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俺の小さな天使だった。鈴のように笑って。
表情がコロコロ変わって。
寂しがりで甘えん坊。
所詮仕事の関係性だった。
あくまで仕事。
肩入れする気なんてなかった。
てきとうにお守りをして、大きくなって。
早く手がかからないようになってくれと
本気でそう思っていた。
あの日までは。
黒 本日よりあなたの執事兼護衛になりました。黒と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
そう話しかけた相手は小さな子供だった。
青い髪が風に吹かれて綺麗に揺らめく。
そしてにこりと笑いながらぺこりと一礼をする。
青 おねがいします。
年齢に似つかない丁寧な言葉遣いと所作。
次期国王になる男の子らしい。
きっと教え込まれたのだろう。
その笑顔は、大人の顔色を伺う作られた笑顔だった。
その小さな温かい体に視線を合わせ、手を握って誓いを立てた。
黒 この身を御身に捧げ守り抜くことを誓います。
青は少し驚いた顔をしていたが、少し目を逸らしてまた笑顔を作っていた。
何かを諦めるよう に。
青 …届かない。
諦めて違う本を読も。
書庫にこぼれたため息。
読みたい本が上の方にあるせいで届かないらしい。
黒 こちらの本でお間違いないですか?
青 えっ…?
青い瞳がこちらを見つめる。
青 どうして取ってくれたの?
黒 一生懸命に手を伸ばしておりましたので。貴方が困っていればそれを助けるのも俺の役目です。
青 …。
驚いたように大きな瞳は俺を映すことをやめない。
青 護衛の方は忙しいでしょ?お仕事もたくさんあるでしょ?
僕のことなんて…気にしなくても…
黒 貴方は大切な主であり、この国でたった一人の国王になるお方です。
将来はきっと、しんどいことも多いでしょう。
だからこそ、今たくさん甘えて良いんです。急いで大人になって一人になろうとしなくていいんですよ。
仕事としてただその言葉をかけた。
少し本音も混ざっていたかもしれない。
まるで子供とは思えないそのしぐさに少しだけ、同情していた。
何があっても守り抜かなくてはと思った。
その作られた仮面のような笑顔も数日仕事をしただけで剥がれていった。
これまで、ずっとそばにいてくれる大人など存在しなかったのだろう。
執事として傍で仕えることにより、青は安心してくれたようだった。
黒 本日のおやつはりんごのタルトですよ。
温かいお茶と一緒にお召し上がりください。
そう伝えその後ろに立っていると、小さな手がそっと身に纏っていたスーツに伸びた。
そして、くいっと小さく引っ張った。
黒 どうされました?
そう聞くと、青は大きな瞳をこちらに向けて言った。
青 黒も一緒に食べよう?
黒 ですが私は執事ですので…
青 ダメ?
キュルキュルとした瞳を向ける青。
黒 …。
一緒にいただくことにします。
黒 申し訳ございません。
本日は少し外出の予定がありまして。
他の使用人と一緒にお待ちください。
青 分かった!
使用人 本日のおやつです。
パンプキンパイですよ。
青 ありがとう。
使用人 召し上がらないのですか?
青 黒が帰ってくるまで待ってるの!
一緒に食べるから。
そう言いながら扉を見つめる青。
そしてパンプキンパイを見つめる。
青 黒まだかな。早く会いたいな。
早く食べたいな。
そう言いながらも黒が帰ってくるのを心待ちに嬉しそうに笑う青。
それから数十分後。
黒 ただいま戻りました。
その言葉とともにぱっと青の顔が明るくなり、にぱーっと笑う。
青 おかえり!
あのねっ、黒と一緒におやつ食べたくてずっと待ってたんだよ。
お仕事いっぱいお疲れ様。
一緒に食べよ!
黒 先に食べていらしても良かったのですよ?
青 どうして?一緒に食べたほうがおいしいでしょ?
当然のように言う青。
小さな子供であれば待ちきれず食べてしまってもおかしくはないのに。
ただ自分を待っていてくれた事実にほんの少しだけ頬が緩んだ。
青 黒っ!
