何故彼奴が選ばれたのだろう。
俺が選ばれると、少しだけ期待していた。俺は、確かにエトワール様の騎士ではなくなった。でも俺の心はずっとエトワール様にあったのだ。彼女の騎士からトワイライト様の騎士になった理由も、彼女を試したから。エトワール様の俺への愛を試したから。
だが、それがダメだった。間違いだった。
エトワール様は、苦しそうに俺がトワイライト様の騎士になることを認めた。否、彼女はトワイライト様の騎士になることを望んでいるように勧めてきたのだ。だが、結果はどうだったか。エトワール様は俺が自分を捨てたと言ってきた。確かにそう捉えられるかも知れない。だが、俺の事を愛してくれているのならば、思ってくれていたのであれば俺を引き止めたのではないかと。
理想を願望を、夢を抱きすぎていた。
結果、俺はエトワール様を傷つけて、彼女は俺から遠ざかっていった。近付かないでと一線引いて、俺は彼女に触れることすらできなくなった。
ああ、ダメだ、ダメだ、ダメだ。
俺が間違ったばかりに。エトワール様は。
だが、俺が彼女を捨てたというのであれば、エトワール様も俺を捨てたのではないかと。そうも考えるようになった。捨てられたことを認めたくないから、エトワール様のせいにして。俺は少し調子に乗っていたのかも知れない。
彼女に選ばれると、彼女は俺を必要としてくれていると。
思い込んでいた。
「リースを助けるために、力を貸して。アルベド」
皇太子殿下が混沌の力によって暴走し、それを止めるために皇宮に乗り込むと言い出したエトワール様。相変わらず無茶な人だと思いつつ、一人ではいかせられないと皆がエトワール様を注視した。その視線に気づいたのかエトワール様は、皇宮に乗り込む、殿下を助けるために力を貸して欲しいと、パートナーを選んだ。
それが、俺の一番憎い相手だった。
自分が選ばれると少しばかりの期待が見事打ち砕かれて、俺の目の前は真っ白になった。
前もそうだったが、エトワール様はアルベド・レイとどんな関係があるのか。何故彼を頼るのか、俺には到底理解できなかった。
光魔法を司る聖女であるエトワール様からしたら、闇魔法の家門でありブリリアント卿と並ぶほどの魔力を持つアルベド・レイ。彼女たちは対極で、反発し合う関係だった。少なくとも魔法の属性はだ。
だが、彼女はアルベド・レイを選んだ。
俺は選ばれなかった。選ばれたのは、俺が憎い相手。その事実が俺を苦しめた。
俺は、エトワール様に愛されていると思っていた。それは勘違いだと突きつけられたような気がして、俺は酷く混乱した。
それに、やはり光魔法の聖女である彼女がパートナーに闇魔法のアルベド・レイを選ぶなどあり得ないと思ったのか、少なからずアルベド・レイの素行の悪さやその他良くない噂を知っているからか、アルバがエトワール様に口を開く。
エトワール様は、それをするりとかわし彼女を説得していた。
確かに、エトワール様の言うことには一理ある。魔法が使えて、且つ、この暗闇の中でも魔法が使えるもの。その条件にアルベド・レイはぴったりと当てはまるのだ。
これ以上ないほど今回の騒動を収めるのに相性の良い相手……
それは、俺だって理解できた。だが。
話はトントン拍子で進んでいき、最後にエトワール様は俺の方を見た。冷たい瞳で。
「それで、アンタは何か言いたいの? グランツ」
瞳も、声も冷たかった。まるで、俺の視線が鬱陶しいとでも言うように。
「いえ、何も」
「じゃあ、そうやってじっと見ないで。穴が開く」
そう言って俺を睨みつけたエトワール様の目には俺なんかちっともうつっていなかった。かつて、俺を必要としてくれた優しい瞳はそこにはなかった。夕日の沈みきったようなオレンジ色の瞳に、俺は映っていない。
その事実もまた、俺を苦しめた。
どうにか、彼女を引き止めようと俺は口を開く。
「…………」
「エトワール様は、何故パートナーにアルベド・レイ公爵を選んだのですか?」
「だから、私が突っ走ってもカバーしてくれる……」
「それなら、俺でもアルバでも良いはずです。それに、魔法が必要であればブリリアント卿を頼れば良い」
「……」
「俺ではダメですか」
そう聞けば、言うと思ったとうんざりするようにエトワール様は首を振る。
「はあ……言うと思った」
「エトワール様」
「確かに、ブライトは魔法が使えるしリースを助けるためには魔法も必要になってくると思う。でも、光魔法の魔道士は今この状況で自分の力を名一杯発揮できるとは思わない。この暗闇で、威力は凄く落ちてしまう。差別をするわけじゃないし、あれだけど、そういう面でもアルベドは適任だと思ったの」
「魔法が使えることはそんなに重要なのですか?」
「そういうわけじゃない……けど」
エトワール様の言いたいことは分かる、理解している。それでも、俺は。
(俺が魔法を使えれば変わった?魔法が使えれば、また俺を必要としてくれる?)
