「紅城さーん! お待たせしました。ごめんなさい!」
「待ってないわよ。全然」
「……休日って紅城さん、そんな格好するんだ……意外」
「まぁね」
ひとのごった返すアルタ前で待ち合わせても。紅城さん……遠目に見てもすごく美人さんだから。手足が長くて顔が小さいからモデルさんみたい。すぐ……分かった。風景のなかで彼女だけがくっきりと浮かび上がって見えた。
今日の、紅城さんのファッションは、七分袖のプリントTシャツに、スリムジーンズ。真っ赤なパンプスは、え、これからショッピングに行くのに? と思ってしまう。足痛くならないんだろうか。わたし的にはショッピングってスニーカーか、せめてサンダルがセオリーなのに。
発端は。
* * *
「莉子ってさぁ。……同じいろの服ばっか持ってない?」
どき。
わたしが酔ってしまった翌日、会社でランチタイムにそんなことを言われたのだ。
「あ……なんか、楽で。考えなくて済むじゃない? それに、わたし、前に、パーソナルカラー診断、して貰ったことがあるんだ……」
「あああれね。あたしはブルベ冬。……莉子は、夏だよね」
「すごい。よく分かったね!」
「だってパステルカラーばっか着てんもん。でもね、莉子。顔から離せば、イエベ向けの服だって着れるんだよ。イエローやオレンジ、茶色とか。
ねえ、莉子。あなたの服さー、写真撮って来てよ。それ見ながら今度、買い物行かない?」
「……もしかしてわたしデートに誘われてる?」
紅城さんは携帯で調べながら答えた。「辞書で引く通り、恋い慕う相手と日時を定めて会うことをデートと称するなら、そうね……」
デート。紅城さんと、デート!
嘘。嘘。夢みたい……!
「ちょっとあんたなんですぐ泣くのよ。……ちょっと。もう。そんな女友達に飢えているの? 中野さんとか誘えばよかったじゃん。……て、あ、そっか。彼女、妊婦さんだもんね。飲み歩きが好きな妊婦さんである中野さんを誘うわけにはいかなかった……か」
紅城さんはわたしのほうへと椅子を引き寄せ、愛する男に囁きかけるような小さな声で、
「なんか、……色々と、ごめん。勝手に……色々と勘違いしてて。もっと早く……気づけばよかったね」
紅城さんは、わたしと同じことを思っている。そのことが、嬉しかった。
「じゃあさ。初デートどこがいい? 莉子」
「あ……じゃ、新宿。新宿がいいな」わたしは、かつて、課長と行ったことを思い返しながら言った。「前に行ったことはあるけど、なんというか。女の子同士、きゃっきゃしたい。パンケーキかカフェなんか食べて……」
「いいよ。じゃ、今週の土曜日、空いてる?」
わたしはいつも課長とエロエロしているだけなので、比較的暇だ。結婚式の準備も、まだだし。「……空いてる」
何故かそれを言うとき、愛する男の人に伝えるときのように、甘酸っぱい気持ちが胸を満たした。
* * *
――というわけで、新宿に来ている。課長と来たときも思ったけれど、ひとがすごい。それに、確かに課長と来たときは楽しかったけれど、あのときは、課長の散財ぶりが気になって。ちょっと……。だから、幸せな思い出で上書きしたいという思いがある。
高校生のときみたいに、友達ときゃっきゃしたいなって。
紅城さんは、わたしを見ると目を細め、「ふーん。あんたって……スタイルいいよね。出るとこはちゃんと出て、細いところはちゃんと細い……。
そういう、ぶかっとした服もいいけれど。綺麗なからだのラインを際立たせるぴたっとしたトップスとか、着てみてもいいんじゃないかなあ」
「えーそう?」わたしは某ブランドが好きなので、ゆったり系の服を着ることが多い。「紅城さんがそう言うなら……着てみようかなあ……」
「高嶺」顔を背けると紅城さんはそう言う。「……高嶺でいいよ。紅城さんとかなんか、仰々しい感じがするし……」
「分かった。じゃあ、高嶺! ね、わたしミロードが見たい!」
「分かった。じゃ、行こう……」
手を差し伸べられてわたしは動揺した。――え。手。繋ぐの。繋ぐの……!?