名前を呼びながらこちらに駆け寄ってくる青。
その手には絵本を持っていた。
子供らしさのない難しい本を読んでいた青に、絵の入った本もあるのだと教えたからだろう。
気に入ってくれたようだ。
黒 走ると危ないですよ、どうされましたか?
青 ふふっ。あのねっ、黒が教えてくれた絵本にね。王子様が出てきたの。
王子と姫の出てくるよくあるおとぎ話だろう。
黒 そうなのですね。それがどうかされましたか?
すると、小さな体を俺に寄せ、耳元でそっと囁いた。
青 黒は僕の王子様だね。いっぱい助けてくれて、僕を笑顔にしてくれるもん。
黒 俺が王子様ですか?立場としては、王子さまは貴方ですよ。青。
青 そうなの?
黒 あなたは次期国王ですから。この国の王子様になる人です。
青 じゃあ、お国の王子様が僕なら、僕の王子様は黒でもいい?
純粋でまっすぐな瞳をこちらに向ける青。
黒 ええ。貴方がそう呼んでくださるのなら。
自室に戻り仕事の資料をがさつに机に置く。
黒 はぁ、疲れた。
仕事に追われ、護衛と言われた仕事はほとんどお守り。
ご飯を食べさせて、お風呂に入れて、勉強させて。
太陽のもとで遊ばせて適当にあやす。
黒 俺は父親かよ。
そう呟く。
きっと今の俺は、王子様どころか執事の片鱗もないだろう。
そっと煙草に火をつけて。
心を空っぽにしていた。
部屋に充満する煙が体を蝕む。
夜空に浮かぶ月を眺めながら。
明日の青への業務を思い浮かべるのだった。
朝から雨が降っていた。
かなりの土砂降りだ。
風も強くドアや窓がガタガタと揺れる。
その度に
青 ひぅっ
と小さな声を漏らしながら体を震わせていた。
黒 大丈夫。ただの風ですよ。
青 うん…。
そうは言ったものの。
立ち上がると
青 黒?どこ行くの?
と今にも零れ落ちそうな涙を溜めた大きな瞳がこちらを向く。
黒 少し、仕事のための本を取りに書庫へ行こうかと思いまして。
青 僕も一緒に行く。
と、きゅっと黒の裾を握る。
夜になると、
青 おやすみなさい。
と青がベッドに入ったのを確認して、深夜の見回りをする。
ようやく仕事も終わり、自室のベッドで横になって眠りにつくと。
モゾモゾ
と何かが下から潜り込んでくる。
何事かと思いながらも、冷静にそれの動きが止まるのを待つ。
するとピタリと動きが止まり、小さな呼吸が聞こえてくる。
そっと布団をめくると、そこには涙の跡をつけた青が天使のような顔をして眠っていた。
驚いたまま思考を巡らせる。
そういえば夜は雷も鳴り、風も強くなっていた。
一人で眠るのが怖かったのだろう。
そう思い、そっと青を抱き寄せ、眠りについた。
黒 全く、困った子ですね。
腕の中で、トクントクンと小さな鼓動が鳴っている。
生きている。
ただそれだけで、なぜか少しだけ安心した。
この小さな体が、自分の傍からいなくなることなど。
このときの俺は、欠片も想像していなかった。
翌朝。
目を覚ますとそこにはまだ眠ったままの天使が腕のなかにすっぽりと収まっていた。
たまに見せるふにゃりとした笑顔に、俺も頬を緩ませていた。
すると、
青 んぅ…?
と寝ぼけた声を出しながら、ゆっくりと目を開ける青。
まだ眠たいのだろう。
瞳がとろんとしている。
それでも、
青 黒…?おはよぉ…
と言いながらそっと手を広げる。
そっと抱き上げながら
黒 おはようございます。
本日はよく晴れていますよ。
昨日はお一人で怖かったでしょう。
気づけず申し訳ございません。
その言葉に昨日の夜を思い出したのだろう。
きゅっと服を握って、不安げに眉を下げながら
青 ねぇ、黒。
黒 どうしましたか。
青 ずっと一緒にいてくれる?
