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「さて、これで私の想いが君には理解出来たと思う」
「…………」
ユキはノクティスの語りを、ただ黙して聴いていた。立ち竦むそれは、俄には信じ硬い事実か。口出しするのも憚れたように。
語りの為か、お互いの距離は何時の間にか離れていた。
「そしてこれまでと同様、この世界はもうすぐ宇宙の藻屑へと消え去る。君が手に入る以上、もう用は無いからね」
既に懐柔出来たものと確信したノクティスは妖しく嗤う。彼(彼女)にとってこの世界は、数多の歴史ーー平行世界の一つ。退屈しのぎに蹂躙、無に帰すだけの存在に過ぎない。
「だけど私は、君の想いも汲んであげたい。地上の欠陥品共は全処分だが、君の連れの二人の女性。君が望むなら、彼女達も連れて行って構わないよ」
「……何っ?」
ノクティスの提案に、ユキは更に戸惑い立ち竦む。だがノクティスの『この世界はもうすぐ宇宙の藻屑へと消え去る』という言葉は、恐らく事実。何故ならそれ程の力を彼(彼女)から感じられるのを、最初からユキは痛感していたからだ。
また同時に、自身が彼(彼女)の下へ行くなら、アミとミオの二人も連れて行って構わないという提案に、嘘偽りを感じなかったのもまた確か。
「そしてーー」
戸惑うユキの下へ何時の間にか移動し、その頬に手を添えながら何処か蠱惑的な声色でーー
「何時か君が到達した時、私は君の遺伝子が欲しい。それが私からの条件だ」
そうノクティスは、彼の耳許へ囁いていた。
「遺伝子? それは……どういう?」
その言葉の意味をユキは理解出来ない。否、意味は分かるのだが、ノクティスの真意が理解出来ないのだ。
「言葉通りの意味だよ。私達二人の神を超えし者が子を成したら、とても面白い事になると思わないかい? どうなるか想像も出来ないよ。簡潔に言うと私と婚姻、子作りをして欲しいという事だよ。勿論、今すぐにとは言わない」
ノクティスはその双眸を子供の様に輝かせながら、その真意を述べた。
「なっ……」
つまりは求愛の意か。嘘か真か、未だに読めぬその真意に、ユキは口出しするのも憚れた。
「ああ勿論、君の大切な彼女達とは好きなだけ子作りをして構わないよ? 君の遺伝子なら素晴らしく優秀な人材が生まれるだろう。今回の世界でかなり減少してしまった、狂座の穴埋めも兼ねてね」
有無を云わさぬノクティスのそれは、正に理とも云えた。多くの軍団や直属を失ったが、ユキが狂座入りする事は、それを補って余りある事を。
「あくまで私には、君が到達してからで構わない。優秀な雄が多くの遺伝子を遺すのは生物学的摂理だ。君の一夫多妻を私は咎めないし、寧ろ薦めよう。さあ、聞くまでもないが返答や如何に?」
そしてノクティスはその提案の全てを、未だ立ち竦むユキへと促していた。
「返答……ですか? 聞くまでもないでしょう」
ユキは自身の頬を撫でながら見詰めるノクティスを見据え、はっきりと勧誘への答を出す。
「まずは遺伝子? 馬鹿馬鹿しい。神を超えるだか何だかどうでもいいですが、私はこの血を後世に遺すつもり等、欠片もありません」
それは完全な拒否の顕れだった。ノクティスに対してではなく、誰に対してもと云う事。彼の頭に一瞬、アミの顔が浮かぶが、それさえもすぐに振り切って。
「…………」
ノクティスはユキの拒否の構えに口出しする訳でも、憤慨する訳でもなく、底の知れぬ穏やかな瞳で見詰めている。
「それに悠久の命? くだらないですね。そういうのは生きているとは言わない。限りある命を生き抜くからこそ、生きてきた何よりの証なのだから……」
ユキはノクティスの手を払いながら、その提案の全てを却下。ノクティスの思想を受け入れる事は即ち、かつて命懸けで、命の限り戦い抜いた者達の軌跡を。アザミ、シグレ、ルヅキ、彼等の想いを無下にする事になると同義だと。
「どう生きるも……どう死ぬかも、全て私自身で決める。他の誰でもない、私が自分自身の意思で選んだ道なのだから。誰にもーーアナタにも覆す事も、指図される謂れもないんですよ!」
決して折れぬ心と、何者にも覆せぬ信念ーー死生観。恐怖に依る震える手で、それでもユキは刀の鯉口を切りながら、眼前の絶対的存在と対峙する。
「それに此処で相対する事は、ある意味丁度いいです。今この場で全てを終わらせます」
ユキの双流葬舞の構え。それは完全なる交渉決裂を意味していた。
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