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「わっ!」
ビクッとしたものの、火はすぐに収まってホッとする。
涼さんは慣れた手つきで肉の焼き加減を確かめたあと、両手に持ったヘラみたいなターナーで肉を切り、器用に切り口の面が見えるようひっくり返す。
そしてあらかじめ用意してあった長方形のお皿に、綺麗にお肉を並べて盛った。
「すごーい……」
呆然と見ていた私は、ただ拍手をするしかできない。
「ちょっと格好付けてみた」
涼さんは悪戯っぽく言って白状したけれど、そんな姿すら格好いい。
(イケメンは何をやってもイケメンなんだな……)
私は妙な納得を得ながらお肉をテーブルに運んだ。
「実際のところ、フランベって何の意味があるんですか?」
「香り付けのためとか、少し焦がして香ばしくするとかかな。……まぁ、やらなくても構わないから、ほぼパフォーマンスのためと言ってもいいけど」
「クレープでもやりますよね。実際に食べた事はないけど、そういう演出があるのは知ってます」
「ふぅん? じゃあ、今度一緒にフランベをやってくれる店に行ってみようか」
涼さんの目がキランと輝き、私はうっかりおねだりしてしまった事に気づいて冷や汗を掻く。
そのあと、私たちは夜景を見下ろしながら、レストランに劣らない極上の夕ご飯を食べた。
料理はどれもプロ級に美味しく、涼さんが焼いてくれたお肉も絶品だ。
食べ終わって二人で食器を片づけたあと、涼さんが冷凍庫からアイスを出し、リビングで一緒に食べる事にした。
なお、彼の家にある食器は高価な物が多く、食洗機はあるけれどあまり使えない物も多いらしい。
「今日、このまま泊まっていかない? 明日、車で家まで送るよ」
濃厚な牛乳の味が美味しいミルクアイスを食べていた時、そんな事を言われたものだから、咳き込んでしまった。
「……と、突然ですね……」
「突然かな? 俺は結構、虎視眈々と狙っていたけど」
下心があると悪びれもなく言われると、かえって健全なお誘いに思えてしまう。
(高価な服を沢山買ってもらって、美味しい物もご馳走してもらって、何もしないで帰るのは卑怯だよね……)
考えていると、涼さんはクスッと笑って私の頭を撫でてきた。
「ずるい言い方をしたね。ごめん。散々買い物をして、ご飯も食べさせたら、恵ちゃんが負い目に思うのは当たり前だ。……でも恋人にする当たり前の事をしただけだから、気にしないでほしい。……いま考えてほしいのは、恵ちゃんが俺の家に泊まりたいか、泊まりたくないかっていう、シンプルな質問の答え。……どうかな?」
こういう時でも、涼さんは恩着せがましい事を言わない。
私の知っている男なら、高価な贈り物をして美味しいご飯を食べさせたなら、当たり前という顔で『抱かせてよ』と言っていたものだ。
私自身、そうなる事を避けるために贈り物をされるのを避けていたけれど、朱里ではない友達からはよくその手の話を聞いていた。
(やっぱり優しいな)
彼の気持ちは分かったけれど、やはり「何かしなくては」という気持ちにはなる。
「……じゃあ、どうなるかは未定、臨機応変に……という感じで」
本当なら「いいですよ」とスパッと即答すべきかもしれないけど、自分の中にいる常識的な私が、「会ったの初回じゃん」と冷静に突っ込んでいる。
直感は大切にしたほうがいいというから、なるべく慎重な返事をした。
「了解」
涼さんは微笑み、「ちょっと来て」と立ちあがった。
私は空いたアイスのカップを置き、彼についていく。
すると涼さんはリビングダイニングにあるドアを開け、「ここは俺の書斎」と微笑む。
五畳ぐらいのそこは、落ち着いたウッド調の空間になっていて、デスクトップパソコンがある他、モニターが四台ぐらい繋がっていた。
壁際には難しそうな本がぎっしり積まれ、まさに書斎という雰囲気だ。
「何のためにこんなにモニターがあるんですか?」
「投資関係。張り付いて見てないとならない時とかもあるし、モニターが複数あると便利なんだ。外にいてもスマホやタブレットでチェックできるけどね」
「へぇぇ……」
さらにその奥に行くと、二十畳近くありそうなマスターベッドルームがあった。
キングサイズのベッドがある他、こちらにも大きな液晶テレビがあり、小さな冷蔵庫もある。
この部屋もバルコニーに面していて、窓辺にはゆったりとした一人掛けのリクライニングソファが置いてあった。
涼さんはウォークインクローゼットに入り、まだビニールに包まれたままのルームウェアを出す。