テラーノベル
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青side
この時期になると、無性に安心する。
まるで取りこぼしてしまったものを取り返したみたいに、手のひらがあったかくなる。
別に、ボクは何も失っちゃいない。それでもどこか喪失感というのを覚え、何を失ったのかも分からないまま時は経つ。ま、わからないということはそれくらい必要のなかったものなだけ。
気にすることはない。
遠くからチーン、と音が鳴りその後ジジジジ、と連続した音が掠れていくのを感じた。急いでオーブンのフタを開け、2つのトーストを2つの皿に乗せる。焼き立てが美味しいんだから。
蜂蜜と砂糖をあしらえばフレンチトーストの出来上がり。毎日同じように起き、同じようにフレンチトーストを作るのには理由があった。ボクの同居人が味をものすごく気に入って、毎日食べたいなんて言い出してからずぅーっと、この調子だ。
これから朝に弱い同居人、もとい恋人を起こしに行くところである。
青「ほら、できたよフレンチトースト」
橙「············ほん、まぁ···?」
目を擦りながら起き上がり、フレンチトーストという言葉に少し目を輝かせ、ジェルくんは伸びをした。
時間が経てばもうジェルくんは本調子となり生き生きとした顔つきになる。食べよう、と言う前に「いただきますっ!」と勢いよく言った。
青「いただきまーす」
橙「今日、みんなと遊ぶ約束あるんやろ?はよ食べなあかんな」
青「うわっ、そうじゃん忘れてた。教えてくれてありがとう」
にこにこと笑ってボクが食べる様子を見ている。少し緊張気味にジェルくんに聞いた。
青「ジェルくん、食べないの?どうかした?」
いくら経っても食べないから心配だ。もしかしたら体調が悪いのかも。そんな心配をよそに、ジェルくんは「いいや、なんでも」と返した。それでも食べなかった。
唐突に着信音が鳴る。なーくんからの電話だ。
青「なーくんどした?今日行けないの?」
紫『どした、じゃないよ。もう時間過ぎてるよ』
青「えっ嘘?!」
時間を見るが、予定の時間の二時間前。遅れるなんてことはないはず。
青「会うのって13時からデスヨネ···?」
紫「だと思ったよ〜···11時からです。間違えないでね」
青「すみません······ジェルくん、ごめん。家出る時間間違えてた。早く行こう?」
橙「そうなん?準備してくるわ」
なーくんにひたすら謝りながら身支度を済ませる。この時期、急に寒くなるわ、暖かくなるわで服選びが難しい。しかし、ジェルくんはそんなことないのか、お気に入りの服を既に着終えたようだった。
青「遅れてごめん!!」
スライディング土下座をする勢いで、もう来ていた四人に頭を下げた。
赤「もー、お腹ペコペコなんだけど?」
青「あれ?今日ご飯食べてからだっけ?」
桃「ころんが店案内するって言ったんだぞ。まさかお前」
冷や汗をかく。ショッピングモールに来たからてっきりここで買い物をするものだと思っていた。
青「ごめん、食べてきちゃった〜···ジェルくんはまだ食べてないけどね」
紫「···そう?それならここ大きいし、お店は一旦諦めて食べ歩きでもしようよ」
黄「あ!それいい。僕気になってるお店見つけちゃって···」
丁度都合のいいことを言ってくれた。きっとなーくんだからボクがオススメしているお店の存在すら忘れていることをわかってる。
ほら、やっぱり大した事ないことは忘れる。
赤「あーお腹すいた!るぅちゃん、気になってるお店ってどこ?」
黄「ほら、あそこに見えるキッチンカーですよ。いろんな色のアイスが売ってる」
紫「味が豊富なんだねぇ。行ってみる?」
桃「さっさと行こうぜ。なんでもいいから腹入れてえわ」
アイス、かあ···。
青「ボクはいいよ、他の店探してくる。ジェルくんもそうでしょ?」
橙「···ん、そやな」
4人にじゃあね、と言おうとするとなーくんに呼び止められた。
