入院生活4日目、隣のベッドから奇声が聞こえるようになった。
「ゔぁゔぁゔぁゔぁゔぁゔぁ…」
いよいよ入院での抑圧によるストレスで幻聴でも聞こえるようになったのだろうか。まあ隣と言えば原因はひとつしかないのだが。
「雛さん、うるさいですよ」
カーテンをめくって様子を見てみると、奇妙な行動を取る雛さんがそこにいた。どうやら声を出しながら下あごを手で押さえて上下しているようだった。
「ゆいとくん、暇!」
「前に漫画貸したでしょ?あれ全部読んだんですか?」
「あ、うん、全部…読んだよ! あれ面白かったよね、主人公が刺し殺されるシーン」
「そんなシーンがあってたまるか! てかどんな感性の持ち主だ」
「ちっ、外したか」
雛さんが小声でつぶやいた。
「聞こえてますよ。じゃあ、読んでないんですね」
「ちょっと私には合わなかったかなーなんて、ごめんね」
「あ、そうだ。暇だし病院内を探索しない?」
急展開だった。
「いきなり何を言い出すんですか。小学生でもあるまいし」
雛さんは僕の机にチラシを置いた。チラシの見出しには、『ちびっこ達集まれ!冬の宝探し大会』とポップでカラフルな文字で書かれていた。イベントの内容は病院内に隠された宝箱を探して、見つけ出した個数によって豪華な景品がもらえるというものだった。ちなみに最も豪華な景品はシロバニラファミリーのウサギかゴジラ風フィギュアだった。
「雛さんはちびっこなんですか?」
「私の心はいつだってちびっこです」
「そんなこと胸張って言われても」
「いい暇つぶしになるしいいじゃん!ね、ゆいとくんもやろうよ」
雛さんの目がキラキラと輝いていた。うっ、まぶしい!
「まあ僕も暇ですし、いいですよ」
「ほんと!? やったー!」
そもそも院内を子供が駆け回るイベントをやっていいものなのかと疑問が残る。不思議な病院だ。
「じゃあ着替えるからちょっと待っててね」
そう言って雛さんはカーテンを閉めた。
…本当にこのイベントやるのか、僕。
僕と雛さんは病室を出て宝箱の探索を開始した。まずはこどもの広場という子供たちの遊ぶ場所に行くことにした。
「おにいちゃん何やってるの? もしかしてぼっち?」
小学生低学年くらいの男の子が話しかけて来た。
「この可愛いお姉さんと一緒に宝探しをやってるんだよ」
僕は雛さんの方を指さしながらそう言った。ちなみに雛さんは赤面になっていた。こういう反応が見たかったのだ。 男の子はしばらく雛さんを見つめていた。
「ふーん、変なおにいちゃん」
そう言って男の子は僕の元を去った。
「なんだったんだあの男の子」
「ま、まあいいじゃん!次行こ、次」
雛さんは僕の腕を掴んで引っ張った。
「行くってまだここちゃんと探してないですよ」
「ここもう無さそうだし次行こうよ!」
雛さんが何か急いでいるように見えた。結局、雛さんの謎の行動によってこの場を後にすることになった。
次に行く場所を決めるために、僕たちは廊下の壁に書かれた院内地図を見ていた。
「この病院って屋上あるんだね。面白そうだし行ってみようよ」
「今日雪降ってて外寒いし嫌ですよ」
「えーいいじゃん!雪遊びしようよ。寒かったら私の上着貸してあげるから!」
なんかそのシチュエーションは世間体からしてダメな気がする。普通は逆だ。
「風邪ひきますよ」
「風邪ひいたらゆいとくんが看病してくれればいいじゃん。よし、これで解決だね」
なんて自由な人なんだ。でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけそんな場面があっても良いかなと思ってしまった。
「分かりました。じゃあ屋上行きましょう」
雛さんの勢いに押し負けてしまった。
屋上に出ると、屋上の地面や周囲の建物の屋根に雪が積もり一面白銀の世界となっていた。こんな雪の中でそこそこの人がいることに驚きだ。
「おお!! ゆいとくんゆいとくんこれ雪だよ」
