「それじゃ、準備があるから授業は後日な。アップルパイよろしくー!!」
すっかり先生気分になっているルーイ様は、鼻歌を歌いながら帰って行った。
ルーイ様のおかげで魔法について色々知る事ができて良かった。ディセンシア家とメーアレクト様の関係には驚いたけれど、私にも魔法が使える可能性があると分かったのは嬉しい。魔法の練習ってどんな感じかな。私にはどんな魔法が使えるのだろう。なんか楽しみになってきた。
「よーし! 頑張るぞーー!!」
私はルーイ様から貰ったリンゴを抱えて、厨房まで小走りで向かった。
そして次の日……そわそわと落ち着かない気分を持て余し、部屋の中を意味も無く行ったり来たりしながらルーイ様を待った。オーバンさん特製のアップルパイも準備できている。服装だっていつものひらひらしたドレスではなく、ランニング時にも着ている動きやすいズボンスタイルだ。
「うん、完璧! どこからでもかかってこい!!」
「……お前は何と戦ってんだよ」
背後から若い男性の声がする。もう驚きませんよ。あの方の神出鬼没ぶりには慣れました。
「ルーイ様、こんにちは!」
「気合い入ってんなぁ……クレハ」
「もちろんです! 神様から直々に魔法を教えて頂ける機会なんて、そうある事ではないですもの。一生懸命がんばります!!」
「おっ、いいねぇ! じゃあ、早速始めようか。ただ、ここだとちょっと場所が悪いから移動するぞ。アップルパイ持って行くの忘れんなよ!」
しっかりとアップルパイの事を覚えているルーイ様に少し笑ってしまった。私は手早く用意してあったアップルパイを包み、それをバスケットに入れるとルーイ様のもとへ駆け寄った。
「おし、しっかり掴まってろよ」
ルーイ様は私の体を引き寄せると、自身の服の裾を握らせる。
「えっと……どこへ行くのですか?」
「着いてからのお楽しみってな!」
ルーイ様が指を鳴らす。もう幾度も目にした彼が魔法を使う時のお決まりの動作だ。室内に乾いた音が響き渡り、辺りが真っ白になった。私はルーイ様の服の裾を強く握り直して、目を閉じる。
「クレハ、着いたぞ。見てみろ」
「あっという間ですね……」
もう目的地に着いたようだ。ゆっくりと目を開き、周りを見渡す。
「ここは……」
目の前に広がるコバルトブルーの海。キメの細かいふわふわした白い砂浜……私たち以外に人影は無く、海鳥の鳴き声だけが遠くから聞こえてくる。
「綺麗……」
コスタビューテは海に面した国なので海自体は見慣れているはずなのだが、それでも思わず感嘆の言葉が出てしまうほどに美しい景色だった。
「ここはオルセア島。王都から船で1時間程度の場所にある無人島だ。ここなら人目につかないし、魔法を使って周りに被害が出る事も無い。見晴らしも良いし最高だろ?」
海岸のこの距離からでも、泳いでいる魚の姿がはっきりと見えるほど透明度の高い海。魔法の練習より水遊びをしたい気持ちが強くなってきてしまう。しばらく無言でこの美しい海に釘付けになり――
「クレハー……もう始めていいかなぁー」
目的を忘れるなとばかりに、ルーイ様に声をかけられた。
「は、はいっ!!」
「遊ぶのは後からでもできるから……今は俺の授業に集中してくれな」
そうだ、ちゃんとしないと! ルーイ様の気が変わったら困りますしね。
「昨日はこれを調達しに『ローシュ』のコンティレクトに会いに行ってたんだよ」
ちょっとその辺散歩して来るみたいなノリで簡単に言ってますけど、ローシュってうちの国から日帰りできるような場所じゃありませんよね。さすがルーイ様。
ルーイ様は懐から直径3センチくらいの小さな丸い石を2つ取り出した。1つは水晶のように透き通った透明な石。もう1つは燃えるような濃い赤色をしている。
「これは『コンティドロップス』って言ってな。魔力を吸収して貯める事のできる変わった性質を持った石なんだ。と言っても自然界で採掘できるものと違って、コンティレクトの皮膚が硬質化したものだから石っていうよりは体の一部だけどな」
サラッととんでもないこと言った気がするけど……とりあえず今は聞き流そう。
「赤色の方にはコンティの魔力が詰まった状態だ。クレハ、昨日人間が魔力を得る方法は複数あるって言ったの覚えてるだろ?」
「は、はい……」
「この石がその方法のひとつだ。これを体内に取り入れる事で、石に貯められたコンティの魔力を一時的に自分の物にできるんだ。体に多少負担はかかるが、この方法が一番簡単だし、コツさえ掴めば強い魔法も使える」
「取り入れるって……つまり……」
「食べる」
やっぱり……石の名前からして嫌な予感はしてましたよ。
「ルーイ様……コンティレクト様の体の一部なんて、恐れ多くて口にできませんよ」
「そうかぁ? あいつの表皮定期的に入れ替わるし、土産さえ持って行けば割と簡単に譲ってくれるぞ」
それはルーイ様だからでしょう。普通の人間がこの石を手に入れるのは相当難しいだろう。コンティレクト様もローシュで神として崇められている尊い存在だ。石は厳重に国が管理している物に違いない。
「クレハは既に魔力を持ってるから必要無いよ。これは見せる為に持って来ただけ。今回使うのはこっちの透明な方ね」
ルーイ様は赤い石を懐にしまうと、透明な石を私の目の前に差し出した。
「これは俺がコンティの魔力を抜き取って空っぽの状態にしたもんだ。食べなくていいから手に持ってゆっくり握ってみな」
私の手のひらに透明な石が乗せられた。綺麗だけど、見た目はただの石ころにしか見えない。
