「さっきの話の続きだけど、クレハは魔法が使えないのか?」
改めてルーイ様が確認をしてきた。どうしてそんなに意外そうな顔をしているのだろう。
「はい。そもそも魔法使いはうちの国……『コスタビューテ』全体でも数えるほどしかいないのですよ。むしろ使えない方が当たり前といいますか……」
「あー……そうか。素質があっても気づかなかったり、使えない奴もいるわな。しゃーないか」
「素質?」
「クレハ。結論から言うけど、お前は魔法使えると思うぞ」
「えっ!?」
一体何を根拠に言っているのだろう。呆気に取られていると、ルーイ様が座っていた椅子から立ち上がった。
「よし! それじゃあ、ルーイ先生がちょっくらこの世界の魔法について教えてあげよう」
彼はその場でくるっとターンしながら指を鳴らした。すると、どこからともなく黒板が出てくる。ルーイ様の着ていた衣装まで変わって、更にメガネなんてしていた……
「まずは形からってな。先生っぽいだろ。似合うでしょ、カッコいいでしょ? 惚れちゃダメよ」
ルーイ様……ノリノリだなぁ。黒板には『ちびっ子にも分かる魔法』と書かれている。ちびっ子かぁ……まぁ、そうなんですけどね。
「それでは、出席番号3番クレハさん。あなたの知っている魔法とはどのようなモノですか?」
「シュッ……シュッセキ?」
いきなりよく分からない単語が出てくる。しかし、問われている内容は理解できたので答えた。
「えーと……私は魔法使いを一度しか見た事ないのですが、その方は何も無い所から炎を出してタバコに火をつけていました。あと、人伝に聞いた話になりますが、同じように水を出して花に水やりをしていたそうです」
「そうだな。この国の人間が魔法と定義している力は水、火、風、雷などの自然界に存在する物質や現象を自在に操ったり、発生させる事ができる能力の事だ」
ルーイ様は黒板に板書しながら説明を続ける。
「使用できる人間はごく僅か……力の強さも個人差が大きい上、そこまで万能ってわけでもない。人間が使える魔法なんざ庭の水やりか、焚き火の火種が精々だな」
「はぇー……そうなんですね」
武器として使えたらいいな……なんて思っていたけれど、これはなかなか厳しそうだ。
「この魔法を発動させるための原動力を魔力と言います。一般的にこの魔力が強くて多いほど長時間魔法が使えるし、より強力な魔法も使えます。けれど本来、この魔力は普通の人間は持っておりません。それではなぜ、魔法使いは魔法を使う事ができるのでしょう?」
ルーイ様が黒板に絵を描き始めた……けれど、何の絵かさっぱり分かりません。魚? 犬かな……いや、あれは鳥っぽい……何なんだろ。ルーイ様が描いた絵の正体が分からないまま更に話は続く。
「クレハの住むこの世界……そして生息する生き物たちの大元は神様が創りました」
「……なんか、急に壮大な話になりましたね。神様ってルーイ様ですか?」
「いんや、俺よりもっと上の人。俺はお上って呼んでる」
「神様にも序列制度あるんですね……勉強になります」
「お上が最初に創った生物は3匹。こいつらには神の力の一部、この世界で言うところの魔力が与えられ、それぞれの立場で世界を見守る役割が課せられた。名前は――」
ルーイ様は先ほど黒板に描いていた絵の隣に、3つの名前を書いていく。
大地の『コンティレクト』
海の『メーアレクト』
天空の『シエルレクト』
「……と呼ばれる3匹だ。海のメーアレクトはクレハも知ってるんじゃないか?」
「知ってるも何も……メーアレクト様はコスタビューテの守り神です!! 王宮の大神殿に祀られていて、この国に住んでて知らない人はいません!」
コンティレクト様、シエルレクト様も絵本や昔話でよく登場する有名な神様だ。黒板に描かれていた絵は、この神様たちだったのか。ルーイ様はあまり絵が得意ではないようだ。
「正確には神ではないんだけど、まぁ……特別な存在ではあるな。それで、本題の人間がどうやって魔力を手に入れたかって話なんだが……実は、この3匹から魔力を分け与えられた人間が少数存在するんだ。本来なら神に近しい者たちしか持ち得ない力……それを手に入れた人間が魔法使いと呼ばれている」
「魔力を分け与える……それはどうやって?」
