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『ヨウコソ、貴方の世界へ』
ボーカロイドのような感情のない声が、鬱蒼とした森に静かに響く。
遥か彼方の本島には届くことなく。
誰にも聞かれることも無く、静かに消えていった──。
私の名前はめあ。佐海明亞。
日本で生まれて日本で育ち、1度も日本から出たことは無い。
だから、
「ここも日本に違いない!……よね?」
見渡して見えるのは木、木、木、草、木、草。
建物、なし。人影、なし。
耳をすまして聞こえてくるのは水音と風に揺れる木々の音。
虫の羽音、なし。動物の鳴き声、なし。
この場所に関する記憶、なし。
「改めて考えたら、絶望的過ぎない?」
周囲には人の気配どころか生き物の気配すらない。
そもそもこの場所に至るまでの記憶が無い。
これを絶望と言わずしてなんというのか。
「まぁ、分からないことをいつまでも考えててもしょうがないよね。食料とか、水はあるかな?」
自分で言うのもなんだが、自分はちょっとやそっとじゃ絶望しない。
しない自信がある。
つまりポジティブなのだ。
ついでにものすごく夢見がちな自覚もある。
今だって、この島にはなにか素晴らしい秘密や、お宝が眠っていると思ってる。
そしてきっと、それに関与する人が私をこの島に連れてきたんだ。
周囲の状態からすると私を絶望させたかったのだろう。だか甘い。
「どこの誰の仕業か知らないけど、私はこのくらいで絶望なんてしてあげないからね!」
そう言って自分に喝を入れた時、背後で枝を踏んだような音がした。
もしかすると自分と同じように迷い込んだ子がいるのかもしれない。
もしくはこの島の住人か。
何れにせよ、話をして損は無い。なら、
「話す以外の選択肢はないよね!あのー!!」
遠くにいると思って大声で呼び掛けながら振り向くと、すぐ後ろにいて驚いた。
すぐ後ろに立っていたのは、シワひとつ無いスーツに身を包み、眼鏡をかけた20代前後の優しそうな男性。
服装からすると、島の住人では無さそうだ。
「あの、私佐海っていうんですけど、貴方は?」
「……」
「今って、何時か分かりますか?あ、そもそも今日何日なんだろ?」
「……」
「あ、この島ってどこなんですかね?」
「……」
「え、えーと……」
男の人は何も言わず、ただニコニコして立っている。
何を考えているのか分からない。
(どうしたらいいのかな……?)
「重量物質ヲ確認。排除シまス」
機械のような声が響いたと思った直後、
「え?」
私の右腕が、肘から吹き飛んでいた。
「あ、ああああああああ?!」
今まで1度も味わったことの無い痛みに思考が白熱する。痛い、痛い、痛い、いたい、いたい、いたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ……!!
「た、たす、ケ……!」
目の前の人物に本能的に助けを求める。
だが気づいた。
その人物の手に、血の着いた鉈が握られていることに。
そして、そのままゆっくりとそれを持ち上げ、
「ひっ?!」
私のすぐ脇に振り下ろした。
頬を掠めて横で結っていた髪の束が落ちる。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!!」
危険だ。この人は危ない。逃げなければ。
「あうっ?!」
足がもつれて転けてしまった。
震えていて立つこともままならない。
それでも、死に対する恐怖から無理やり体を動かす。
何とか立ち上がって男と距離をとる。
走るとは程遠いほど遅かったけど、何とか逃げることが出来た。
男は、追ってこなかった。
「はっ、はっ、はっ……。こ、ここまで来たら、大丈夫、かな」
振り返っても男の姿はない。
どうやら追う気はないようだ。
「なんなの、これ……」
突然わけも分からない島にいて、わけも分からない男に腕を切り落とされて。
「あ、そうだ、止血……」
今も血の流れる腕に服をちぎった布切れを当てる。
そ れから、きつく縛る。
止血なんてやったことないからドラマとか映画の見よう見まねだけど、こんな感じでいいはず。
どうして私がこんな目にあってるのだろう。
腕はずっと痛みを訴えてくる。
脳を焼くような痛みを。
来た時は真上にあった太陽も、少しづつ傾いてきて気温が下がってきた。
ただでさえ血を失って体温が下がっているのに。
寒い。
「なんなのこれ……助け、来るよね?」
発した声は、思いのほか震えて、掠れていた。
寒さからか、もしくは恐怖からか。
初めは、人が住んでいるか、すぐに助けが来てくれると思っていた。
でも、あんな頭のおかしい男がいる島に人が住んでいるとは思えない。
「うぅ……お父さん、お母さん……ぐすっ」
絶望。あまりに絶望的。
命を脅かす存在に、場所も分からない島、あての無い助け。
これを、これこそ絶望と言わずしてなんと言うのか。
普段なら「これくらい」と笑い飛ばしていたかもしれない。
でも、無理だ。
顔が強ばって笑顔も作れない。
足はまだ震えていて、歩くこともままならない。
今あの男にあったらもう逃げられないだろう。
あ、待ってこれフラグっぽくない?