紫「待って、俺も行くよ。···いいよね?」
気まずそうに聞くから、全然いいよ!と笑顔で返した。気後れしたらしく、こちらを向くことはなかった。
青「ジェルくんはなにか食べたいものある?ほら、ここのカフェとか良さそうだけど」
橙「ん〜、俺はなんでもええけど」
青「なーくんは?」
紫「······ここ、温かいものばっかみたいだけど···今日割と暖かいのに大丈夫?」
そういえば、最近はちゃんと春らしく暖かくなったんだっけ。確かにいらないかもしれないけれど、どこか胸の突っかかりが取れない。
紫「···いいや、なんでもないや。ここにしよっか」
すぐ近くにあったので、歩きながら談笑しているとあっという間だった。店に入ると案外空いていて、暖色でまとめられた店内の奥へ進み、席に座った。
なーくんはメニュー表を取り、鼻歌を歌いながら料理を選んでいた。ジェルくんがそれを覗き込むから、ボクが少しこちら側に寄せた。見たいなら見たいって言えばいいのに。
紫「俺、このメニューにするよ。ころちゃんは?」
青「ボクは···これにしよっかなあ。ジェルくんはこれにするの?」
あまりに目を輝かせているから、ジェルくんが選ぶ料理は一目瞭然だった。照れ隠しをするように手で口を覆った。
橙「うん、これにする」
店員さんを呼び、料理を頼む。10分ほど経つと料理が次々と運ばれてきた。なーくん、ボクの前に料理が置かれ、最後はジェルくん。
「···こちらの料理はどちら様のものですか?」
青「え?ジェルくんです。えぇと、ボクの隣の」
不思議な店員さんだな。3人いて2人に渡したら、3つの料理を頼んだとき最後の料理は残った人に渡すだろうに。確認のためなら仕方ないのかなあ。
紫「えーっと、ここに置いておいてください」
「わかりました」
なーくんがそう言うと、ジェルくんの手前に料理が置かれた。なーくんはいつもより早く食べ進め、ジェルくんはやっぱり食べない。
青「ジェルくん、体調悪かった?言ってもいいんだよ」
橙「ん?いいやそんなんじゃないねん!!」
動揺したジェルくんは弁解したあとすぐに料理の方に目を向けた。そのうちなーくんは食べ終わってしまい、ボクもあと少しというところ。いい加減食べてほしいけど、何故か強く言うことをためらわれた。
青「ごめん、ボクトイレ行ってくるわ」
そうしてボクがトイレを済ませておくと、ジェルくんの目の前に置かれていたのは料理の残っていない皿だけだった。
青「あれ、食べたの?」
橙「うん。美味かったで〜」
青「この短時間で?さすが大食いだなぁ···」
橙「大食いちゃうよ、これコーンスープやで??」
紫「食べ終わったし会計行こうか。それとももう少し休む?」
ジェルくんはどうする?と聞こうとしたのがわかったのか、「俺は休まんでも大丈夫やで」と言った。
青「ボクも休まなくてもいいかな〜」
紫「······う、ん。わかった行こう」
店を出ると、ちょうどアイスを食べ終えたであろう3人と遭遇した。
黄「あ、ふた······なーくんたち、この店に入ってたんですね」
赤「オレたち今から服屋さん行くんだけどどうー?」
どうしよっか?と聞きたそうな目つきでなーくんがこちらを見るから、「よーし行くぞー」と気だるげに返事をした。
ちらりと横を見ると、楽しそうな顔をしてジェルくんがさとみくんの後ろを追っていた。彼氏置いて先行くなよ。でも、来てよかったな。
桃「だー、もう!俺はお前らの専属荷物持ちじゃねぇんだぞ!?」
紫「ずいぶんたくさん買ったね」
赤「やっぱ直感って大事だからね〜」
るぅとくんと莉犬くんは死ぬほど服を買って、ボクとジェルくんは少しずつ、なーくんは何も買わないしさとみくんは買いたそうにしていたらいつの間にか荷物持ちに変わっていた。
衣替えの季節だからたくさん買ってしまうのは仕方ないけど、なんだよこのTシャツ。『砂漠になりたい』意味わかんねえって。
橙「ころちゃん、今度出かけるときこれ着てな」
青「ボクに選んでくれたやつ?絶対着る!」
