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#ワンナイトラブ
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あーあ、これ、嫌な思い出だ。
たった三日前の事はちっとも思い出さないのに、心の奥に染み込んだ記憶っていうのは簡単に掘り起こされる。
『それに比べて依愛は……お姉ちゃんのお下がりは似合わないわねぇ……』
幼い頃から植え込まれた劣等感。
なんでも優遇される二つ年上のお姉ちゃん。
可愛くて、性格も良くて、成績も優秀で、我が家の基準はいつだってお姉ちゃん。
私はお姉ちゃんのお飾りでしかなくて、両親にとって私の事は二の次。
どんなにテストで良い点数をとっても無関心、好きな人はお姉ちゃんを好きになる。
それでもお姉ちゃんだけは嫌いになれなかった。
悪いのはお姉ちゃんでも、両親でもなくて、
───期待に応えられない〝私〟
でも、ずっと負け犬人生も嫌だって、必死で勉強してお姉ちゃんとおなじ進学校に進んだ。
『穂波さんって、愛叶先輩と苗字一緒だけど……うそ、姉妹なの?』
『似てないんだね』
いくら比べられても、性懲りも無く大学も同じ所へ行った。
友達に囲まれてキラキラと輝くのはいつだって姉で、その光が眩しくて陰に隠れるのが私。
社会に出たら心機一転しようと思ったのに、結局これだもんなぁ。
だからか、こんな私のことを想ってくれる人には無条件に心が惹かれてしまう。
私も気持ちを返さなくてはと思ってしまう。
そんな私を常葉くんは”馬鹿”だと罵る。
……何が正解なんだろう。
私を好きだと言ってくれる人を好きになっているだけなのに、それはいけない事なのかな。
「身体だけの関係って、めちゃくちゃ楽なんですよ」
物思いに耽っていれば、会社のマドンナ的存在は真昼間から赤裸々な告白をしてしまうので、少しの動揺が心に広がるけれど努めて「へぇ」とだけ相槌を打つ。
「だけど今度は彼氏がめちゃくちゃ優しくなっちゃって、合わせる顔がなくなって…浮気相手とは切って、彼氏とも別れることにしました」
そうなんだ………
旺くんも、切るって話していたのは本当だったんだ。
て事は……2人は、もう終わってるって事?
1人、出口の見えない自問自答を重ねて口を開く。
「……それで、一体何を悩んでいるんですか?」
「そうなんですよ、そしたら今度は違う人に告白されちゃって。どうしようか迷ってるんですよね」
「柿原さん可愛いですし、モテモテですね」
「そんな事ないですよ、穂波さんこそ美人で羨ましいです」
柿原さんは半月状に目を細めて、口角を上げる。
こんな可愛い子に容姿を褒められてしまって、思わず口が緩みそうになるのを太腿を抓って回避した。
「……その人と付き合わないんですか?」
「うーん、そうしたら社内恋愛になっちゃうんですよね〜。だから迷ってて」
「この会社の人なんですね」
「はい、穂波さん、知ってます?」
そう言うと、柿原さんは片手で口元を隠して私の耳元にそっと寄せた。
耳元で、声にならない声が聞かせたのは
「企画の、本間さん」
その名前だった。
瞬間、嫌に心臓が脈打って、全身を巡る血が冷くなった気がした。
「昨日の夜、食事に誘われて、告白されたんです」
…………そうなんだ。
ご飯に行く時はいつも私がお金を出してたけど、柿原さんには奢ったんだろうな。
脳裏の奥でぼやけていく顔を思い浮かべながら、ふぅん、とだけ相槌を打つ。
「本間さんって嫌味がない人なんですけど、何だか女慣れしてるって言うか……少しチャラそうだし、どうしようかな〜と思って」
……そっか。
柿原さんみたいに笑いながら頷けたら、どんなに楽だろう。
「それで。」
「……あの」
口を挟むと、「なんですか?」と、私の思惑なんて知らない彼女はきょとんと目を瞬かせる。
しかし、私は自分で思ったよりも変に冷静で、すんなり事実として受け止める事が出来た。
それは、柿原さんみたいに可愛い子が相手だからとかじゃなくて、理由は別にある。きっと。
だから私はスっと息を吸い込んだ。
「……私は恋愛経験が乏しいですし、あまり大したアドバイスも出来ません」
ただ、と、言いながら、空の食器の乗ったトレイを持つと立ち上がった。
「柿原さんが、本当に好きな人とお付き合いされるのが一番だと思いますよ」
そう言い残すとぺこりと会釈してヒールを鳴らした。