──パキ──
「ひっ?!」
枝を踏む音に踊ろうて声を上げかけて慌てて口を塞いだ。
もし今の音を鳴らしたのがあの男だとしたら、命取りになりかねないと思ったからだ。
左斜め後ろで歩き回るような音がしている。
そっと草のかげからのぞいてみると、案の定そこにはあの男がいた。
身を低くして、音を立てないよう細心の注意をはらいながら草の長い、身を隠せる場所に移動する。
心臓の音がうるさい。
まるで心臓が耳元まで移動してきたみたいだ。
早く、早くどこかへ行って……!
ほんの少しの短い時間が、永遠のように感じられた。
突然、響いていた足音が止まった。
目だけを動かして男を探す。
男は、遠くの方に背を向けてたっていた。
こちらに気づく様子はない。
逃げるなら今だ、直感的にそう思って足元に視線を落とした。
「きゃあ?!」
すぐそばに蛇がいた。
舌を出して、威嚇しながら近づいてくる。
毒があったらどうしようと、思わず立ち上がって後ずさった。
「重量物質を確認。排除シまス」
まずい。
つい驚いて男の存在を忘れて立ち上がってしまった。
逃げないと、死ぬ。
さっきのことからそう判断して走った。
足の震えはいつの間にか止まっている。
大丈夫、逃げれる!
さっきも追いかけてこなかったし、きっと追うつもりは無いんだ!
今のうちにできるだけ遠くに!
いっそ海岸まで行ってしまえば──
「は……?」
目の前に男がたっていた。
初めにあった時と同じ、全く同じ笑顔で。
次の瞬間、視界いっぱいに地面が映っていた。
地面にうつ伏せになっている……?
なんで?何があったの?逃げないと、早く。
なんで、足が、動かない?
立とうとすると体が右に傾く。
右足は何をしている?
右足を見る。
付け根、腿、膝……そこで、終わっている。
膝から下が、ちぎれていた。
「ひ、あ、あああああぁぁぁ?!」
熱い。
痛み通り越す痛みに、傷を焼かれているのかと錯覚する。
いたい、いたい、いたい。どうして私がこんな目に遭わないといけないの?
「まだ、分からないんですか?」
その時、初めて男が声を発した。
機械音じゃなくて、感情のある人の声。
男性にしては少し高めな声。
「あなたは、彼女の遺体を見たでしょう?あなたが、毎日学校で『遊んで』あげていた彼女の」
男が言う彼女が誰を指しているのか、直ぐに思い当たった。
彼女、それは私とその多数人の女子でいじめていた、橋田琉衣のことを指しているのだと。
「琉〜衣っ!今日も『遊ぼう』?」
私は数人の友人と共に琉衣をいじめていた。
それを『遊び』と称して。
その内容は至ってシンプル。
「その前に、これ、運んでおいてね〜」
「あ、じゃあ私のもヨロシク☆」
「あたしとゆかちーの分も〜!」
「だってさ。落とさないでね?w」
こんな風に、荷物を大量に運ばせたり、
「今日のお弁当美味しそうじゃ〜ん、もっと美味しくしてあげようか?」
「は〜い、粉チーズ入りま〜すw」
「いや、これ粉チーズじゃなくてチョークの粉だしwあ、手が滑っちゃった♡」
弁当に粉チーズと言ってチョークの粉をかけたり、
「バスケしようよ琉衣!ほら、パス!」
「私もやる!は〜い、パ〜ス!」
「ちゃんと取ってよ、ほらほらパス!あははっ!」
バスケをするふりをしてボールをなげつけたり。
とにかく典型的ないじめをしていた。
幸いにもというか不幸にもというか、先生や周りの生徒は何も言わなかった。
そんな『遊び』基いじめが1ヶ月続いた頃、学校からの帰り道で琉衣が言った。
「どうしてこんなことをするの?あなた達は、私になにか恨みでもあるの?」
正直ガッカリした。
もっと、「やめてよ」とか、「助けて」とか、いじめられっ子らしいことを言うと思ったのに。
泣いて助けを請うと思ったのに。
「別に?恨みなんてないよ。ただ、あんたと、あんたで『遊ぶ』のが楽しいからやってるだけ」
