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仙崎ひとみ/九龍
紙吹みつ葉
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余りにも心臓が高鳴るので、彩に聞こえないかと拓馬は心配になった。背中を向けた拓馬の体に、彩が自分の体を密着させる。
拓馬の背中に風呂上がりの彩の体温がじんわりと伝わってくる。拓馬は我慢がならず、体の向きを変えた。
「彩さん」
「拓ちゃん……」
頬を紅くして艶めかしい女の表情を浮かべた彩を見て、拓馬の興奮は更に高まる。
「彩さん……」
「拓ちゃん、大好き……」
「大好き……」
彩の「好き」と言う言葉を聞いた瞬間、拓馬は違和感を覚えた。急に現実へと引き戻された感じだ。
――彩さんは俺のどこが好きなんだろう? そもそも彩さんが好きな俺は、俺なのか? 俺はこのまま欲望に任せて彩さんを抱いて良いのだろうか?
「彩さん、俺の事が好きなの?」
「うん、大好きだよ」
突然真顔になった拓馬に驚いたが、彩は素直にそう答えた。だが、彩の大好きと言う言葉は拓馬の心に響かなかった。素直に彩の言葉を受け取れない自分が拓馬は悲しかった。
「ごめん……俺は彩さんを抱く事が出来ないよ……」
泣きそうな声で拓馬は言う。自分の気持ちに蓋をして、欲望のままに彩を抱きたかった。でも、どうしても、拓馬は彩の体だけでなく心も欲しかった。
「えっ……」
「今の俺は大人の俺ほど彩さんを愛せていない……そして彩さんが好きなのも、きっと大人の俺なんだよ……」
彩は拓馬を心配そうな表情で黙って見ている。
「俺も彩さんが好きです。美人だし、可愛いし、笑顔を見ると癒されるし、お姉さんみたいに優しいし、料理も上手だし、そんな彩さんが凄く好きです。でもその気持ちは……その気持ちは、きっと大人の俺が持っていた気持ちとは違い、急に目の前に現れた綺麗なお姉さんが自分に好意を持っていてくれて、そんな状況に舞い上がってるだけで、浮ついた気持ちで……」
拓馬は気持ちが高ぶって涙が出てきた。
「彩さんは俺を見て好きって言ってくれる。優しく抱き締めてくれる。今だってこうしてすぐそばに居てくれる。抱きしめたい。折れるくらいに抱き締めたい。でも、今の気持ちで抱いたら汚してしまいそうで……彩さんを性欲だけで汚してしまいそうで辛いんだよ」
とうとう泣き出してしまった拓馬を彩は優しく抱き締める。
「ごめんね。苦しめてごめんね。私、急ぎ過ぎたね……」
彩も拓馬を抱き締めながら泣き出す。
「拓ちゃんが大好き。心が高校生でも大人でも、いつも一生懸命で優しい拓ちゃんが私は好きなんだよ。だから悲しまないで、あなたは私の好きな拓ちゃんなんだから……」
「彩さん……」
二人は固く抱き合った。
「ごめん、今は無理だ。彩さんの事が好きになったから余計にこれ以上は……」
「うん……」
二人はその夜、キスすらする事が無かったが、仲良く手を繋いで眠りについた。
「おはよう、拓ちゃん」
拓馬は頬に何かの感触を感じて目が覚めた。寝惚け眼で見ると、すでに部屋着に着替えた彩の笑顔がすぐそこにある。
「おはよう、彩さん……」
「おはよう。もう朝ご飯の用意が出来たから食べよう」
「あ、彩さん」
「うんっ?」
拓馬は寝室を出て行こうとする彩を呼び止めた。
「あの……大人の俺と彩さんが付き合っていた時の事を教えて欲しいんです。俺は絶対に記憶を取り戻します。もしそれが出来なくても、大人の俺以上に彩さんを愛せるように頑張ります」
拓馬は大人の自分に対する劣等感と向かい合う決意をした。彩は拓馬の言葉をキョトンとした顔で聞いていたが、すぐに笑顔になる。
「うん、それでこそ拓ちゃんよ」
こうして、彩と高校生の心を持つ拓馬との同棲生活が始まった。