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頑張って仲良くなる必要はないが、悪い印象は与えたくない。同じクラスになるのは初めてだから、黒板に張り出されている席順の紙を見た。
自分の席の隣。彼の名前は……。
「秦城っていうんだ。俺は永月。これから一年よろしくね」
家族にも見せたことのない、精一杯の笑顔で隣を向いた。すると、彼は豆鉄砲を食らったような顔で固まって。
「あ、あぁ。……よろしく」
そう一言返すとすぐに視線を外した。
一体どうしたんだろう。根暗そうな自分がいきなり話し掛けたから驚いたんだろうか、とちょっと落ち込む。
でも意外なことに、秦城はそれからよく話し掛けてきた。
「永月、今日はどんなくだらない本読んでんの?」
「くだ……。面白いよ、これは幻獣事典。妖精や悪魔、それから神話の生き物まで載ってるんだ」
彼は俺の読む本を馬鹿にしては覗いてくる。彼ならもっと派手なグループに入って、クラスの中心になれるはずなのに。わざわざ他の友人の誘いを断って俺に話し掛けてくれる理由が分からなかった。
たまに女子の視線を感じて、本に集中できないことがある。これだけはちょっと困っていた。
「秦城、俺と一緒にいて楽しい?」
ある昼休み、中庭でパンを食べながら訊いてみた。悲しい質問だけど、純粋に疑問だった。今までの人生を振り返っても、こんな積極的に俺に話しかけてくれる子はいなかったから。
「楽しいよ。ていうか、何だろな。他の奴よりお前といると安心する。俺はお前が好きだよ」
そう言って無邪気に笑う。
胸の中が熱くなった。嬉しいけど照れ臭い、こそばゆい感覚だ。
「……そっか。ありがと」
秦城の「好き」は、友人の「好き」。決して、断じて、変な意味は含まれてない。だからこそ俺も安心して素直にお礼を言えた。
けど一日を乗り切るたびに想いは膨れ上がる。歯止めのきかない願望が力を増す。
俺のこの想いは、友人に抱く「好き」じゃなかった。
あれだけ熱中していた本も、秦城といるときは机の中にずっと眠っている。一度も取り出さない日もあった。
俺の心は、彼で埋め尽くされている。それに気付いたとき、ほんのちょっと焦りを覚えた。
そして嬉しかった。
こんな俺でも、大切に想える誰かができたんだ、って。
「永月。一緒に帰ろうぜ」
「うん」
学校が終わればコンビニに寄り道して新発売のジュースを買う。これが密かな楽しみだった。