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帰らずの門と南の幻影 下
( 数分前)
ジャリ、ジャリ――バキッ!
一歩一歩、慎重に薄暗い道を踏み進んで行く。あいつらと別れた鉄柵を背に、僕は1人で歩き続けていた。5分ほどしか歩いていない筈なのに、時間が長く感じた。
僕の通って来た道のりは、あいつらから離れると一本道が続いていた。道幅は2メートル弱くらいで、さらに進んでいくと狭くなっていく。途中、草や葉っぱを掻き分ける必要があり、しっかり地面を見ないと道が分からなくなりそうだった。
ポッドの進行方向の右側には、山の斜面みたく、抉られた土や木々が所々あった。その抉れた斜面から視線を上にやると、木の根、太い幹、葉が生い茂っていた。一本だけじゃなく辺り一面に同じような木々があり、大きな岩や小石も地面に幾つか散らばっていた。山から崩れてきたのだろうか、とポッドは思った。
左側は、道に沿ってレールが敷いてあり、その向こう側はやや傾斜になっていて崖だ。この場所は、平地と比較して高い場所だったのだろう。目下に薄暗い森が広がっていた。
時刻は18時頃。太陽が沈み欠け、西の空に綺麗な橙色が広がり、辺り一帯がだんだんと暗くなってきた。
暑い季節。けれど、今だけはやけに冷んやりしている気がしてならないとポッドは思い、先へ急ぐ。
「(早く、撮って帰ろう!)」
震える体を押さえつけながら、ポッドは進む。カメラを落とさないように右手に力が入る。汗も滲み出てきた。
「(そうだ!幽霊なんていない!あんなの嘘だ!僕はこのカメラでその証拠を撮り、彼奴らに言ってやるんだ!『幽霊なんていなかったぞ!この臆病者達め!』って言ってやる!……やりたい!)」
少年は、恐怖心を押さえ込む為に自分を鼓舞していた。
その時だ。
ズ、ズ、ッズ、ズ〜。
「!っ」
何か音がした。まるで生き物が這うような音だった。キョロキョロと周囲をを見渡す。
しかし、辺りは薄暗いだけ。
「(っ、何もない?気のせいか?!まだ門に到着してないのに!)」
一瞬、聞こえた謎の音を気のせいだと言い聞かせてさらに進む。そろそろ門が見えてもいいだろう、と思ったポッド。
すると数メートル先の薄暗い空間に何かが見えた。
例の門だ。
門は錆ついていた。その錆と合わさって、なんだか血が垂れているようにも見えてしまう。
「っ、!これが『帰らず門』か」
ポッドの視界は既に涙で濡れていた。自分で言うのもあれだが、ポッド自身よくここまで来たなと、褒めてもらいたいほどだった。
耳鳴りがする、何故だろう辺りの音がやけに鮮明に聞こえる。
自分の心臓の音が、ドクン、ドクンとなっているのを感じる、怖い!
「(写真を撮るだけだ!そしたらすぐ帰る!)」
そう、撮るだけだ。
震える手でカメラを両手で持ち、顔の高さまで上げた。
そして、そのレンズの照準を門に向けた。
――キュイーン、パシャリ!
撮った。
――撮れた、撮れたのだ!
今度はゆっくりとカメラを、胸の高さまで下ろした。
シーン。
何も音はしないし、何も起こらなかった。
「……」
やはりただの噂だ、撮り終わった後もなんにもない。門も、特に何も起きないじゃないか、とポッドは思った。
「(やややっぱり、ただの噂だった!何もないじゃないかよかったぁー。これでいじめっこたちは文句も言えまい)」
ポッドは心なしか、行きよりも軽い足取りで帰ることができそうだと思った。
だが、ここでポッドは何故だがその門の先が気になった。扉と扉との間に隙間が開いている、と。
「(あそこから何か見えるかもしれない……)」
ふと、ポッドはそう思った。大きい門の扉には、頑丈に鍵がかかっている。 しかしよく見ると、扉と扉の間に隙間ができていた。 だいたい30cmほどだろう。ポッドは14歳で身長155センチほどあるが、それよりももっと小さい子供なら通れそうな隙間だと思った。
人間は一度恐怖が過ぎ去ると、慣れるものらしい。
さっきまで恐怖心が薄れ、今や好奇心の方が勝っていた。目の前にある錆びついた門。ポッドはそっとその扉に近づき、扉の隙間から向こう側を覗いた――。
「……うーん、よく見えないな、」
扉の向こうは何も見ず、暗闇が広がっていた。何となく自分の手を叩いてみた。
――パチン、パチン!
