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「ありませんよ、霊感なんて。でも何も知らずに暮らすのと、知ってしまってからそこで生活するのでは違いますよね。それじゃあ四六時中、心が安らがないんですよ」
「……どういう意味だよ、それは」
どうやら白極さんが私の隠しきれていない本音に気付いた様子。方眉を吊り上げて口の端をヒクつかせる白極さんと、私の荷物に寄り掛かり背中を震わせている永美さん。
「そのままの意味ですよ?」
「……絶対この部屋に住まわせてやる。それだけ図太い神経してるんだ、霊だって遠慮して出てこないかもしれないだろ?」
図太さを白極さんに指摘されたくない、少なくとも貴方ほど我が道を行く人は私も初めて出会いましたし。
「ああ……だから家主の部屋ではなく、こちらの部屋に出るんでしょうね。最近の霊は人を選んで出るほど謙虚なんですね」
「ぶはっ……!」
耐えきれないと言わんばかりに永美さんは吹き出した。どうやら永美さんは笑い上戸だったようで、その場で笑い転げて終いには白極さんにグーで殴られてしまっていた。
「そうだな、凪弦も今夜は霊に謙虚さを習ってくるといい。他に上司に対する正しい態度もな」
「その言葉、そのままそっくりお返ししますよ。何なら部屋ごと交換して差し上げましょうか?」
私と白極さんの間では火花が飛び散り、永美さんは「ヒーヒー」とお腹を抱えて笑っている。この生活は前途多難だわ。
「ああそうだな、ここに住みついている霊の方がお前よりよほど可愛げがありそうだ。凪弦のその小憎らしい性格も憑りついて貰えば少しは変わるかもしれないな」
「……しつこい男はモテませんよ?」
いつまでもネチネチと、負けず嫌いな人だと思う。普通はこんな小娘相手にここまでムキにならないんじゃないのかな? 白極さんっていったい何歳なんだろう、見た目は若そうに見えるんだけどこの人が社長なんだよね?
「馬鹿言え、俺程の容姿があれば多少モテない要素も必要になるんだよ。でなきゃ他の男に日が当たらないだろうが」
……へえ、そうですか。そこまで自分の容姿に自信があって羨ましいですよ。確かに白極さんは容姿だけならば極上ですけれどね。
「私はごめんですけどね、白極さんなんて」
「心配するな、俺だって凪弦なんかを相手にするつもりはない」
はいはい、それで結構ですよ。むしろここで漫画みたいに社長に気に入られて~なんて方がよっぽど迷惑ですし。白極さんに背を向けると、ずっと笑いながら様子を見ていた永美さんにお願いしてみる。
「部屋、他にも空いてますよね? 私にも安らげる時間は必要だと思いませんか、永美さん」
「あ、あー。そのえっと……」
困ったようにチラチラと白極さんの顔色を確認する永美さん。優しそうな永美さんなら白極さんに頼んでくれるかもと思ったんだけど……
「その……樹生様。やはり凪弦様は若い女性ですし、他の空いている部屋を使っていただいても良いのではないかと……」
やはり永美さんでは白極さんに言いたいことをハッキリと言う事は出来ないみたい。
白極さんにギロリと睨まれ首を竦めるような仕草をする永美さんは、まさに蛇に睨まれた蛙。それか暴君に脅されている使用人だと言ってもいい気がする。ええと、永美さんは使用人ではなく執事だったかもしれないが。
「俺はどっちでもいいんだぜ? 凪弦の代わりに永美がこの部屋に住んでも面白そうだしな」
私達を見てクッと嫌な笑みを浮かべる白極さんに、永美さんは慌てて首を振る。
「私は、もう経験者ですので。ここは全く霊感の無い凪弦様にお任せします」
うわあ、あっさり私を売るんですね永美さんは。確かに霊感が無いとは言ったけれど全くまでつけて強調する必要はないんじゃないですか?
「霊感、ねえ? 永美はお前を見捨てたぞ、どうする下僕」
本当に性格悪い、貴方がそうなるように仕向けたくせに。なんだかんだで結局、白極さんの思い通りになっていくのが心底面白くない。
「いいですよ、私がここで! 永美さんに泣きつかれたらどうせ代わるしかなくなりますしね」
「凪弦様、何かあれば私が助けに参りますからね?」
目をウルウルとさせた永美さんが、私の手を握り何度も頭を下げてみせる。今さっき速攻で裏切っておいて、何を言うのか。この人の優しい言葉は全くあてにならないと、永美さんに出会って一日目で学習できた気がする。
だけど、今までのやり取りで引っかかることが一つ。白極さんはどっちでもいいと言ったし、永美さんは経験者だと……つまり。
「あの、永美さんもここに一緒に住んでいらっしゃるんですか?」
てっきり私と白極さんの二人きりかと緊張してしまっていたけれど、永美さんも一緒なのなら少しは気が楽になるかもしれない。残念なのは彼があまり頼りにならなそうなところだが。
「いいえ、私達は隣の事務所の一室をお借りしています。樹生様の仕事が深夜の場合もありますし、あちらの方が何かと都合が良いんですよ」
「……隣が、白極さんの事務所なんですか?」
確かにこの階には扉が二つだった。こんな広い部屋が一つでも恐ろしい額だと私でも分かるのに、その隣もだなんて。凄いのは白極さんなのか、それとも彼の話したがらない実家……?
「ええ、ですがそう緊張することはありませんよ。樹生様がご自分でスカウトされた方々と少人数でやっている会社ですから」
それって、凄く仕事の出来る人たちって事ですよね? だってこの白極さんのお眼鏡にかなったのでしょうから。でも、私が白極さんから認められたのって……根性だった気がする。
「それって、全然大丈夫な気がしませんが……」
「心配いりませんよ、仕事の事なら私もお手伝い出来ますし。さあ、荷物を片付けていきましょう」
私がこの部屋に住む事を納得したことに永美さんは心底ホッとしたようで、勝手に荷物を整理しだす。でも仕事の事なら本当に頼っても大丈夫そうだし、その言葉を素直に受け取る事にしたのだった。