初めて雪を見た子供のようにはしゃいでいた。 僕も雪は久しぶりだった。そのせいか無意識に雪を固めて握りこぶし程の大きさの雪玉を作っていた。いや、無意識に雪を触りたくなってしまうのはみんな一緒のはずだ。
「ゆいとくん。雪だるま作ったよ」
雛さんは手のひらサイズの雪だるまを作っていた。目や鼻、口までしっかりと作り込まれていた。
「すごく可愛く作れてますね。凄いです!目と鼻と口のパーツなんてどこにあったんですか?」
目にはボタン、鼻には星型に切られた人参(ミニサイズ)、口には小さな石が埋められていた。この辺りに落ちていたとは考えにくい。
「その辺に落ちてたよ」
一番有り得なさそうな回答が返ってきた。人参がその辺に落ちてるのか。ん? 待て、星型の人参に何か心当たりがある。今日の朝食だ。朝食に星型の人参が出てきた。もしかしてそれだったりして… まあそんなことどうでもいいか。この件については軽く流すことにした。
「僕も雪だるま作りましたよ」
「可愛くできたじゃん! えらいえらい」
雛さん程の出来ではないが、それなりにバランス良く作れた。これがあつ森の雪だるまイベントで鍛え上げた実力だ。
「ゆいとくんの雪だるま、私の隣に置いておこうよ。きっと2人一緒にいた方がユキくんとダルマちゃんも喜ぶよ」
「ユキくんって誰です?」
「ユキくんはゆいとくんが作った雪だるまの名前だよ」
この流れだとダルマちゃんも大体予想がつく。
「もうちょっとマシな名前無かったんですか?」
「単純な方が可愛らしくていいの!」
僕は雪だるまのユキくんをダルマちゃんの隣にそっと置いた。
この後は雪合戦をした。だが数分も経たないうちに寒さに耐えきれず室内に逃げ込むことになった。
それから数時間ほど院内を徘徊し、特に成果もなく初めに訪れたこどもの広場まで戻ってきた。広場の中央に手作り感満載段ボール製の宝箱が置かれていた。僕たちが来た時にこんな宝箱あったっけ?
「ゆいとくん。宝箱あったよ!」
雛さんが取っ手に手をかけ、宝箱を開けた。中には『プレゼントひきかえけん』と手書きで書かれた紙が数枚入っていた。僕たちは引換券を1枚だけ手にして景品引き換え場所に向かった。
「あら大浦さん、こんなところにどうしたの?」
受付にはいつもの看護師さんが立っていた。
「この引換券なんですが…」
少し恥ずかしがりながら看護師さんに券を手渡した。
「はいよく見つけられました。えらいね! 券1枚だとうめぇ棒になります。このかごの中から好きなのを選んでね」
看護師さんはにこやかな表情でかごを手渡した。その表情が僕のなにかを突き刺す。うっ!痛い。その表情はやめてくれ。
「そういや大浦さん、今日の正午過ぎくらいに屋上にひとりで出歩いていたそうですね」
「はい、そうですけど」
なぜ知られている。あの場に看護師さんは居なかったはず。
「なにやら不気味な言動をとる高校生くらいの男の子がいると屋上にいた方から聞きましたよ。この前の検査から1週間は外に出ずに院内で過ごして下さいって言いましたよね」
僕が不気味な言動なんてしていただろうか。確かに雪合戦をしてはしゃいではいたけど、それを不気味呼ばわりだなんて酷いものだ。
「あー、そんなこと言ってましたね。すみません。気を付けます」
「分かればよろしい」
不気味…か。なんか少しショックだ。
「ゆいとくん。うめぇ棒のたこ焼き味かカニカマ味どっちがいいかな?」
箱から何本ものうめぇ棒が出されて並べられていた。僕が看護士さんと話をしていた間、雛さんはうめぇ棒の味を選ぶのに割と真剣に悩んでいたみたいだ。こんな能天気な雛さんを見ていたらさっきのショックなんて吹き飛んでしまった。
「え、カニカマ味なんか食べるんですか。絶対まずいですよ」
「ははーん、さてはカニカマ味の美味しさを知らないな。分かった、部屋で半分あげるから食べてみ」
そんなことを話しながら部屋に戻った。こうして今日の一大イベント『ちびっこ達集まれ!冬の宝探し大会』を終えた。
うっ…カニカマ味まずっ!
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