ジェルくんが選んだ服はいかにもジェルくんが好きそうな服だったし、きっとジェルくんが着たほうが似合うものだった。けれど、僕にも似合うような服で、好みが折り混ざったチョイスがとても嬉しい。
桃「あーもう、俺を労れ俺を。持ってやってんだぞ俺買ってねえのに」
赤「ありがと〜さとちゃ〜ん」
黄「家まで頑張ってください」
桃「こいつら人間じゃねえわ····」
ガクリと項垂れ、「少しぐらい自分たちで持て」と袋を差し出す。悪ふざけをしていた二人はケラケラと笑いながらそれを受け取った。
紫「あ!俺次の企画の道具買い足さなきゃいけないんだった。ちょっと付き合ってくれない?」
なーくんを先頭に100均へ向かう。行き着くまでの香ばしい匂いやアンティークな家具の数々に吸い込まれそうになりながらも、ボクたちは無事到達することができたのだった。
青「買うのって何?」
紫「今度全員で撮る実写企画でガムテープとか必要だからさ、今日出かけるならスタッフさんに頼むより俺が買ったほうが早いかなって」
桃「は、実写、全員で撮るのか?」
青「···え、なにそんな驚いてるの」
桃「いや、最近撮ってなかっただろ」
確かに忙しさに飲まれて気にしてなかったけど、実写企画を撮る回数はかなり減った。しかも、全員で撮ったのはもう1年も前で、それ以降はずっとコラボでの実写だった。
青「····まあ全員は久しぶりか」
赤「全員で撮るんだ〜!何やるの?」
紫「それはね······」
企画で使うであろう小道具を探しながらなーくんと莉犬くんは奥へ消えていった。残ったボクたちは別に買うものもないので、うろうろ歩き回って商品を見る。
目ぼしい商品もなく、店内を回るのに飽きた頃2人は帰ってきた。次はどこに行こう、そう聞いても、ショッピングモールを回っても行きたいところは見つからず、そのうち予定がある時間になったので解散となった。
家に帰ると、窓の外は夕色に染まっていて、わりと長い間遊んでいたことを知った。
日が傾けばまだ肌寒い日もある。今日はそんな日で、どこか不安も覚える。
なぜかわからないけど寒いのがとても嫌で、暖かい場所が大好きで。
少し寒ければ暖房をつけるようになって、
少し指先が冷えればホットコーヒーを淹れて、
少しでも寒ければ、防寒着は欠かさず着るようになった。
前はこんなんじゃなかったはず。別に寒いのは嫌じゃなかった。むしろ、冷えた手を温め合うのが好きって言ってくれたから、ボクは嫌いなんかじゃない、はずで。
橙「ころん、また暖房?もう4月やで」
青「···ごめん、嫌なら切ってもいいんだけど」
橙「んーん、全然大丈夫」
ボクたちが温め合わなくなったのは、いつからなのだろうか。
―数週間後
珍しいことではあるが、また6人全員で予定のない日ができたため、今日は遠出をする計画を立てていた。
今回はさすがに時間は間違えない。9時に集合。絶対合ってる。だって昨日確認したし。
青「ジェルくん行くよ」
最近、ジェルくんの様子がおかしい。―いいや、最近ではない。ずっと前からだ。
ジェルくんはボクの前でご飯を食べなくなった。
今日も、昨日も一昨日も、その前も。朝ごはんを用意しても食べないし、誰かと外食に行けばボクがいない間に食べ切っていた。
隠し事は嫌いだから話してほしいし、出来ることなら何があったのか聞きたいのだけど、何故かボクにはそれが出来なかった。聞こうとしても言葉がつっかえて、てんでだめだった。
紫「おはようころちゃん、今回は遅刻しなかったか」
青「いつも遅刻してるみたいな言い方やめてよ!前回はマジミスったって」
赤「オレころちゃんが遅刻するに賭けちゃったからなーくんになにか奢らなきゃな〜」
青「何やってんだよ」
莉犬くんは通常運転だとしてなーくんまで···と思ったけど、なーくんは遅刻しないことに賭けたと考えると嬉しいかも。
青「てか、るぅとくんとさとみくんは?あと2分だし、次到着する電車9時10分だよ、遅刻確定じゃん」
