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#Paycheck
ゆゆゆゆ
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くるくると、ネオンの光を反射しながら落ちてくるそれを、
エリオットは目で追っていた。
パシ、と音を立ててチャンスの手のひらに収まる。
静寂。
「……どっち?」
エリオットが覗き込む。
チャンスはすぐには開かない。
ほんの少しだけ間を置いて――
ゆっくり、指を開いた。
――表。
「……決まりだな」
低く、静かな声。
「帰るってこと?」
「ああ」
一拍おいて。
「俺の家だ」
エリオットが、少しだけ目を細める。
「へぇ」
驚くでもなく、ただ興味深そうに。
「いいの?」
「今さら断る気か?」
「ううん」
小さく笑う。
「むしろ、楽しみ」
その言葉に、チャンスはほんの少しだけ視線を逸らした。
⸻
カジノを出ると、夜の空気はひんやりしていた。
さっきまでの熱気が嘘みたいに、静かで、落ち着いている。
二人並んで歩く。
さっきまでの賑やかさが消えて、
足音だけがやけに響く。
エリオットはふと、自分のスーツの袖を軽く引いた。
「なんか変な感じ」
「何が」
「こういうの」
少しだけ肩をすくめる。
「ちゃんとした服着て、カジノ行って、今から誰かの家行くとか」
「似合ってるけどな」
チャンスは何気なく言う。
「……スーツ」
エリオットがちらっと見る。
「ほんとに?」
「ああ」
短く答えて、前を向いたまま。
「いつもより厄介そうに見える」
「それ褒めてる?」
「半分な」
くすっと、エリオットが笑う。
少しの沈黙。
街灯の下を通るたびに、影が伸びて、重なる。
そのタイミングで――
チャンスがふと足を止めた。
「……エリオット」
「ん?」
呼ばれて振り返る。
その瞬間。
チャンスが一歩近づいた。
距離が、ゆっくり縮まる。
逃げるほどじゃない。
でも、少しだけ息が詰まる距離。
「手、出せ」
「え?」
「いいから」
言われるまま、エリオットが片手を差し出す。
チャンスはそれを取って――
指先ではなく、手首でもなく。
そっと、手の甲に触れる。
一瞬だけ視線が合う。
そのまま、軽く――キスを落とした。
静かな、ほんの触れるだけのキス。
でも、やけに温度が残る。
「……っ」
エリオットがわずかに息を止める。
チャンスは手を離さないまま、少しだけ口角を上げた。
「今夜は特別だ」
「なにそれ」
少し遅れて、エリオットが笑う。
「急にどうしたの」
「気分だ」
「嘘」
すぐに返す。
「こういうの、慣れてるでしょ」
チャンスは否定しない。
ただ、少しだけ目を細める。
「……そう見えるか?」
「見える」
「じゃあ訂正しとく」
もう一度、軽く手を持ち上げる。
今度はキスはしない。
けれど、その距離のまま囁く。
「“誰にでも”やるわけじゃねぇ」
一瞬の沈黙。
エリオットの表情が、少しだけ変わる。
からかうような笑みが、ほんの少しだけ緩む。
「……姫扱いってこと?」
「そうだな」
「似合う?」
「似合いすぎて困る」
即答。
エリオットは吹き出した。
「なにそれ」
でも、そのあと少しだけ視線を逸らす。
「……困るんだ」
小さく呟く。
チャンスは聞こえているのに、あえて返さない。
代わりに手を離して、また歩き出す。
「ほら、行くぞ」
「ん」
エリオットも一歩ついていく。
さっきより、少しだけ距離が近いまま。
ネオンのない道を抜けて、
二人の影が並んで伸びていく。
その先にあるのは、チャンスの家。
まだ何も起きていないのに、
何かが変わり始めている夜だった。