向いてしまっていた。
「もしかして、猫怖い?」
「…………ううん、怖くはないんだけど……。」
また、濁すように曖昧な言葉で返してくる。
少し気になる反応だったけれど、この小さくて温かい命に触れてみて欲しい。
そんな思いで、俺は子猫を抱きかかえて仁人の方を向いた。
「ほら、触ってみ。」
その言葉に仁人は、眉の形を崩して瞳を揺らした。
何かを押し殺すかのように、ゆっくりと瞼を閉じる。
そして、か細い声でこう呟いた。
「…………ごめん俺、生きているものには触れないんだ。」
コメント
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フォローさせてもらいました。 続きが楽しみです!

今回も最高でした!! これからどうなるのかドキドキです