「いやなら別にいいけど」
「いやっ……。いや。いやとか全然……!」わたしは慌てて首を振る。「でも、荒石くんに悪くない? 隠れて高嶺と手を繋ぐとか……浮気みたいじゃん」
はん、と高嶺は鼻を鳴らし、「女同士で浮気とか。そっちのほうがありえないじゃん。ほら行くよ」
頼もしい高嶺の感触は、しっとりとしてなめらかで……課長と手を繋ぐときとはまた違った興奮を、わたしは覚えていた。
* * *
爆音が鳴り響く、衣服店にて。天井からは、クラブで見かけるみたいなミラーボールが垂らされ、きらびやかな紫の壁紙に装飾……おおお。ギャル。ギャルばっかだ……。雑誌で見かけるまさにギャル。土曜日なのに制服姿の女子高生なんかもいたりして。
「えーやっぱそっち! そっちがいんじゃない? 緑、超、似合ってんじゃーん」
「だよねー」
タメ口で接客する店員さんに合わせて、高嶺の口調も砕けたものとなる。わたしに交互に服を当てながら、「……彼女。ブルベ夏だからってさ、こういう緑を着ないで、ラベンダーやピングばかり着ているの。勿体ないよね?」
「うんうんそう思うー。おねーさん、超美人じゃん」
がっつりエクステで固めて、目元はつけまつげでびっしり。アイラインがめちゃめちゃ太い。……でも、こういう、見た目をごてごてにするひとに限ってものすごくやさしかったりする。
その店で、服を三着買った。……ああ、心臓に悪かった。音は煩いし、あんまり見たことのないギャルばかりで……あああ。社会勉強……。
「どう。面白かった?」
「高嶺ってば。わたしの反応、面白がってるでしょう?」
「まーね」
通路を進みながらわたしは、「高嶺ってああいう店、よく行くの? 全然……気づかなかった。確かに、高嶺っていつもお洒落してるイメージあるから」
「ん。派遣で金がないからね。敢えて、〇ニクロや、〇まむらには頼らず、ああいうね。リーズナブルな、若い子向けのところで買ってる。流石に、三十路になったらああいうとこは卒業しなきゃだけどね……」
「高嶺っていくつ?」
「二十六」
「……ってわたしとタメじゃん! 誕生日は?」
「十月六日。トムトム、って弟には言われる……」
「トムトムか。それなら忘れないね……。ね、あの店見ていい?」
「勿論だよ。見よう」
* * *
それから、新宿のパンケーキ店に辿り着く頃には、わたしは紙袋を二つ肩からかけていた。……いかん。課長と一緒になってからわたし、バブリーになってるよね。これから結婚もするから、節約もしなきゃなのに。
高嶺と並んで座って、店に通される順番を待つ。高嶺は、そういえば……携帯をいじらない。ランチタイムには結構いじっているのに。なんだろう、ひとと一緒にいるときにはいじらない主義なのかな……。感心した。
高嶺から、さっき買った服の着こなし方をレクチャーされているうちに、順番が回り、店内へと入る。アメリカンダイナーな感じのお店だ。店は、満杯。カウンター席もあるようだが、わたしたちはテーブル席に通された。
座ってメニューを見ると、ますます、食欲が湧いてくる。「ああ……甘い系もいいけど、こういうがっつり系もいいよね……」
紙の洒落たメニュー表を開くと、ステーキ肉やグリル、ハンバーグが載っており、別のページには目的のパンケーキが。あまそう。あまい。あまいに違いない……!
チョコバナナパンケーキ。キャラメルアイスパンケーキ。……ってなにこれ。嘘。パンケーキにアイスが乗っているの!? なんて斬新な発想……! あまりのすごさに眩暈がする。
「じゃあさ。半分こしようよ。あんたが甘い系のを一個。あたしが肉系を頼めば、両方、食べられるでしょう?」
――なんという魅惑的な提案。シェアする……シェアするとか、考えたこともなかった。
課長とあまいものを食べるときはいつもわたしがそれをひとりで食べたし。分け合う発想自体が存在しなかった。
「……ってあんた、情緒不安定なの? なに泣いてるの?」
「いえ。……分け合うことへの幸せを全身に噛み締めておりまして……」
「あんたくらいいい子だったら、友達なんて簡単に出来そうなのに。やっぱ……なんかあったんだね」
打ち明けるタイミングが訪れたようだ。ひとまず、料理を注文すると、わたしは、すべてを、高嶺に話した。
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