紫「起きてるのは確認したから、気長に待っててよ。この前の分ね」
痛いところを突かれたけど、それジェルくんにも言ってるんだよ。やめてね。
事は予定通りに進み、残すところも帰るだけ。来たときはあんなに暖かかったし明るかったのに、今は涼しくて辺りは街灯や建物の明かりだけで暖かさを保っている。
青「···で、またさとみくんは荷物持ち係?」
桃「今回はお前らも持たせてきただろ。許さねえからな」
青「ボクはちゃんとジェルくんの分持ってますから!!ねージェルくん?ボク、彼氏だから」
橙「んふ、ありがとうころちゃん」
にへっと笑った顔に胸を打たれて、顔が赤くなっていくのを感じた。思わず目をそらし莉犬くんやなーくんの方を見る。
桃「ころんや莉犬のことは信用してなかったけど、まさかなーくんまで裏切るとはな」
紫「いいじゃんたまにはさぁ」
滅多にしないいたずらっ子のような笑みを浮かべながら、なーくんはこちらを見る。
赤「あ待って!」
「え?」と言ったときにはもう遅く、目の前の柱に思い切りぶつかったなーくんは頬に手を当てて痛がっていた。
橙「なーくん大丈夫?!」
紫「あーいたたたた···」
赤「もー、ちゃんと前見てよ?」
笑いながら痛がってるから、辛いのか辛くないのかわからない。ま、大丈夫ってことでしょ。
ボクとジェルくんの降りる駅は一番近く、それぞれが乗り換えをする駅なので人に飲み込まれながらも電車から降りた。
紫「次の電車まで結構時間あるなあ···」
青「あ、ボクトイレ行ってくる」
桃「俺も行くわ、置いてくなよ」
黄「わかってますって」
ニヤニヤ笑いながらるぅとくんはボクとさとみくんを送り出した。腹立つ。話してる3人を横目にお手洗いへと向かった。ジェルくんはにこにこと笑うだけで、あまり話してなかった。
そして、戻ってきた時にはジェルくんの姿はなかった。
青「―え、ジェルくんは?そこいたよね?」
紫「あー、えっと···先、帰っちゃったんだよね。配信あるの忘れてたって言って」
青「いや···そんなわけない、ジェルくんが一人で帰るわけ······ない、よ」
―なんで?なんでボクは、一人で帰るわけないって思った?おかしい話じゃない。別々で帰ることはあったし、配信があるなら尚更、一人で帰ったって。
なら何故ボクはそう思えてしまったんだ?
青「ぼく、ジェルくんと約束した。絶対一緒に帰ろうって。絶対、絶対。」
―いつ、約束した?
そんなこと約束した覚えはない。絶対と言い切るくらいなら確実に覚えてるはずなのに。
思い出そうとしても吐き気が胃の中に充満し、そちらに気を取られては思い出す作業を遮られた。
憶えてないはずはないんだよ。
だって、あれは、
青「雪、が、降ってる」
黄「ころ···ちゃん?」
意味のない涙が零れ落ちる。
桃「何、言ってんだよ、雪なんて降ってねえしそもそも降る季節じゃ···」
青「雪崩だよ、雪崩に遭ったとき、ジェルくん、ボクに言ったんだ、一緒に帰ろうって」
雪崩、ジェルくん、約束―無意味な言葉が星座のように点と線が交わって、何かが浮かび上がった。
―ろ、ちゃん、ころちゃん、絶対大丈夫。
桃「っころん!!やめろ、おい!!!」
さとみくんに勢いよく胸ぐらを掴まれた。「やめろ」だの「思い出すな」だのなんだの、あちこちからそういう言葉が飛び交う。
悪いけど、思い出してしまった。
どうして忘れていたのだろうか。
ジェルくんなんて、もういないって。
―一年前
その日は近年稀に見る大雪で、都内は珍しく積雪し、更には災害まで発生する事態となった。
そこまで酷くなるとは思っておらず、コンビニに出かけたボクとジェルくんは立ち往生し、一歩も外に出ることができない状況へ立たされた。
青「雪降るのも嬉しいけどさー、こうもなると迷惑だわ〜」
橙「そやなあ。子どものときは降れば降るだけ嬉しかったけど、帰れないのはさすがに嫌やわ」
同時にため息をつき、道が開くのを待つ。なんとか歩く道が出来、帰路に着いた。
橙「な、明日ぁ雪だるま作らん?」
