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先生:「はい、進路希望調査票、まだ出してない人は明日までなー!」
担任の先生の声が、無造作に教室に響く。
プリントを手にした瞬間、駿佑の心がざわついた。
【第一希望: 】
【その理由: 】
空白を埋める、それだけのことがこんなにも重たいなんて。
駿佑:(何書いたらええんやろ……俺には“夢”も“目標”も、ない)
休み時間。
周りのクラスメイトたちは楽しそうに話していた。
男子生徒:「俺、体育教師になりたいねん」
女子生徒:「私は看護師かな〜。お母さんがそうやったし」
男子生徒:「え、駿佑は? モデル?俳優とか?」
ふいに振られて、駿佑は曖昧に笑ってごまかす。
駿佑:「あー……うーん、まぁ、まだ考え中」
駿佑:(“顔がいいから俳優”って……俺には“それ”しか期待されてへんのか)
夕方。
帰宅した駿佑は、リビングにいる丈一郎の隣に腰を下ろした。
丈一郎:「進路、悩むよなぁ」
駿佑:「……丈くんは、なんか決まってんの?」
丈一郎:「うーん。俺は福祉の専門行こうかなって。施設で育ててもろたし、誰かの“居場所”になれる仕事したいなって思っててん」
駿佑の胸がズキッと痛んだ。
駿佑:(丈くんは……“人のために”ってちゃんと理由がある。俺は……)
丈一郎:「みっちーは?」
駿佑:「……俺は、まだ。特に“これ”ってもんもなくてさ」
丈一郎:「そっか。でも、“まだ”ってことは、これから見つかるってことやろ。焦らんでもええよ」
丈一郎の言葉は優しくて、苦しかった。
“見つかる”って保証が、どこにもないから。
夜、自室に戻って日記帳を開く。
「“やりたいこと”がある人間が羨ましい」
「俺は何者になりたいんやろ」
「このまま“顔だけのやつ”って思われたまま終わるんやろか」
その瞬間、ドアがノックされた。
謙杜:「みっち〜、起きてる?」
入ってきたのは、長尾謙杜だった。
謙杜:「なんか、顔に書いてあるで。“俺、悩んでます”って」
駿佑:「……うっさいな。別に、なんもないって」
謙杜:「じゃあその日記帳は? 隠してもムダやし〜」
駿佑:「……もう、見んなって」
謙杜は遠慮なく部屋に入り込み、隣に座った。
謙杜:「進路、悩んでるんやろ?」
駿佑:「……うん。ってか、悩むってレベルやない。俺、“何にもない”んよ」
謙杜:「何にも、って?」
駿佑:「大吾くんは頭いいし、丈くんは優しいし、大橋くんは人の心わかるし……りゅちぇも恭平も長尾も、“自分らしさ”持ってるやん。俺だけが、“これ”ってもんがなくて。“顔がいい”なんて、俺の意思と関係ないし。でもそれで期待されて、それしかなくて……怖いねん、空っぽの自分が」
謙杜は黙って聞いていたが、そっと言った。
謙杜:「みっちー。俺、この前死のうとしたで?」
駿佑:「……知ってる」
謙杜:「そのとき思ったんよ。“何者でもなくてええやん”って。“今ここにいてくれるだけで、意味がある”って、みんなが言うてくれて、初めて気づいた。駿佑にも、そう思ってる人いっぱいおる。俺もそう。“顔だけ”って、誰が言うたん? 自分が勝手に決めつけてただけちゃう?」
駿佑:「……長尾」
謙杜:「駿佑が空っぽやとしても、その“空っぽ”にちゃんと光、入れていけると思う。な? 一緒に探そうや、“みっちーらしいもの”」
沈黙のあと、駿佑はぽつりと呟いた。
駿佑:「……俺な、誰かの“心を動かせるような人”になりたいかも」
謙杜が笑った。
謙杜:「ほらな? あるやん、最初の一歩」