すると、音がよく響いた。きっと中で反響している。
「……(もしかして、この先はトンネルのような造りかも知れない)」
不思議に思いながらも、ポッドは一通り満足すると踵を返して、今度こそ戻る事にした。
ズズッ、。
それはかすかな音だった。
「!」
ポッドは立ち止まった、いや、立ち止まってしまった。
音は門の、その扉の向こうから聞こえた。振り向かなくても分かる。
そして、ふとここまで来る時に聞こえた謎の音が、脳裏に一瞬で呼び起こされた。その音と全く同じだったから。
――何かが『いる』、扉の向こうに。
振り向きたくない、でも振り向かないと、と謎の勇気がポッドを急かす。早く現状を確認しろ、と。
ギギぃっとロボットが故障したような効果音が出るほど、体をゆっくりと先程の門へ視線を向けた。
戦慄が体を突き抜ける。
扉と扉の隙間からそれは見えた。
――こちらをじっと覗いている。
大きく、黄色い、眼球がある!
――こっちを見て、睨んでいるじゃないか!
ガシャんと、カメラを落とす。
瞬間、ポッドは走り出した。
「うわぁあああああああああああああ!」
少年は来た道を我武者羅に走って引き返した。もし、50メートル走がこの世界にあったのなら、少年の走りは、今までで一番いい記録を叩き出していた事だろう。
それより――
「(なんだったんだ?!あの目!あの黄色眼光は!?見間違いじゃない!はっきりと見えた!扉と扉の間から、)」
こちらを睨んでいた怪物の目があった!
扉と扉の間からしか見えなかったけど、本体はきっともっと大きい!門はあの怪物を閉じ込めておく為の「檻」だったのか?!だから頑丈な鍵がついてたのか?でもあの様子じゃ出られない!
じゃあなんで、「帰らずの門」なんて言われているんだ?
「!」
ポッドは走りながら思考していた。そして、その理由を嫌でも勘繰ってしまった。
――あの門にたどり着くまでに、通せんぼしていた鉄格子の鉄柵。
――頑丈な鍵と扉。
――”今まで出ていった人のほとんどが、探検者か犯罪者。その人達は南門から出る事はあっても、帰って来たものはいない”と言っていた人達。
「(帰ってきた者がいない?それじゃまるで……)」
――あの怪物がその者達を喰ってるみたいじゃないか。
そう言って噂していた人達をポッドは思い出し、顔を青ざめた。嫌な想像をしたまま、ポッドは走り続けた。
(いじめっ子ら待機組)
「「!」」
「……なぁ、なんか叫び声が聞こえねぇ?」
「あぁ、」
「ん?あれは……お、きたきた!」
タッタッタ!ガサ!ガサ!
ポッドはやっとの思いで鉄柵まで、顔色を真っ青にして戻ってきた。
「うわわわぁぁぁー!」
「!」
「おう!ポッドようやく――」
――戻ってきたのかよ、といじめっ子の1人が言いきるまでにポッドはその子達の横を通り過ぎようとしたので、そのうちの1人がおいおいと、ポッドの逃げる腕を取り押さえた!
ぐぃ!
「!ぅお、?」
腕を引かれた事で、ポッドの体は少し冷静になったが、心は冷静になっていない。心と体は別の行動をしていた。
そして、いじめっ子達をみてポッドはさらに顔を青ざめた。
「おい!てぇめぇ何に逃げようとしてやがる!」
「撮ってきたのか?まさか、びびって戻ってきたのか?」
「はなせよ!撮ったさ!僕はもうやる事やったんだ!もういいだろ?!」
「あぁ?じゃ何でお前の手に、そのカメラが無いんだ?」
「!……それは、」
――まずい、落としてきてしまった!せっかくの証拠写真を!
嘘はよく無いよなぁ〜?とそいつらはニヤリと笑って彼らはポッドに拳を上げた!
ドカッ、ドカッ!ドカッ!