青「えー、こんな寒いのに外出るの?」
まあジェルくんとならいいか。そう思って首を縦に振る。その時だった。
上から雪が降り注ぎ、運悪く下に居たボクたちは巻き込まれてしまった。後に聞いた話だが、木の上やら屋根やらそこらにあった雪が運悪くすべてボクたちのいる場所に降ってしまったらしい。
そうしてボクとジェルくんは、雪の中で助けを待つことを強いられた。
ボクを庇ったジェルくんは、雪と一緒に落ちてきた枝や瓦に当たったせいで頭部に重傷を負い、息は絶え絶えだがボクの上で確かに生きていた。
ぽたぽたと、血がボクの頬に落ちる。
ジェルくんは一滴も涙を流さなかった。
青「ジェルく、ん、大丈夫?大丈夫なわけ、ないよね。えっと、心配しないで、絶対すぐ助け来るよ、だから、その」
橙「大丈夫、おれは大丈夫だよころちゃん」
痛いのはジェルくんなのに、誰より怯え、泣きたいのはジェルくんなはずなのに、涙なんか流さずじっとボクを見つめて大丈夫をボクに言い聞かせた。
橙「運悪かったなー笑 まさか、上から降ってくるとは思わんかったわ」
青「········言ってる場合じゃない、早く出なきゃ」
橙「······そお?」
こんな状況なのにジェルくんは笑顔を絶やさない。全部見通してるような目で笑いかけたんだ。
橙「ころちゃん、ころちゃん。絶対大丈夫。···約束やで、絶対一緒に帰ろうな。一人で帰ったら許さんで」
青「···当たり前でしょ。そっちも一人で行かないでね」
橙「ふは、彼女舐めんな」
約束を交わすと、それが目的だったようにジェルくんはさらに息が荒くなった。血に混じり汗までぽたりと流れ落ちた。
橙「―っ、はー、ぅ゙···」
青「ジェルくん···?」
うめき声を上げるとボクに思い切り覆いかぶさり、それ以降起きることはなかった。
それからどれくらい経ったかわからないけど、無事ボクとジェルくんは救助され、九死に一生を得た。しかし、ジェルくんはそうもいかなかった。
元々重傷を負っていた上に、長時間にわたり雪の上に埋もれていたため、数週間生死をさまよい続けた。
命は繋ぎ止めたものの、ジェルくんはいわゆる植物状態となった。たまに目を開けることはあってもそれは起きているのではなく生理的なもの。目を覚ますことは二度となかった。
青「バカ、だ、ボク」
震える手で、さとみくんの両手を振り払おうとした。弱々しくてびくともしない。
青「ねぇなーくん」
紫「···········」
青「今日···いや、その前もだ。全部、ジェルくんなんていなかったんでしょ?ボクは、ここにはいないジェルくんとずっと話してた」
運命から逃げたくて、居るものだと思ってずっとそこに”存在させた”。
ジェルくんは変わらず笑っている、ボクの思い通りに生きているんだ、と思い込んで。
そして、そんなボクを見かねたなーくんたちは、一芝居打ったんだろう。本当にジェルくんがそこにいるかのように振る舞い、ボクが真実に気づかないようにしていた。
青「ジェルくんは、どこにいるの」
紫「それ、は···」
たくさん待たせてしまった。
ボクが現実逃避をしたばっかりに、今までお見舞いにもいかずに、ずっと。
会いに行かなきゃ。
紫「···会社に近い大きな病院だよ。俺が見に行きやすいようにね。···ころちゃんの代わりに、ほぼ毎日行ってたからさ」
青「そっか。ありがとう」
桃「おいころん、どこに行く気―」
青「病院に決まってるでしょ!!ボクがどれだけジェルくんを待たせたと思ってるの?!」
さとみくんの静止を振り払って、改札へと向かう。
桃「っ待て!!」
青「何?!?!」
桃「···今日はもう遅え、明日、みんなで行くぞ」
見たことないような、苦しそうな顔で言うから、ボクはそれに従う他なかった。
―翌日。
毎日起きた時に倦怠感に襲われていたが、なぜか今日はそれがなかった。肩の重荷を下ろせたのか、単にずっと体調が悪かったのか。知る由もない。