無い物ねだりだった。
俺の持っている魔法と言えば、魔法を斬ることのできる魔法。これは、魔法攻撃にしか意味がなく、混沌が作り出した闇には太刀打ちできなかった。あれは、魔法ではなかったから。
そうしている内に、エトワール様は他の皆を励まし、アルベド・レイをつれ、天幕を出て行く。最後、彼女が吐き捨てた言葉を聞いて俺の身体は凍りついた。
「良いのよ。私の騎士じゃないし」
ああ、ああ、そうか。
「……もし、俺に魔力があれば。彼奴らさえいなければ、エトワール様は俺だけを見てくれる?」
そう呟いた声は、雨に消された。
エトワール様が去ってからも雨は止むことなく、ソワソワとしていたトワイライト様は天幕を抜け出していってしまうなどよからぬアクシデントが起きた。いや、俺にしてみればトワイライト様がそのまま消えてくれればとも思ってしまっていた。彼女を守る理由は、エトワール様の大切な人だから。ただそれだけなのだ。
その理由がなければ、彼女に使える理由などない。
(彼女がいなくなったと知ったら、エトワール様は……)
悲しい顔をするだろうと、俺はトワイライト様を追うことにした。彼女は、そう遠くない皇宮に繋がる道に立っていた。そして、俺は衝撃のものを目にする。
「あれは、ブリリアント卿の……」
ブリリアント卿が先ほど説明していた弟の形をした混沌、ファウダーがそこにいた。
トワイライト様は、そのファウダーと話をしているようだった。俺は、気づかれないよう近づいたが、彼女がファウダーの手を取ったとき、彼女の周りの空気が一変した。おぞましい、負のオーラ、嫉妬や欲望などといったものが広がる。
これまはずいと、彼女に声をかければ、振返った彼女はいつもの慈愛に満ちた瞳ではなく、光を失った純白の瞳を俺に向けた。まるで、自分の目を見ているみたいだった。
俺は、自分の瞳が嫌いだ。
「グランツさん」
「トワイライト様、何処に行くつもりですか」
そう、俺が問えば、彼女はにこりと微笑んだ。
それがいっそ不気味に見えて、背筋がゾクッとした。
「トワイライト様、その子供が混沌だって言うことは分かっているはずです。耳を貸してはいけません」
「グランツさんは、私がいない方が都合が良いでしょう?」
俺が、彼女の変化に驚いていると、トワイライト様は小さな口をゆっくりと開いて微笑む。
俺の言葉など届いていないように見える。
そうして、彼女が言い放った言葉に俺は固まるしかなかった。
都合が良い、と。
俺は、理解できないというように首を傾げるが、実際分かっていた。彼女の言いたいこと、見透かしたような目で見て。
「グランツさん、私を見逃してください」
と、彼女は言うのだ。
俺は、その言葉に息を飲んだ。
「……俺は、トワイライト様の騎士で」
「でも、私がいなくなればグランツさんは、お姉様の騎士に戻れるんじゃないでしょうか。貴方は、元々それを望んでいたのでしょ?」
彼女はクスクスと笑っていた。
図星だった。何故分かったのかと、顔には出ていなかったはずだ。確かに、彼女とは距離があったが彼女はそれを見逃してくれていると思っていた。気づかないフリをしているのか、俺の事などどうでもよかったのか。
だが、面と向かってそれを言われ、俺は開いた口が塞がらなかった。
俺が望んでいること。
俺が黙っていれば、もう一度とトワイライト様は口にする。
