「昔は、ヘウンデウン教と一緒に悪いことしてたって言うのにさぁ」
ラヴァインのその一言で場が凍りついたような気がした。
ピキッと何かに亀裂が入ったような、重く冷たいものが周りに広がっていく。
(今、何て言ったの?)
耳ではちゃんと聞き取れていて、それでいて頭にもその単語がまわってきているというのに、理解が追いつかなかった。
ラヴァインは、アルベドに対して、ヘウンデウン、と一緒に悪いことをしていた。といった。どの程度のものなのかなど、考えるより先に、アルベドに対しての不信感が募る。
アルベドは、ヘウンデウン教の事が嫌いだと言っていたし、悪を殺す暗殺者のはずなのに。
「アルベド、どういう……り、リース?」
「動かない方が良い。エトワール……巻き添え食らうぞ」
と、私がアルベドに近寄ろうとしたとき、リースがそれを制止した。
リースは何か理解したように二人を見据えて、こちらに被害が来た時ようにと剣を構えたままだった。
私は何も出来ない。アルベドが、その言葉を否定してくれるまでは……
「何とか言ったら? 兄さん」
「言い返す言葉がねえな」
アルベドはそう言って、ナイフの先をラヴァインに向けた。
その「言い返す言葉がない」とはどういうことなのだろうか。肯定の意味に聞えて仕方がなく、私は胸元をぎゅっと握った。
すると、リースが私の肩に手を置いてきた。
私はリースの方を見て、どうすればいいか問いかけようとしたのだが……リースが先に口を開く。
「やはり、彼奴は信用出来ないな」
「え……」
「今回、エトワールを助けるために個人的な同盟を組んだが……それは、彼奴がヘウンデウン教と繋がっていないのを前提で組んだものだ。彼奴が、ヘウンデウン教と繋がっているというのならば、話は別」
「待って、まだ決まったわけじゃ」
リースは、もう既にアルベドを敵と認識しているようで、彼を睨む瞳が鋭くなっていた。爛々と輝くそのルビーの瞳は、警戒や怒りがあふれ出ているような気がした。
(そんな、まだ決まったわけじゃないのに……)
アルベドは嘘とか、誤魔化しとかが上手いけれど、私の前では誠実……嘘をつかないでいてくれた。誤魔化すことや濁すことがあっても、必ず嘘を混ぜて言うことはなかった。多分、誰よりも私は彼を信頼していたのだと思う。いつからそう思い始めたのかは分からないけれど、それでも私の中でアルベドはいつの間にか信用出来る人となっていた。
だから、信じたい。
けれど、弟のラヴァインがそう言うのなら本当かも知れないと、私もアルベドに対しての不信感が膨らんでいく。それが、ラヴァインの罠だったら。それに、不信感や疑いの気持ちが強くなれば成る程混沌の力は強くなっていくわけで、それを利用しようとしているのかも知れない。
どちらにせよ、状況は悪い一方だ。
「兄さんは、ヘウンデウン教の幹部になれるほどの実力も統率力もあった。なのに、何故それを棒に振ったの?まあ、そのおかげで、兄さんがつくはずだった席が空いて俺が座っているわけだからいいんだけど」
「誰が、あんな座に座りたがるんだ。ヘウンデウン教の連中と手を組んでいるくせに。俺より質が悪いぜ?」
「そうかもね。でも、俺は別に信仰心なんてないからさぁ」
と、ラヴァインはハンッと鼻を鳴らす。
もう、訳が分からなかった。
(アルベドが、元はヘウンデウン教の一味で、幹部になる実力もあってその部下? からの信頼も厚くて、それでそれを拒否して、アルベドがつくはずだった席にラヴァインが?)