「今のクレハは自分の中に宿る魔力を認識できてない状態だ。力が眠っていると言った方が分かりやすいかな。だからまずは、この石を使ってそれを無理やり引き出し……叩き起こす」
石を握った手が段々と熱を持って温かくなる。何だろう……これ……体の奥がムズムズする変な感じだ。手のひらの熱が次第に全体に広がっていき、頭がぼーっとしてきた。掻きむしりたくなるような体のうずき……まるで貧血を起こしたみたいに目の前が霞んでいく。意識が飛びそうになった瞬間――――
「ストップ!」
ルーイ様が叫んだ。その声に、朦朧としていた意識が引き戻される。
「はぁ……はぁ……」
私は胸に手を添え、乱れた呼吸を整える。額にはうっすらと汗が滲んでいた。
「大丈夫か? クレハ」
「はい……なんとか。でも、まだ体に熱が篭っていて熱いです。何だったのですか? 今のは……」
「よし、成功だな。心配するな、さっきのは石がお前の魔力を吸収したんだよ。体の熱さは体内に魔力が巡ってる証拠だ。じきに収まる。その感覚を忘れんなよ、上手く制御できるようになれば熱も篭らなくなるから。ほら、手の中の石を見てみな」
強く握りしめていた指を開くと、透明だった石に色が付いて白くなっていた。それは、今の私と同様に熱を持って温かく、まるで自分の体の一部になったかのような不思議な感覚がした。
「それがクレハの中に眠っていた力だよ。今回はコンティドロップスを使って無理やり引っ張り出したけど、いずれは自分の意思で自由に扱えるようにならないといけない。さてと……」
ルーイ様は私の手の中から石を取り出す。そして、それを太陽の光にかざしながら観察しだした。
「白かぁ……青か黄色を予想してたからちょっと意外だな……」
「何をしているのですか?」
「石の色の変化で、ある程度得意とする魔法の系統が分かるんだよ。こっちにおいで、クレハ」
手招きをしている彼の側に歩み寄った。
「コンティドロップスが白色になってるだろ? クレハの魔法系統は『風』だ」
「……風ですか」
「あれ? なんか反応薄いね」
「火とか雷とか……いざという時に身を守る手段になりそうな魔法を期待していたものですから……」
なんせ命を狙われる予定がありますので。そうならないようにできれば一番なんですけども……
「あくまで扱いやすいって意味で風だけしか操れないって事ではないんだけどね。こればっかりは相性があるからなぁ」
「少しだけガッカリしましたけど、よく考えたら風だって色々便利な使い方がありそうです。ルーイ様、ありがとうございます! 私頑張って風魔法を習得してみせます!!」
「良い心がけじゃん。そうだな、どんな魔法も結局は使い手次第だ。クレハは魔力自体はそこそこ強いから、できることは結構多いと思うぞ」
「そうなんですか!」
魔力の強さがそのまま魔法の強さに直結するとルーイ様は仰っていたので、これは良い情報だ。
「今日は俺が補助してやるから、クレハの力で魔法を使ってみようか。何か丁度いい大きさの……あっ、これでいいや」
ルーイ様は足元に落ちていた白い貝殻を手に取ると、そこから少し離れた所にある岩の上に置いた。
「はい、クレハもう一度これを手に持って」
再び透明なコンティドロップスを渡され、微かに身構える。またさっきのような状態になるのはキツい。
「今度は魔力が吸われてしまう寸前に、俺が石を壊すから。意識が飛ぶような事はないよ」
私の不安を察したのかルーイ様はそう言うと、私の肩を両手で掴み、岩に向かって正面になるように体の向きを変える。
「いいか、クレハ。あそこの岩の上に置いてある貝殻が見えるだろ? あれを今からお前の風魔法で宙に浮かせる。準備はいいか?」
「えっ……ちょっ、待っ……」
「石を握って」
「は、はいっ……!」
手の中の石を握り締める。そうすると、先程と同じように手のひらから熱が伝わり、体全体が熱くなっていく。熱い液体が体内に広がっていくような感覚……ルーイ様はこれが、私の中にある魔力の流れだという。
「クレハ、手を開け」
石を握っている私の右手にルーイ様が触れた。それに促されるようにゆっくりと指の力を緩める。
パチン!
彼が指を鳴らすと、手の中の石が砕け散った。
「よし、顔を上げろ。前を向いて」
ルーイ様は、私の右手を貝殻のある方向へかざす。
「右手に意識を集中させろ。魔力を一箇所に集めるんだ」
ルーイ様に言われるがまま貝殻を見つめ、右手に力を込める。体の中を縦横無尽に駆け巡っていた熱が、ほどなくして右手に集まっていく。そして――
ふわりと私の周囲に風が舞起こる。
「いいぞ……クレハ。そのまま貝殻を浮かせるイメージをしろ。もう少しだ……」
私の周りを取り巻いていた風が、貝殻のある方向へ向かっていく。そして……ブワッという音を立てて貝殻が宙へ浮かび上がった。
「や、やった……できた……? ルーイ様……私……」
「クレハー!! やったな! 初魔法おめでとう!!」
ルーイ様は私の頭を両手で掴み、髪をグシャグシャと掻き回す。
「い、痛いです……」
「ああ、ごめんごめん。それにしても一発で成功するとは思わなかった。本当によくやったな、クレハ」
「ルーイ様、ありがとうございます」
「まだ礼を言うには早いだろ。これからもっと練習して、石無しで力を自由に引き出せるようにしなきゃいけないからな」
「……はい」
「よし! とりあえず一旦休憩にするか。アップルパイ楽しみにしてたんだよなぁ」
彼はいつの間にか、私が持って来たバスケットを片手に持ち、嬉しそうに敷物を広げ休憩の体制に入っていた。
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