それから数日後、ルミが教会に来なくなって一月が経過しました。流石に気になります。何かあったのかもしれません。私はシスターの許可を貰いベルを連れて孤児院へと向かうのでした。基本的にはルミが遊びに来ていたので、孤児院を訪ねるのはユリウス院長が亡くなったとき以来、一年ぶりになりますね。
「お嬢の友達か。友達居たんだな」
「失礼な、私にも社交性くらいはあります。ルミ以外に心当たりはありませんが」
「社交性が聞いて呆れるな。まあ、お嬢が普通じゃないのは理解してるよ」
「自覚はしていますが、改めて指摘されると悲しくなるので止めてください」
ベルは身の丈ほどはある大きな大剣を背負っています。この銃が普及しつつある帝国では珍しいのだとか。
雑談をしつつ私達は一年ぶりに孤児院へと辿り着くのでした。しかし、僅か一年で孤児院は様変わりをしていたのです。
建物はひび割れ、まるで廃墟のように変わり、子供達が遊び回っていた広い庭は雑草だらけで境界線も分からないほどでした。あまりの変わりように絶句していると、更なる追い討ちが用意されていたのです。
「おい、ここは関係者以外立入禁止だ。さっさと帰れ!」
建物の周囲には、どう見ても柄の悪い男性が複数人見張るように立っていたのです。
「すみません、こちらに居るルミと言う子の友人なんです。遊びに来たとお伝え願えませんか?」
「はぁ?知らねぇなそんなガキ。ほら、分かったらさっさと帰れ。怪我したくねぇだろ?」
「そんな筈はありません。確かにここに居るはずです。取り次ぎをお願いします」
「分からねぇガキだな、あんまりうるせぇと殺すぞ!」
「おい」
ベルが私を庇うように前に出てきました。
「なっ、なんだよ」
「うちのお嬢に舐めた口訊かねぇで貰えるか?殺すとか聞こえたんだが」
流石は傭兵、言葉に威圧感がありますね。単なるイケメンさんではないみたいです。
「うっ、うるせぇ!やるのかこのやろう!」
焦りが見えるチンピラさんはナイフを取り出しました。うん、私のナイフより粗末ですね。乱造品かな。
「そんな物出しやがって、遊びじゃ済まなくなるぞ?」
対してベルは余裕の表情。何でしょう、これが格の違いというのでしょうか。良い拾い物をしました。
一触即発だったその時、彼女は現れました。
「シャーリィ…?」
「ルミ、良かった。ご無事で……!?」
私は友人の声に安心して振り向き、絶句してしまいました。
ルミは手足や顔に包帯やガーゼをたくさん貼り付けており、明らかに大怪我をしているのが分かる出で立ちでした。
「ルミ、その怪我は!?」
「ああ、これ?ちょっと転んじゃって。あはは」
「侮らないで下さい、その程度の嘘を見抜けない仲ではないと自負しています。何があったのですか!」
「…本当に大丈夫だよ。新しい院長さんとちょっと…でも、もうすぐ分かって貰えるはずだから。そしたらちゃんと遊びに行けるよ。此までのように!」
痛々しい笑顔を浮かべるルミを見て、胸が張り裂けそうになりました。新しい院長とやらがどんな方か知りませんが、今の孤児院の現状やルミを見る限り重大な欠陥を抱えているのは間違いないのですから。
「ルミ、無理をしないで下さい。何があったか分かりませんが、私でもお手伝いできるはずです。事情を話してください。きっと力になれるはずです」
「……ありがとう。でも、本当に大丈夫だから。シャーリィは待ってて。すぐに元気な姿を見せに行くから!」
「おい!誰が外に出て良いって言ったんだ!」
孤児院の建物から怒鳴り声が聞こえ、周囲に居たチンピラさん達が集まってきました。
「お嬢」
「…分かりました、出直します。でも、ルミ。無理はしないで下さい。何をするつもりか分かりませんが、教会に来てくれれば力になれますから」
「ありがとう、シャーリィ。またね!」
私は巨大な不安を抱えたまま孤児院を後にするのでした。
「それでお嬢、どうするんだ?今すぐ殴り込んで友達を助けるか?どう見ても厄介なことになってると思うが」
帰り道、ベルが私に問いかけてきました。私だって気になります。でも、今すぐ殴り込みをかけるには事情があまりにも不透明です。敵を知ればと東方の言葉にもあった筈。
「その気持ちはありますが、何が起きているか分からないのに闇雲に突っ込んでは事態を悪化させるだけだと判断します。今はルミを信じて、私達は情報を集めるのが先決です」
「お嬢がそう言うなら、俺は従うよ。先ずは情報を集めないとな」
「その為には、情報を生業にする人を頼るのが一番です。ベル、伝はありませんか?」
「残念だが、俺も最近来たばかりでこの街は浅くてな。情報屋に心当たりはないなぁ」
「仕方ありませんね。私もありませんし……あまり甘えたくはないのですが、シスターを頼るとしましょう」
「いや、お嬢。自分の年齢自覚してる?甘えるの普通だからな?大金稼いでたり、チンピラ相手に物怖じしないのは普通じゃないからね?」
「そうですかね?」
呆れたようにベルは言いますが、お母様は十歳で実家を飛び出して大冒険したんです。十二歳でまだシスターの庇護の下に居るという事実は、とても恥ずかしいのですが。考え方の違いかな。
振り返れば、この時無理にでもルミを連れ出していればあんなことにはならなかった筈です。この時私は、この決断が特大の後悔を抱えることになるとは知る由もありませんでした。神のみぞ知る…です。
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