これは本音だった。
本当にただ楽しみのためにこれをやってるだけ。特に面白みもない学校生活のストレスのはけ口に琉衣を使っているだけ。
「だから、これが面白くなくなるまで辞めるつもりは無かったんだけどさぁ……今ので飽きちゃった。もう琉衣いらなーい」
そう言って琉衣の肩を軽く押した。
ほんの少し、足が半歩後ろに下がるくらいの力を込めて。
直後、けたたましい音を立ててトラックが突っ込んできた。
私たち、否、半歩下がった琉衣目掛けて。
それが、私たちが見た琉衣の最後だった。
「あ……足と腕……」
トラックに撥ねられた琉衣の遺体で、ぐちゃぐちゃに潰れて形も残らなかった部分。
「そう、やっとわかったみたね」
男のものじゃない、機械音でもない、聞いたことの無い声が響いた。
いや、聞いたことはある。
確か体育祭とか、文化祭とかでお母さんがとってくれたビデオ。
テンションの違いはあれどその声は紛れもなく自分の声で。
そんなわけが無い。
だって自分はここにいるのだ。
きっと声が似ているだけの他人なだけなんだ。
振り向くとそこにたっていたのは、間違えようもない、自分だった。
顔も、身長も、体格も。
寸分たがわず、自分と同じ姿をした自分が、そこに立っていた。
どうして自分の前に自分がいるのか。
「ここは精神世界だもの。言わばあなたはの頭の中の話。私がもうひとりいても不思議じゃないでしょ」
私の心を読んだのか、もう1人の私が答える。
精神世界?頭の中?
何を言ってるのかまるで分からない。
「聞いたまま、実態の無い虚構の世界よ。時間も、季節も、人も、生も、死もない。それだけ怪我をして血を流してもあなたが死なないのが証拠よ。ほら、もう血も止まってる。そうじゃないと、そんな適当な止血で血が止まるわけないでしょう?」
そう指をさされて初めて気付いた。
足と腕の血は止まり、痛みもない。
どうやら本当のことのようだ。
信じ難いけど、信じる他ない。
「だったら……どうしてこんなことするのよ!死なないんだったら意味無いでしょ?!」
「腕、足。琉衣が無くした部分をなくしてどう感じた?命を脅かされる恐怖を、極限まで張りつめた緊張、ストレス。それらを感じでどう思った?あなたは、私は、何を思った?」
しゃがんで、うつ伏せになっている私に目線の高さを合わせて聞いてくる。
どう思ったか?そんなの決まってる。
「ふざけないで、そう思ったよ!どう思ったか?知らないわよ!琉衣は偶然死んだの!あのトラックの運転手が居眠りしてたのが悪いんでしょう?!どうして私がこんな目に遭わなくちゃいけないわけ?!関係ないでしょう!そうよ、関係ない!私は悪くないわ!ふざけないで!!」
一気にまくしたてて息が切れた。
肩で息をしながらもう一人の自分を睨む。
もう一人の私は何も言わず立ち上がって静かに呟いた。
「そう。それなら本当に……意味がなかったみたいね」
それを聞いた直後、ずっと何も言わずたっていた男が動いた。
刀を大きく振りかぶって、
「あ」
視界が360度回転したと思ったら、ごとりと音を立てて──
私は地面に口付けをしていた。
「っ?!」
目が覚めると一番最初に見なれた天井が見えた。
淡いピンクの天井。
もう何年も見てきたそれは、紛れもなく自分の部屋。
淡いピンクや水色といったパステルカラーで揃えられた家具や小物。
見飽きたほど見てきたそれらにこれほど安堵したのはいつぶりだろうか。
「なんだ、夢か……」
直前までの光景が全て夢だったことにほっと息をついた。
夢と言うにはあまりにもリアルすぎた。
汗でもかいたのか、やけに喉が渇いている。
水を飲みに行こうと立ち上がろうとした。
立ち上がれない。
足が上手く動かない。
布団を捲って見る。
そこにあるはずの足がなかった。
