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「はははっ! ようこそ、皇太子殿下、兄さん。本当に二人出来たんだ」
私の腕を掴んだまま、ラヴァインはそう嘲笑する。
顎を上げて見下すように二人を見ているラヴァインを見て、本当に調子に乗りすぎだと、拘束されていなかったら殴っていた所だ。それが叶わないのは、この首かせと、腕を後ろで縛られているから。
(でも、ラヴァインと同じで二人できたんだってちょっと、心配になる)
ラヴァインは馬鹿にしたようにいったが私からしたら、本当に二人できたんだってヒヤヒヤしてしまっている。護衛もいない、腐っても皇太子と公子が。
だが、きてしまったものは仕方ないし、これから援軍を呼べるって感じでもないから、此奴をどうにか出来るのは二人しかいないと思った。
けど……
「まあ、挨拶はそこそこにして……俺の可愛いペットと戦ってもらおうか」
と、ラヴァインは後ろで揺れていた人ならざるものに指示を与えた。
彼の言葉を聞いて、後ろでゆらゆらと落ち着かなかった化け物達は、顔色を変えてリースとアルベドに向かって走り出した。リースとアルベドは、剣とナイフを構えて
迎え撃つ体勢をとった。
しかし、二人が攻撃する前に、人型の化け物は彼等に襲いかかる。
二人は応戦するが、数が多すぎて防ぎきれない。
私は、二人の方へ駆け出そうとしたが、ラヴァインに掴まれていて動けない。
「ラヴァイン」
「何?エトワール。あっ、この手を離して欲しいって?」
「……どうせ、してくれないでしょ。そうじゃなくて、あれ何なの?」
私は、ラヴァインに拘束されながら、彼に尋ねた。
彼が指示した人ならざるもの。元は人だったんだろうけど、顔が肥大化していたり、腕が三本生えていたりと兎に角、人の形をした化け物が何体もいた。大凡予想はついているけれど、それでも確証を得たいが為に私が聞けば、ラヴァインはそうだな……と言い渋るような仕草をする。
言ったところで私は何も出来ないと押せば、ラヴァインはニッコリと笑って、説明を始める。
「ヘウンデウン教で人体実験を行った末に出来た出来損ないだよ。君の予想通り、元は人。そんな人間に、混沌の一部、負の感情を植え付けて、感情を暴走させる。まあ、それだけじゃあ意味がないから、平民を何人か連れてきてそいつらに魔力を注ぐ。魔力を持っていない人間や、光魔法の者が闇魔法を注がれれば、まあお察しの通り反発して身体に害が及ぶ」
「つまり、負の魔力を注いだと」
「まあ、簡単に言えばそうだね。闇魔法と負の感情の融合。そうして、善だった人間を確実に開くに落として、その思考回路をぷつりと切らせて……自分で考えることが出来なくなった人間、元人間はただ人を襲うことしか考えられなくなる。勿論、その原動力は人に対しての恨みや妬み、殺意など」
「最低な実験」
そういえば、ラヴァインは何処か嬉しそうに笑った。
そんなことが出来るんだ、凄いだろ? とでも言いたかったのだろうか。私は、そんなことが出来る人間が普通の人間じゃないと分かっていたから、特に何も思わなかった。
それより、今の説明を聞く限り、闇魔法と、負の感情は強く結びついているんだと思った。それだけじゃなくて、魔力と感情の繋がりの深さやその危険性、そんなことが可能なのだと知って、私は益々恐怖した。
これから戦っていかなければならないのは、ヘウンデウン教の教徒だけじゃなくて、元善の心を持った人間、それも平民だと言うこと。
目の前で戦っているリースとアルベドはそれを知っているのだろうか。リースがこの事実を知ったら、彼らを斬ることができるだろうか。リースは優しいから、もしかしたら……そんな想像が頭の中を駆け巡る。
だからといって、抵抗しなければ殺されるわけだし、その剣を振るわないという選択肢はないのかも知れない。
「まあ、あんな雑魚、あの二人には赤子の手を捻るようなものだろうけど」
「……何がしたいの?」
「エトワール、さっきから質問そればっかりだね」
「雑魚だって思っているなら、何故わざわざあの人の成れの果てと戦わせてるの? 意味分かんない」
そう私が聞けば、ラヴァインは悪びれた様子もなく「面白いから」と笑ってこたえた。
話すだけ無駄だと私は、諦めてリース達の方を見れば……
血塗れになっている二人が見えた。私達が話している間に、一体どれ程の攻撃を受けたのだろうか。
服も破れていて、所々肌が見えてしまっているし、顔にも切り傷が出来ていた。
(嘘、なんで……)
「気づいているんじゃない? ほら、こいつら元は人間なんだし」
「……リース、アルベド」
「あの二人、見かけによらず優しいもんね」
と、ラヴァインは言う。
確かに優しいが、本当にそれだけなのだろうか。
だって、きっとあの人の成れの果てを元の人間に戻す方法なんてないだろうから。だから、気遣って戦うより、ごめんなさいと謝意を胸に戦った方が良いのではないかと思った。戦っていない私が言うのも何だけど、そうじゃないと彼らのみが持たないと。
「リース、アルベド!」
私が叫べば、二人は私の方にゆっくりと顔を向けた。汗の滲んだ額に張り付いた髪、ボロボロになった服、そんな状態で私を見つめる瞳はどこか悲しげで……。
私は、思わず目を逸らす。
本当は、見たくないのだ。彼らがこんな風になってしまった姿なんか見たくなかった。
それでも、この光景を見ているしか出来ない私は、ギュッと唇を噛むほかなかった。
(私に出来ることは? 出来ることは無いの?)
