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 最低限の物しか残さなかったので荷物の整理はすぐに終わり、白極はくごくさんと永美ながみさんは仕事に戻ると言って部屋を出て行った。疲れたでしょうからゆっくり休んでてくださいと、永美さんは優しい言葉をかけてくれたのだけど。

 一人残されても何もない部屋ではすることもなく、キョロキョロと部屋の中を見回してみる。四畳半ほどの広さの部屋の壁には小さなクローゼットと、鍵のかけられた扉が一つ。


 立ち上がりじっと扉の鍵穴を見つめてみる。さっき永美さんのこの扉がなんなのか問い詰めたが、笑って誤魔化された。白極さんの方が「さあ、俺に聞け」と言わんばかりの顔をしていたから、あえて無視しておいた。

 何度かドアノブを回してもガチャガチャと音がするだけで開くわけもなく……


「まあ、いっか……」


 大きな窓から見える空はもう茜色に染まっている。慌ただしい一日を過ごした疲れが一気に襲ってくる気がして、一度シャワーを借りて汗を流すとそのままフラフラとベッドに横になった。

 下僕に用意されたとは思えないフカフカのベッドに身体を沈めれば、すぐに眠気が襲ってきた。


「少しだけ、白極さんが帰ってくるまで……」


 そう言って瞼を閉じれば、羊を数える暇もないほどの速さで私の意識は深い場所へと落ちていった。


「ああ、やはり眠ってしまわれたようですね。きっととても疲れたんでしょう、樹生たつき様に散々振り回されて」


 ……んん? すぐ近くで誰かの話し声が聞こえる。この声の主は誰だったっけ、上手く思い出せない。


「体力ないんじゃないか、コイツ。せっかくもう少し遊んでやろうと思って早く仕事を切り上げてやったのに」


 ああ、この意地の悪そうな声の主は白極はくごくさんに違いない。じゃあさっきのは永美ながみさんの声だったんでしょうね。二人が帰って来たのなら起きなきゃと思うのに、瞼は一向に開かず意識は海面を漂うかのようにフワフワしているまま。


「そういう事ばかりするから、貴方の秘書は長続きしないんでしょうが。そうやって凪弦なつる様から逃げられても私は知りませんよ?」


 そうよ、そうよ! もっと言ってやってよ、永美さん。夢の中で永美さんを全力で応援させてもらう。


「逃げられないための奴隷契約、だろ? 凪弦は契約放棄して、俺から逃げ出せるような人間じゃない」

「彼女を騙すような形で書かせた契約書でしょう? そこまで樹生様が気に入るなんて珍しいですね」


 ……気に入った? 白極さんが私の事を……いや、これも夢だろうから気にしないことにしよう。


「……別に使いやすそうな奴隷だと思っただけだ。お前は変な想像をしてないで晩飯でも作ってろ」

「はいはい。でもどうするんです? 凪弦様の事、アイツは絶対認めないと思いますよ」


 食事を作るためだろう、二人の話し声と足跡が遠ざかっていく。


「知るかよ、それはお前がどうにか————」


 バタンとドアが閉められる音がして、二人の会話は聞こえなくなった。部屋が静かになると、私の意識はゆっくりと沈んでいきさっきの会話などすぐに忘れてしまったのだった。


 ヒタヒタヒタヒタ……ヒタヒタヒタヒタ……


 暗く静かな部屋の中、どこからともなく聞こえてきた足音でゆっくりと意識が戻ってくる。重たい瞼を少しずつ開けばそこは真っ暗闇、どうやら深夜まで眠ってしまったみたいだ。

 ……それにしても、だ。


 ヒタヒタヒタヒタ……ヒタヒタヒタヒタ……


 まさかこれが永美ながみさん達の言っていた霊とやらの音だったりするの? だとすれば随分な手抜きの演出だと思う、この程度の事で私をビビらせようだなんて。

 随分舐められたもんね、私だってだてに曰く付きボロアパートに何年も住んでたわけじゃありませんよ。

 どうせならこっちから驚かせてやろうじゃない、わざと怖がるような素振りで毛布にくるまってみせる。こんな悪戯をするのは白極はくごくさんに決まっているのだから、私から仕返ししても構わないはず。

 そう思って、そのタイミングを見計らっていると……


 ギッ……


 此方へと近付いてきた相手が、ゆっくりとベッドに上ってくる気配を感じる。それにしても、こんな深夜に女性が眠るベットに侵入しようだなんていい度胸じゃないですか? いくら白極さんが私を女としてみていなくてもやっていい事と悪い事があるって教えてあげますよ。


 息を潜めてギリギリまで相手を誘き寄せて、毛布を剥ぎ取ろうとした瞬間にガバリと勢いよく上半身を起こした。


暴君社長と私のほろ苦・蜜恋同棲

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