「……あの、お願いですから通してください」
寒さが一層厳しくなった一月半ばのよく晴れた昼下がり、駅から繁華街を通り抜け、どこかゆっくり休める場所はないかと探していた女性が一人、いつの間にか雑居ビルが建ち並ぶ人通りの少ない裏路地へ迷い込んでいた。
彼女の名前は花房 詩歌。化粧っ気の無い顔だけど既に顔が整っている所謂美人顔ゆえ、パッと見ただけでも思わず誰もが振り返る様な魅力的な女性だ。
艶のある綺麗な黒髪を右下辺りで一つに束ね、黒のタートルネックセーターに白地にピンク調の花柄が描かれたフレアスカートを穿き、上には白いコートを羽織っている彼女は清楚なお嬢様に見える。
そんな詩歌は明らかに治安の良くない通りだと分かりそうな程人通りの少ない道をひた歩き、野良猫やカラスが荒らした跡なのか無造作に捨てられたゴミが辺り一面に散らばっている廃ビルの前で、煙草を吸いながらスマホに視線を落として屯っている数人の男たちが顔を上げた事で目が合った。
「あれ? こんなところでどうしたの?」
「道に迷った……とか?」
「そりゃ大変だ。こんな所にキミみたいな女の子一人なんて危険だよ」
「そうそう、紳士な俺らが安全な場所まで連れてってやるよ」
男たちは親切心を装いながら怯える詩歌に群がると囲むように立ちはだかった事で、身の危険を感じた彼女は震える声で冒頭の台詞を呟いたのだった。
男たちは一見愛想が良さそうに見えるものの、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら品定めでもするかのように詩歌を見ている事や、派手な髪色にピアスを付け、安っぽいジャケットから覗く派手な柄のシャツや襟元や手の甲などに入れ墨らしきものが入っている事からして、ろくな男たちでないというのが容易に想像出来る。
(早く、ここから逃げないと……)
しかし、四人の男に四方を囲まれている詩歌は逃げるに逃げられず、どうしたものかと途方に暮れる。
パッと見た感じ周りに人は見当たらないけれど、もしかしたら近くに人が居るかもしれない。
その僅かな望みに懸けた彼女が「誰か、助けて――」と大声を上げようとした刹那、詩歌の後方に立っていた金髪ロン毛で一番背の高い男に口を塞がれてしまう。
「んんっ! んー!」
それには予想外だったのか、口を塞がれた詩歌は塞ぐ手から逃れようと必死にもがくも男の力に敵うはずもなく、
「ほら、大人しくしないと……痛い目に遭うよ? この意味、分かるよね?」
更には彼女の前方に立っていた短髪茶髪で小柄な男がズボンのポケットから小型のナイフを取り出すと、刃先をチラつかせながら大人しくするよう脅してきたのだ。
そうなるともはや打つ手はなくなり、大人しくせざるを得ない。
恐怖に怯えた詩歌の力が抜けたのを見計らった四人はビルの横にある袋小路へ連れ込もうと彼女の身体を持ち上げた、その時、
「――うるせぇなぁ……せっかく人が気持ちよく昼寝してたってのに邪魔しやがって……」
廃ビルの裏口が開くと同時に一人の男が欠伸をしてボサついた黒髪の頭を掻きながら呑気に姿を現した。
「何だ、テメェは」
「それはこっちの台詞だっての。男四人がそんな子供一人に群がりやがって……どうしようもねぇな」
「うるせぇよ! テメェには関係ねぇだろーが!」
馬鹿にされた事に腹を立てた短髪茶髪男がナイフ片手に黒髪男へ振りかざす。
その光景がちょうど見えていた詩歌は、黒髪男が殺されると思い、恐怖から咄嗟に目を瞑ったのだけど、
「うっ……」
という呻き声と共にカランカランと地面に何かが落ちる音が聞こえたと思ったら、
「ゲホッ……ゴホッゴホッ」
今度は深く咳き込み、もの凄く苦しそうな声なのが心配になった詩歌は恐る恐る目を開いてみると、
(え……?)
蹲って咳き込んでいたのは黒髪男ではなく、短髪茶髪のナイフを持っていた小柄な男の方だった。
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