「ゔぇ、ゴホ、やめろ、やめてよ!」
ポカポカと、抵抗するもポッドはいつもの様に殴られてしまった。
痛い、痛い、ポロ、ポロ。
地面に頭を抱えながら蹲って、攻撃を防いでいた。
そして、いじめっ子2人はポッドの体を起こし、両腕を押さえてきた。両腕を抑えられているポッドは、抵抗できずにいる。
彼の目の前にいるいじめっ子の大将が、拳を大きく振りかぶってきた。
「(やられる!!)」
ポッドは恐怖で目をつぶった。
タッタッタ!
「「!」」
「……?」
いつまで経っても痛みがこない頬に、不思議に思ったポッドは、ゆっくりとその閉じた瞼を開いた。
「!」
そして、驚きの光景がポッドの目の前に広がっていた!
そう、その大将の後ろに――少し苛立った表情で薙刀を、大将の急所にぶち込んでいる僕の幼馴染ユーラがいた。
ドガァッーーーー!
「!(ユーラ?)」
「ゔ、お!」
口をパクパクして顔を歪めたのはポッドを殴ろうとしていたいじめっ子の大将だ。数秒とたたないうちに彼はのされた。
ドサッ、チーン……。
「「!」」
彼女は持っている薙刀を『石突の構え』から『一本杉の構え』でこちらを見た。
「(何が起こった?!)」
ポッドは唖然とし、現状で何が起きているのか分からなかった。
でもひとつ言えるのは、――こん時ほど彼女が僕の幼馴染でよかったと認識した事はない! と言うことだった。
なんでここに?とポッドはまた言いそうになったが、彼女から放たれる殺気で言葉を発せずにいた。
急所をつぶされたいじめっこの大将は、その場でドさっと倒れ、気を失っている。
突如現れたユーラに、残されたいじめっ子2人は驚愕した。
「こっ、こいつ!誰だよ?!」
「てか、やりやがったのか!?」
二人は騒ぎ出し、倒れた大将を青ざめた表情で見た。
「――ねぇ、」
放してくれないかしら、と彼女はまるで囁くように言った。 誰を、とは言わない。
ギロリと鋭い眼光をポッドを捕まえている二人に向けたのだ。その視線は獲物を狙う捕食者だ。
そして彼女は、緩慢な動きで彼らに近づいく。
「お、おい!?くるな!」
「あっちいけよ!やんのk――」
「聞こえているなら、まず返事。」
「ッ!」
そう言って彼女は、持っている薙刀でそいつらを一瞬にして蹴散らした。僕の両腕を押さえていた2人は、綺麗に払われて飛ばされていった。
ドサッ、ドカ、グサァー!
「ゔ、グへェ!痛ェ~!」
「――ねえ、」
まだやるの?といった表情でユーラはそいつらを真顔で見る。
「「っ!」」
二人はユーラには敵わないと悟ったのか、彼女の事を、化け物のように見た。
その後は、どちらも顔を真っ青にし、叫び声をあげて逃げていったのだ。
ユーラは、未だうずくまっているポッドを見た。
「……どうして、ここに」
ポッドはボソボソと言う。――行き先は誰にも伝えていない。無理やりここへ連れてこられたからだ。
「周りの人達に聞いてここまで、」
「なんで助けたんだよ……」
「……」
しかし、ポッドはそんなことより、自分への情けなさと怒りで、心はぐちゃぐちゃになっていた。――言いたかったのはこんな言葉ではない、むしろユーラに感謝したかったのだ。だが心の声と真逆な言葉を彼女へ吐露していた。、
「これは僕の戦いなんだ!勝手にはいってくるなよ!」
「ハア…………寝言は寝て言ってくれないかしら?」
「っ何!」
「いったい、どれだけ迷惑をかけて心配させているのか、貴方は気づいてないのでしょうね」
「!」
「……一人で生きているわけじゃないのよポッド。……貴方のお母様がおっしゃっていたわ、『息子が最近元気がない、何も相談してくれない』と。その後のこの有様。けれど、貴方は何も言わないままで、今もただ蹲っているだけ」
「っ、……」
間髪入れずにユーラは厳しい声でポッドに言う。
「言葉が足らなすぎる。自分さえ我慢すれば問題ないと思っている。……あなたは何でもかんでも一人でやろうとするけれど、実際何もできていないって自覚した方がいい」
「っ、なんだよ!」
僕が今どんな思いや、状況になっているか知らないくせに、そう言おうと思った。