そう考えていれば、ラヴァインは私の腕をパッと離した。どういった風の吹き回しか、どういった意図があるのかと彼を見てみれば彼は何故かつまらなそうなかおをしていた。
彼らがボロボロになって楽しんでいるものだと思っていたが。
「兄さん、何演技してんのさ」
ラヴァインはそう言うとアルベドに襲い掛かろうとしていた人の成れの果ての胸を貫いた。そいつは「がぁあああ!」と唾液と血をまき散らしながら叫ぶ。
私はそれを呆然と眺めながら、ラヴァインの言葉の意味を考えていた。
すると、アルベドはラヴァインの問いに答えることなく、ナイフで薙ぎ払うと、人成のなれの果ての首が地面に転がった。
「演技って何のことだよ」
「こんな雑魚に倒される兄さんなんて見たくないよ」
と、ラヴァインはアルベドの頬についた血を拭っていた。
一体どういうことなのだろう。
(さっきまで、殺そうとしてたじゃない。笑ってたし、意味が分からない)
私は、そんなふうにアルベドを呆然と見つめていれば、「エトワール!」と、私の名前を叫び後ろから抱きしめられた。
「り、リース!?」
「だ、大丈夫か、エトワール」
と、心配そうに聞いてくる彼に、私は小さく首を縦に振った。
すると、リースはほっとしたように息をつく。
私は、リースをちらりと見て、彼が相当酷い怪我をしていることを再度確認する。リースほどの人間が、どうしてああも押されていたのだろうと。
「り、リースちょっと動かないで。今治すから」
「ああ……だが、その趣味の悪い首かせは……」
そうリースに言われ私は思いだした。
そういえば、この首かせは魔力をおさえる効果があったのだと。だが、治癒魔法ぐらいならと、私はリースの身体に手を当て、最小限の魔力を手に集める。そして、彼の傷口に向かって手をかざせばみるみると塞がっていく。
(よかった、これぐらいの魔力なら引っかからないのか……)
といっても使える魔法と言えば、この魔力量で考えたらやはり治癒魔法ぐらいしか使えないため、私は戦闘には参加できないようだ。
まあ、戦いたくはないんだけど。
(それよりも、アルベド……!)
私は、アルベドとラヴァインに視線を向けた。
彼らは見つめ合ったまま動くとしなかった。アルベドはナイフがすぐ届く距離なのに、彼に攻撃をしようとしない。ラヴァインもアルベドにあれ以降触れようとはしなかった。
お互い、停戦状態になっているようだった。
しかし、私には何故そんな状況になっているのか分からず、ただ困惑することしか出来なかった。
そう考えていると、リースが私から離れて立ち上がった。
私は慌てて彼を止めようとするが、今がチャンスだろうとでも言わんばかりにリースは二人を見据えている。けれど、ラヴァインが何もしていないというわけはないだろうからと、私はリースを止めた。
「エトワール」
「多分ダメ、だと思う。ラヴァインってああ見えても、結構賢いから。凄く、あの鼻につく野郎だけど」
言葉が悪くなりつつ私がそういえば、リースはため息をついたが何処か納得したように剣を構えるだけだった。今すぐ突撃と言うことはないようで安心はした。
「兄さん弱くなりすぎじゃない?それとも、何か引っかかるの?」
「うるせぇよ、ラヴァイン」
「昔は、ヘウンデウン教と一緒に悪いことしてたって言うのにさぁ」
と、ラヴァインは舌打ちを鳴らしながらそう吐き捨てた。