痛みはない。
傷口を触ろうとして気づいた。
腕もない。
やはり痛みはない。
「夢、じゃ、なかったの……?」
「めあ」
たまらず呟いたら、後ろから名前を呼ばれた。
お母さんの声じゃない。
この声は、まさか──
「琉、衣?……ひっ?!」
そこにたっていたのは、血まみれで、手足がなく、残った手足は形も分からないほど変形し、首から上がありえない方向に曲がった恐ろしい姿の琉衣だった。
見ているだけで自身も痛くなってくるような悲惨な姿。
それなのに、琉衣は笑っている。
まるでこのときを待っていたと言わんばかりに。
「ね、めあ。今日も遊びましょう?ほら、いつもみたいに。早く」
そう言いながら琉衣はひしゃげた腕で私の腕を掴み、引っ張る。
強い。
片足では踏ん張ることの出来ない私の体をどんどん引いていく。
その方向は──
「や、やめて琉衣!謝るから!あんたをいじめたこと謝るから!お願い、離して!」
何も言わずどんどん歩いていく。
突き当たりの窓でようやく止まった。
「る、琉衣……?」
琉衣は窓を開けたかと思うと、いきなり私の体を外に放り出した。
でも、手は離さない。
私は琉衣の手を命綱代わりに宙ぶらりんになった。
私の部屋はマンションの9階。
万が一落ちることがあれば、死は免れない。
「え、ちょ、琉衣?!ちょっと、やめ、やめなさいよ!やめて!!」
しかもあろうことか、琉衣は腕を大きく振って私の体を左右に揺さぶり始めた。
少しずつ、少しずつ、振り幅が大きくなっていく。
「あはは、面白いね!ねぇ、めあ、どう?楽しい?私は楽しいよ」
琉衣は笑う。
心底楽しそうに、悪辣に。
死の足音が聞こえる。
「お願い、た、助けて……!」
その足音に耐えきれなくなり、助けを乞うた時、琉衣の顔が変わった。
「んー、本当は楽しんだら助けようと思ってたんだけどー」
琉衣は笑う。
その顔が、まるで以前の自分の顔のように見えた。
「今の言葉で飽きちゃった」
手が、離れる。
落ちる。
落ちていく。
真っ直ぐ下に、吸い込まれるように。
死ぬ?
死ぬの?
嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくないしにたくないしにたくないしにたく───。
───────────────。
『聞いた?9○△室の娘さん、亡くなったって』
『えぇ、飛び降りだったんでしょう?』
『いじめでなくなったご友人を追いかけたそうよ。可哀想にねぇ、どっちもまだ高校生なのに』
佐海明亞は自殺とされた。
外傷もなく、殺人らしき証拠が何も出てこなかったから。
事実、半分はそれで正しい。
ただそこに、人外の力が働いていただけで。
「これで、あなたの目的は果たされたというわけね」
もう1人の佐海明亞は、否、佐海明亞の良心の欠片の集まってできた虚像の女は背後に佇む男に声をかけた。
すると、テレビの砂嵐のように男の姿がぶれ、高校生ほどの女子に変わった。
橋田琉衣の姿に。
琉衣は嬉しそうに微笑みながら佐海の死体を見下ろしている。
全身がひしゃげて内蔵がとび出ていること以外は健康体の死体を。
もちろん両手足は揃っている。
落ちる前に彼女が見ていたのは全て幻影である。
「あなたは私に復讐をしたかった。それも、うんと残酷に。だから私に体がなくなり、極度のストレスに晒されるような幻影を見せた」
故に、彼女は自殺と判断された。
もし、あの時、
『腕、足。琉衣が無くした部分をなくしてどう感じた?命を脅かされる恐怖を、極限まで張りつめた緊張、ストレス。それらを感じでどう思った?あなたは、私は、何を思った?』
少しでも後悔する気持ちがあったなら、1度でも謝っていたのなら、結果は変わっていただろうに。
「本当に、無意味だったわ。憐れね」
彼女の良心は、砂のように、風にまみれて消えていった。