「ポッドが今何を抱えているか分からない。無理矢理聞こうとも思わない。でもね、心配してくれる周りがいる事をもう少し分かってほしい。……助けを求める事を迷惑だとか、恥ずかしいと思っているのなら…………それは相手を慮っての事ではなく、自己中心的な考えよ」
「!」
その言葉にはっとさせられた。ユーラの言う通りだった。
ポッドは特別でもなんでもない、凡人だ。だから、一人でできないことがあっても迷惑にならないよう頑張ってやってきた。そう思ってやってきた行動は、もしかすると全て自分中心の考えかもしれないと思い至ったのだ。
「……貴方の日頃の行いは尊敬する。ここの行き先だって、ポッドを知っている周りのおば様、お爺様たちが見ていたおかげだもの。『誰かと一緒に引きずられるポッドちゃんを見たわ』と言っていたから」
「……そうだったんだ。ユーラはなんで、いつも僕を助けてくれるの?」
「別に助けてるつもりはないわ。今回は余りにも度が過ぎて、見過ごせなかっただけ。それに、、」
「?」
「貴方は、……私の知ってる人に少し似ているから心配になった。……それだけよ」
ユーラは一瞬思考の隅で、自身の兄を思い浮かべたがすぐに消した。彼女の表情はどこか悲しそうだった。
――彼女の真意は分からないし、僕も今心はごちゃごちゃで伝えられないけど、これだけは言えると思った。
「ユーラ……心配かけてごめん。」
「それを言うのは、私だけじゃないわよね」
わかってるよ、とポッドは言い返した。
「ユーラ、」
「?」
「……いつも助けてくれて、ありがとう」
初めて幼馴染に対して、感謝の言葉を投げかけたポッド。照れくさいから顔を下へ向けた。涙の後をみられたくなかったのもある。
彼女はその言葉を聞くと、少し間をあけてから、どういたしまして、と淡々と言い放った。
けれど、そっと差し出された軟膏と絆創膏で処置をしてくれたその手つきは、いつものように優しかった。
*
「でも、どうしてここまで連れてこられたの?」
ユーラはポッドへ問う。
そこで、そうだ!と思い出したポッドは、ユーラに門のことを伝えた。
「ユーラ!この先に帰らずの門があるだろう?僕、そこで怪物を見たんだ!」と勢いよく言った。
さっきのしょぼくれてた空気はどこへ?といいたように話し出したポッドに、ユーラは眉をひそめた。しかし、ポッドの表情から嘘をついているようには見えない。
「……例の噂の?」
「あぁ!」
そう言って、ポッドはこの先の門のことと、怪物を見たことをユーラに話した。
*
「ポッド、その怪物は門の向こうに閉じこもっていたの?」
「あ、ああ。そう見えた」
彼女は顎に手を当てて考え出す。
「それが本当なら……」
「本当だって!僕、みたんだ!」
興奮した様子でポッドは話す。
「……ポッド。私は今からその門を、確かめなければならない。この先へ行くわ。貴方は早く帰った方がいい、お母さまが心配している」
「え」
急に何言ってるんだよ、とポッドは思った。
「私は……阿暁一門』として、この先がどうなっているのか、真実を報告しなければならないの。噂が嘘だったらそれでいいし、本当だったら……」
「っなんだよそれ、危険だっていってるだろ!」
「だからよ」
「それに阿暁一門としてって……どういうことなんだ?」
ポッドは疑問ばかり浮かんでいた。
「……兎に角、私がこの目で確かめなくては。阿暁一門のことは今は話せない、いずれ分かることだし」
じゃ、そういうことだから、とユーラは鉄柵の先へ、一人でどんどん進んでいった。
「え?!ちょっ……なんで一人で行けるんだよ……」
僕はあんなに怖かったのに、となぜか焦った。そう思いながらも、彼女の背はどんどん遠くなっていく。辺りは既に暗い。
もう一度、あの場所へ行きたくないな……。
「(で、でもこのままユーラを一人で行かせるのもなんかダメな気がする!……主に僕としてのプライドがっ!)」
それがたとえ自分より強い女の子でもだ、とポッドは思った。
「ま、待ってくれユーラ!僕も行く!」
ポッドは慌ててユーラの後を追いかけた。