黒 …ええ。それが俺の仕事ですから。
青 そっかぁ。
にぱっと笑いながら
青 じゃあ安心。
黒 安心……ですか。
青 だって、黒がいるなら僕、一人じゃないもん。
ぴっとりと頬を俺の胸にくっつけ、安心しきったように
青 黒は暖かいね。僕ね黒の匂いも、温度も、声も、お顔も、性格も全部全部だーいすき!
だからね。
ずっとずっと僕だけの王子様でいてね?
黒 貴方がそれを願うのなら。
使用人 すみません。黒様。
少しよろしいでしょうか。
黒 ええ。
そう言って立ち上がると、青い瞳がさみしげに揺れた。
青 黒…行っちゃうの?
黒 すみません、青。すぐに戻りますよ。
青 黒のおやつ残しておくね。りんごのタルト。初めて一緒に食べたおやつだね。
ちゃんと待ってるから!
黒 ありがとうございます。
青 僕のこと1秒も忘れないでね。
黒 貴方のことだけを毎秒考えていますよ。
その言葉を残して、使用人のもとへ向かった。
仕事も一段落つき、青のもとへ戻っていた。
廊下を渡って、俺のことを待っている天使のもとへと、歩みを少し早めながら。
その時。
つよい光とともに、耳が張り裂けそうなほどの爆発音が聞こえた。
青が待っている部屋からだった。
黒 はぁっ。はぁっ。
無事でいてくれ。
俺に待っていたよと笑いかけてくれ。
お帰りと言ってくれ。
そう願いながら、爆発によって崩れた壁など気にもとめず走った。
青 …。
黒 青…?
部屋の真ん中に青が寝ていた。
青の周りは血溜まりができている。
神様は残酷だ。
青のもとへ歩いていると、何かを踏んづけた感覚がした。
そこには、一緒に食べるはずだったりんごのタルトが散乱していた。
青が座っていたはずの椅子。
散らばったりんごのタルトのもとには2本のフォーク。
割れたティーカップ。
どれも、あの日と同じもの。
黒 起きてください。青。
…。
青…?
床で寝ていては危ないですから。
お願いですから、澄んだ青い瞳を、俺に見せてください。
青 …。
青の手をそっと握る。
黒 青…
青 黒!待ってるから。
黒 青…
青 ふふっ…黒。だーいすき!
黒 青…
青 1秒も忘れないでね。
名前を呼べば記憶の中の青が笑って返事をしてくれる。
手を握れば、これまでの記憶が蘇る。
深入りするつもりなんてなかった。
あくまで仕事だ。
てきとうに育てて引退すればいい。
早く大きくなって手がかからなくなってくれ。
そう本気で思っていたのに。
心を上げ渡すつもりなんてなかった。
いつの間に…俺は。
黒 青…。
こんな事になってようやく気がついた。
俺は、俺の天使が、青が心底大事だったのだと。
黒 ッ…。
約束したじゃないですか。
待っていると。
一緒におやつを食べると。
…俺のことを待っていると。
黒 貴方が願えば、俺は王子にだってなってみせましょう。
だから…。
帰ってきてください。
聞こえるのは、笑い声ではなく
自分の荒い呼吸だけ。
黒 頼むから、返してくれ。 青を。
俺の天使を。
…俺の小さな天使を返せ。
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お久しぶりです。 最近は忙しくしており、なかなか更新できず申し訳ございません。 今回のお話は、物がポイントとなっております。 りんごのタルト、フォークなど様々なものが最期になって崩れる。 幸福の象徴が不幸への道を作っていたところにも注目していただけたら嬉しいです。
あっやばいこれ…泣いた😭💔 最初は仕事だって割り切ってた黒が、いつの間にか青に心奪われてく流れが尊すぎる…。一緒にタルト食べるために待ってた青とか、毎秒考えてるって台詞とか、全部が後で刺さる伏線になってて辛いよ…。二本のフォークのタイトル、最後のシーンでズドンと来た。 零さん、このエピソードだけで心臓ぎゅってなった…続きあるならすぐ読みたいです…!( ;∀;)