いつの間にかルーティーンも欠かせなくなり、ホットココアを淹れて、フレンチトーストを焼いて。二人分の朝食を一人で食べた。
家はまさにジェルくんがいなくなってからそのままで、昨日彼がそこにいたかのような雰囲気を漂わせた。二人分の洗濯物や洗い物や何もかもが、今までのボクの異常性を物語っていた。
支度をある程度終えると、なーくんから連絡が来る。お見舞いの準備はできていると。
青「なーくんには、悪いことしたな」
今までボクの代わりにジェルくんの面倒を見てくれていたんだ。たくさん感謝を伝えなければいけない。
病院に着くと、もうすでに四人揃っていた。ボクが最後だったらしい。
紫「じゃあ、病室行こうか」
言葉を交わすことはなく、黙って彼の病室へと向かった。空気はひどく澄んでいて、どこからか、懐かしい匂いがした。
病室に入れば、そこには確かにジェルくんがいた。手を取れば温かかったし、息をしていた。生きていた。涙は、出てこなかった。
豹変ぶりといえば、それはそうで。ひどく痩せこけていた。それでもジェルくんは美しかった。
青「···もういいよ、帰ろう」
黄「え、帰っちゃうんですか」
青「ジェルくんのことを一年待たせた人間を、もう彼氏なんて呼んでくれないよ。ただの仲間が、久しぶりに顔見に来ただけ」
強く握っていたジェルくんの手を、そっと置いた。手を離した。離そうと思った。
微かに、その手は握り返されたのだ。
青「っは···?」
次第にその力は強くなる。それでも弱々しいものではあったが。ボクはやさしくそれを握り返した。
涙が出てしまいそうになるのを必死に抑えて、彼の名前を呼んだ。君はこちらを見て、そっと微笑んでいた。
橙「············」
誰も言葉を発することはできなかった。ジェルくんは目をゆっくり動かして、ボクたちの顔をまじまじと見て、またうっすらと笑った。
お医者さんに聞けば、奇跡の復活だ、と。植物状態から回復する人間はほぼいない。いても半年以内じゃなきゃ厳しいものだと。だから、ジェルくんが起きることは到底叶わない夢だった。
起きて1週間は動くことはおろか、声を出すこともできなかったが、ボクらの質問に頷いたり、手を握り返したりと、ジェルくんなりの生き方があった。
一ヶ月経つと、声はちゃんと出るようになり、リハビリも始められるようになった。しばらくは車椅子が必須になるだろうけど、ジェルくんの回復が著しいものであればいつか、同じ舞台に立つことも夢ではない。
橙「ころちゃん、誰にも言ってない秘密、言ってあげようか?」
青「え、なにそれ」
橙「俺なあ、本当はずーっと前から起きてたんよ」
青「···え」
リハビリを終えた手をぎゅっと握って、続けた。
橙「ほんまに、たまにな。起きても何も見えんし、起きてたかもわからんし。ただ、そこになーくんがおったのはわかってた」
青「············」
橙「結構、寂しかったんやで。ころちゃんがおらんかったの」
声が枯れるくらい謝った。ジェルくんはいいよって言ってくれたけどボクは自分で自分のことを許せないし、もちろんジェルくんだって心の底からボクを許せるはずも当然なかった。
青「···ごめ―」
橙「でも」
なんともないみたいに微笑んで、
橙「やっと一緒に帰れるな」
健気にそう言うから、
青「···そうだね」
ボクはそう返すのが、精一杯の愛だった。
お久しぶりです
気が向いたので過去作を載せました
春のお話です
書き終わったあとに赤の三作目の長編に似ていると気づき猛反省しましたが、この物語も好きなのでこちらにも載せた次第です
前に書いた通り、pixivの方が活動が盛んですし新規小説なども全てそちらに最初に投稿いたしますので、私の小説はpixivで読むことをお勧めします。イラストもありますからね
近いうちに上げるかもしれませんし、また数ヶ月置くかもしれませんが、忘れ去られた頃にまた投稿します
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