「それについては数種類パターンがあってね。一気に説明するのはめんど……いや、大変だから……」
ルーイ様めんどくさいって言おうとした。でも、私も難しいお話は苦手だし、掻い摘んで教えて頂いた方が良いかもしれない。
「例えば、クレハにも馴染みのあるメーアレクトの場合。コイツは特に他の2匹と比べてイレギュラーでな。大昔、人間相手に懸想しちまって、そいつとの間に子供こさえちまったんだよ」
「ふぁ!?」
全く予想していなかった展開に変な声を出してしまった。
「その生まれた子供は見た目は人間と変わらなかったんだけど、メーアレクトの力を引き継いで、生まれ付き強い魔力を持っていたんだ。以降、その子供の子供や孫に渡って力は遺伝していき、魔法使いファミリーが出来上がっちゃったんだなぁ」
「ファミリーって……。でも、なるほど……魔法使いが少ない理由が分かりました。特殊な家系の遺伝によって得られた力なら、訓練して身につくような物ではないのですね」
「メーアレクトから派生したものに関してはそうだな。他の2匹はまた違うけどね」
あれ? でもさっきルーイ様は私に魔法が使えるって言ってなかったっけ……
「さて、そのファミリーが出来るきっかけになった人間……異なった種族でありながらもメーアレクトが一途に愛し、子を儲けるまでに至った人間の名前は……リオネル・ディセンシア」
えっ……待って。嘘……『ディセンシア』って……
「これが、クレハは魔法を使えるんじゃないかって言った理由だ。お前のばあちゃんの旧姓は?」
「アルティナ……アルティナ・ディセンシア」
「現在、この大国コスタビューテを統治する王家『ディセンシア家』……先祖が海の守り神と交わった事で、その身に神の力を継承することになった一族だ」
私の祖母アルティナは先代国王の妹にあたる。お爺様と結婚して、ジェムラート家に嫁ぐ前はれっきとしたお姫様だったのだ。つまり――
「お婆様は魔法使いの血族であるディセンシア家の直系であり、その孫に当たる私にもその素質があると、ルーイ様はおっしゃるのですね?」
「そういうこと」
「待って下さい……。ウチの庭師のジェフェリーさんも魔法が使えるらしいのです。でもそれだと、ジェフェリーさんは王家に所縁のある方ということに……」
「いや、多分違うと思うぞ」
すぐさまルーイ様が否定する。
「さっきも言ったが、魔力を得る方法は複数あるんだ。メーアみたいに遺伝によって子孫に継承させたのは例外中の例外だ。実際にその庭師を見たわけじゃないけど……ちなみにそいつの瞳の色は何色だったか分かるか?」
「ええと……確かジェフェリーさんの目は……黒、黒でした!」
「だったらやはり王家とは無関係だ」
「どうして分かるのですか?」
「先天的に得た魔力の有無は瞳の色に現れるんだよ。俺もそうだが、メーアを含めた3匹の瞳の色は紫色だ」
ルーイ様の瞳をまじまじと見つめてみる。初めて会った時も、アメジストみたいで綺麗だなと思った事を思い出した。
「よって、メーアの血筋で魔力を持ってる人間の瞳は紫色……もしくは、それに近い同系統の青色になるんだ。そして力が強いほど紫色に近くなる。人間で紫になってる奴なんて見たことないから、ほぼ青と言っていい」
「な、なるほど……」
「この世界の人間の瞳は黒や赤茶系ばかりだから分かりやすいだろ?」
「じゃあ、ジェフェリーさんはどうやって魔法を使っているのでしょうか……?」
「そうだなぁ、実際に使ってる所を見れば分かるんだけど……とりあえずそれは置いといて……クレハ!」
「は、はい!」
ルーイ様は黒板から離れて私の近くまで来ると、その長い指で私の顎を掬い取り上を向かせた。そして、顔を覗き込みながら告げる。
「クレハの瞳は見事に青色だ。俺にはお前の中にある魔力を感じ取る事ができる。だが、せっかくの力も使えなければ意味が無い」
そうだ……素質があっても実際に使えないのなら無いのと同じだ。私はルーイ様から目を逸らして俯いた。
「よし! 出血大サービスだ、感謝しろよ。ルーイ先生による特別授業。お前に魔法の使い方を教えてやる!」
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!