ラヴァインは、あたかもヘウンデウン教とアルベドは繋がっていたと言うが、アルベドはそれを肯定するような言葉は言わなかった。
勝手に、ラヴァインがアルベドをヘウンデウン教の教徒や一味だと思っている説も浮上してくるが、確証は持てない。
それに、繋がっていたとしても、今は違うのなら良いのではないかと思う。私は思うけれど、リースや周りは許さないだろう。いつ裏切るか分からないから。でも、逆に考えれば、ヘウンデウン教の内部を知っている人間がこちら側にいるというのは強いことではないかと思う。
政治とか、そういうのは分からないけれど……信頼して、使えるものは利用していくことが一つ役に立つことではないかと思う。
そう思って、リースのマントを引っ張れば、彼はどうしたのかと、私の方を振返った。
「どうした、エトワール」
「あの、リースは……アルベドの事どう思っているの?」
そう、私が聞けば、彼は怪訝そうな顔をする。それから、少し考えて口を開いた。
彼の口から出てくる言葉がどんなものなのかとドキドキしながら待っていると、リースは、アルベドの方を見て答えた。
そのの目は、先ほどよりも鋭くなっている。その瞳は、まるでアルベドの事を睨み殺そうとしているようだった。
「どうもこうも、まずいけ好かないだろ。それに、あんな怪しい男、こちら側の味方だとは思えない。勿論、現段階ではヘウンデウン教と繋がっているのかすら分からないが、そちら側でないにせよ、味方でも敵でもない人物であることに変わりはないだろう」
「でも、レイ公爵家と災厄の対策をって同盟を組んでいるんでしょ?」
「ああ、アルベド・レイ側の人間が力を貸してくれているが、もう半分はあのラヴァインというヘウンデウン教の幹部の勢力だからな」
半分しかアルベドの家の力は借りられていないと言うことは私も知っている。それでも、公爵家の力を半分でも借りられることは強いことだろうし、日中しか戦えない光魔法の者に取ったら、闇魔法の者が力を貸してくれるなら朝晩どちらも戦えると言うことになる。それは、闇魔法の者で構成されているヘウンデウン教との戦いで有利になるだろう。
そういう意味もあって、リースは同盟を結んでいるのだと思う。だから今更、同盟を破棄するとか取り消すとか、そんなことを言ったら向こう側も困るし、そもそも同盟を組まないと、夜間の戦力が足りなくなる。不利益を被ることは、リースはしないと思うのだが……
(危険を潰すって言う意味であるなら分からなくもないけれど……)
アルベドが、もしヘウンデウン教と少しでも繋がりがあった場合、こちらの情報が漏れる可能性もあるし、こっちに不安の種が広がって行く可能性もある。そもそも、未だ、光魔法と闇魔法は仲が悪いし、いがみ合っている状態。災厄が進んで、さらにそれは加速しているから、闇魔法の者が力を貸してくれますーって言っても誰も信用しないだろう。
「それでも、それでも私はアルベドの事を信じてるよ」
「何故だ?」
「何故って……」
不安そうな目でリースが見つめてきたため、私は言葉がつまってしまった。
リースに言っても伝わらないかも知れないって、何処かで諦めてしまっている自分がいるのだ。それに、何でかなんて、私にもわからない。
けれど、私の中でアルベドが、私にとって大事な人になっているのは確かだった。
だから、私にはアルベドを見捨てることが出来ない。そんな事したら、私の中で何かが壊れてしまいそうで怖かった。
これまで積み上げてきたもの……崩すのは一瞬だと思うから。
「沢山、助けてもらった。ほら、リースを助けるときだって、手を貸してくれた」
「それは、自分を信用してもらうためだったとしたら?」
「ない……とは言い切れないけれど、だって、あの時リースをあのまま暴走させておいた方が、ヘウンデウン教にとってはよかったじゃん。だから、アルベドがもし、ヘウンデウン教の仲間だったら、きっと私の手伝いなんてしてくれなかったと思う。だから」
「エトワール」
言いたいことは分かる、けれど……見たいなそんな表情をしているリースを見て、私はキュッと胸が締め付けられた。
リースが心配してくれるのも嬉しいし、彼が皇太子として未来の皇帝としてこの帝国を守っていかなかればならないっていうそういう意識があるのも分かる。それでも、それよりもまず、目の前の人間を信用することから初めなければいけないんじゃないかと思ってしまうのだ。
リースはそういうところがあるから。
「大丈夫。だって、アルベドもリースも私を助けるためにここに来てくれたんじゃん。少なくとも、味方であれ敵であれ、私を生かすことを決めたって事は、彼にとって私は必要って事だよ。じゃなかったら、混沌の天敵である聖女のこと庇ったりしないから」
「そう、だな……」
と、まだ納得しきっていない様子のリースは頷いて、それからまたアルベドの方を見る。彼は私たちの会話を聞いているのかいないのか分からないが、ちらりとその満月の瞳をこちらに向けていた。
こちらの話を聞くほどの余裕は彼にはないはずだ。
「ほんと、兄さんってお人好しだよ」
「お前の性悪さよりマシだと思うが?」
「ふぅ~ん、それ、どういう意味かなぁ?俺のこと嫌いって意味なのかな、それとも俺の方が性格いいって意味なのかどっちなのか教えてくれないかな?」
「前者だ」
そう言えば、アルベドは、ナイフをラヴァインに向かって投げつけた。
それを難なく避けるラヴァイン。それから、彼は少し苛立ったような顔つきになった。先ほどまでは、楽しそうにしていたのに、兄に敵意を向けられたからなのか、兄の殺意を感じ取ったからなのか、魔法でそれを防ぎつつ、彼も同様ナイフを構えた。それはナイフ、ダガーのようでギザギザと刃がついているものだった。
「悪いが、お人好しってお前は言ったが、今の俺は気分が悪い。だから、優しく出来ねえな」
と、アルベドはまるで悪役のような笑みを浮べて、詠唱を唱えると闇の剣を作り出しその剣先をラヴァインに向けた。
「さあ、楽しい楽しい、兄弟げんかといこうじゃねえか」
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