「なので、見逃してください。グランツさん。別に、私は貴方に守って貰えなくても結構ですから」
そう言って、俺に背を向けた。
俺が引き止めなかったのは、彼女の提案が俺の望んだものだったから、彼女の胃通り、都合の良いものだったから。
混沌の手を取って転移魔法で消えていくトワイライト様を俺はただただ見つめていた。引き止めようとも、彼女が消えたらエトワール様が悲しむだろうと言うことも、全て頭から消えていた。
彼女が消えれば、彼女の言ったとおり、俺はエトワール様の騎士に戻れるのではないかと。
少しでも思ってしまったからだ。
彼女が完全に見えなくなり、俺はふと顔を上げた。雨は止んでおり朝日が昇ろうとしていた。朝焼けの光が俺を照らす。全く、俺の心情とあっていない光は俺の目に鬱陶しく映る。
ああ、でもこれで――――
そう思い、俺は、彼女を引き止めたが混沌に阻まれ主を救えなかった騎士を演じるべく天幕に戻った。天幕に戻れば既にエトワール様や殿下、アルベド・レイが帰ってきており、皆エトワール様の無事を喜んでいるようだった。俺も一言無事だったんですね。と声をかけたかった。だが、それを飲み込んで俺はエトワール様に近づく。
エトワール様は俺に気がつくと、フワッと笑った気がした。その笑顔に勘違いしてしまいそうになる。
「ぐら……」
「――――トワイライト様が攫われました」
そう告げてやれば、幸せそうだった彼女の顔が一気に青ざめる。どういうことかと、俺に問い詰めるべく歩いてくるがその途中で彼女は倒れてしまった。
攫われたことがショックなのか、それとも疲労のためか。どちらかは分からなかったが、まずは彼女に休んで欲しいと思う。そうして、ゆっくり経緯を説明しようと思った。
俺は、倒れたエトワール様を心配しつつ、これからまた彼女の隣に立てるのではないかと淡い期待を抱いていた。
――――
――――――――
「グランツさん」
三日経っても目を覚まさないエトワール様に、俺は心臓が止るぐらい驚いた。
まさか、エトワール様が目を覚ますなんて思ってもなかった。聖女殿のエトワール様の部屋の前で落ち着かず歩いていると、ブリリアント卿が歩いてくるのが見えた。俺を見つけると、背筋を伸ばし、アメジストの瞳を俺に向けていた。ただの護衛にそれも平民の騎士にそこまで気を遣うのかと、やはり貴族というものは分からないと思った。
貴族は気にくわない奴らばかりだと。
「エトワール様、大分よくなったみたいですよ」
「そう、ですか……」
「中には入られていないのですか?」
と、ブリリアント卿は俺に尋ねた。
俺は、入る権利も無いと首を横に振る。
ブリリアント卿はそうですか。といいつつエトワール様が眠る部屋の扉を見つめていた。そして、何かを決意したようにこちらを向いた。
その表情はとても真剣で、思わず俺は身構えてしまう。何を言われるのかと緊張していると、彼はゆっくりと口を開いた。
だが、彼の口から出てきた言葉は全く予想していないもので、俺は一瞬思考を停止させた。
「それはそうと、グランツさん。トワイライト様が攫われたという話、貴方、嘘をついていますよね」
そう、ブリリアント卿は言ったのだ。
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