テラーノベル
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自室のベッドの上で一人、天井を眺めながら深く息を吐く。
「生きているものには触れない。」
その言葉が、嫌というほど頭に焼き付いて離れなかった。
少しは驚きはしたけれど、衝撃と呼ぶまでではない。
ああ、やっぱりそうなんだ。と、ぶら下がっていた違和感が、ようやく着地したような感覚だった。
ただそれよりも、この自分の想いをどう処理すればいいのか。
そっちの方が、気にかかってしょうがなかった。
仁人が笑うと、俺も嬉しい。
もっと喜ばせたい、たくさん笑顔を見せて欲しい。
そんな思いが浮かんでくる。
こうして家に帰ってくれば、また明日会えるというのに、その時間が早く来ないかと待ちわびている。
会える時間を増やしたくて、苦手な早起きを頑張ってみたり、親に言い訳をして帰る時間を遅くしたり。
こんなのもう、普通に恋じゃないか。
全部、仁人が悪いんだ。
あんな愛らしい瞳で見つめながら、甘ったるい声で「勇斗」なんて呼ばれたら。
好きにならない方が、おかしいんだ。
透き通る肌も、風に揺れる黒髪も、垂れ下がっている目も、ふっくらした唇も。
もう、どうしようもないくらい好きになっていた。
「はぁ…………どうしたらいいんだろ。」
まだ俺は高校生で、恋愛経験と呼べるものは殆どない。
普通の恋の仕方さえも、分からないというのに。
どうやら俺の初恋は、手の届かない“何か”に捧げてしまったらしい。
瞼を閉じて、思考を巡らせてみる。
諦めるとか、未練が残らない別れ方とか、そういう事は微塵も頭になかった。
ただ、どうすれば仁人と離れずに、ずっと居られるのか。
それだけを、考えていた。
「勇斗ーー!ごはーん!」
母親からの声で、意識が現実へと戻される。
「はーい」と返事をして、リビングへと向かった。
食卓につくと、じいちゃんがテレビを見ながらもう夕飯に手をつけていた。
その向かいに腰掛け、箸を持つ。
小さく「いただきます」と言った、その時だった。
テレビに視線を向けたまま、じいちゃんがぽつりと話し始めた。
「勇斗、お前最近どこ行っとる?」
「え?………あー、……友達のところ。」
小さい頃怒られたからだろうか、何となくあの山に行っていることは知られたくなくて。
瞳を泳がせながら、適当に誤魔化してしまった。
それでもじいちゃんは、俺の嘘を見抜くかのように、こう忠告してきた。
「あの山は危ないで、行ったらいかんがね。」
その言葉に、自然と眉間にシワが寄ってしまう。
確かに、俺以外であそこに足を踏み入れている人を見たことがない。
何か、みんなが避ける理由があるのだろうか。
「危ないって、人の手が行き届いてないから?なんであの山だけ、誰も何も手入れしようとしないの?」
じいちゃんはまるで、俺の質問が聞こえていないかのように、黙々と箸を進めている。
けれど俺は構わず、もう一度質問をぶつけた。
「教えてじいちゃん。あの山には何があるの。」
少し強い口調でそう問いただすと、じいちゃんは軽くため息をつきながら、ゆっくり口を開いた。
「出るんや、あそこに。」
「……出るって、何が?」
「取り憑いて、人に災いをもたらす幽霊が。」
夏の盛りだというのに、何故か今日だけ妙に涼しい。
蝉の声は遠く、風だけが静かに肌を撫でていく中、俺は今日も神社へと足を進めていた。
その道中思い返すのは、昨日聞いたじいちゃんの話。
どうやら俺以外にも昔、何人かあの山に足を踏み入れたことがある人がいるそうだ。
その人達はみんな、口を揃えて「青年の姿を見た」と言ったらしい。
それからと言うものの、その中の一部の人間が、大怪我をしたり、不幸な事件に巻き込まれたりと、 災難が続いたそうだ。
こんな小さな田舎の町では、囁かな噂もあっという間に広まってしまう。
瞬く間に、「山には災いを呼ぶ者がいる」という話は、知れ渡ってしまった。
それからというものの、山を訪れるものは居なくなったという。
もう何年も、何十年も前の話だそうだ。
不思議と怖い、という感情は無かった。
だってあんな、ふわっと花がほころぶような笑顔を見せる仁人が、人に危害を加えることをするとは思えなかった。
きっと、気が遠くなるほどの長い時間、あの狭い神社で、ずっと独りで居たから。
俺を呼んでしまった時のように、寂しくて、 無意識に取り憑いてしまったのだろう。
ただ仁人は、誰かと一緒にいたかった。
それだけなのに。
迷うことなく、山の中を歩いていると、爽やかな風が吹き抜けてきて。
俺の目の前にはもう自然と、神社が佇んでいた。
一度も足を止めることなく、石段をのぼって行く。
境内へ辿り着くとそこには、
ぽつんと、独りで空を見上げる仁人がいた。
いつもの光景のはずなのに、何故か今日はやけにその姿が、消えてしまいそうなほど儚く見えた。
「あ、勇斗!おはよう。」
ぱっとした笑みを浮かべて、仁人が駆け寄ってくる。
上手く目を合わせることが出来なくて、思わず視線を逸らしてしまった。
「……………おはよ」
か細い声で、そっと返事をする。
それ以上は何も言わなかったけれど、俺の様子を見て仁人は、察したようだった。
「………誰かに聞いた?俺のこと。」
俺にそう尋ねてきた仁人は、微笑みこそ崩してはいないものの、やっぱりどこか寂しげだった。
「うん、……じいちゃんに………」
「そっか。まぁこの町じゃ、知らない人いないからね。知らないのは、引っ越してきた勇斗くらいじゃない?」
わざとらしく、やけに明るい声で返してくる。
その不自然さが、とても苦しかった。
「……………ねぇ勇斗。俺の事、怖い?」
仁人の顔から静かに笑顔が消え、瞳を揺らしながら問いかけてくる。
俺はその言葉に、はっきりと首を振った。
「怖くない。怖いなんて、微塵も思ったことないよ。」
そう言うと仁人は、眉尻を下げ、唇を震わせながら俺に訴えかけてきた。
「……………俺の、せいじゃないの。」
「うん……。」
「傷つけたくて、みんなを傷つけたんじゃないの………おれはっ、ただ………」
「寂しかっただけなの。」
溢れた声と共に、仁人は膝から崩れ落ちてしまった。
慌てて駆け寄り、顔を近付けて表情を覗き込む。
一滴たりとも、涙は流れていない。
恐らくもう、涙さえも流せないのだろう。
でも俺の目には、明確に見えた。
大粒の涙が、頬を伝っているのが。
息を震わせ、泣きじゃくる仁人を見て、衝動的に体が動いてしまう。
抱きしめて、その涙を俺が受け止めたいと思った。
そんな願いを込めて、腕を伸ばす。
仁人を包み込んで、背中に手を回した。
はずなのに、俺の腕は何も掴むことはなく。
するりと仁人の体を抜けて、虚しく空を切った。
がくぶち🐌
ゆ。
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あああ😭