ユキは今にも消えそうな、塵となっていく身体に構わず、右肩を押さえながら立ち上がった。向かう先はーーアミの下へ。
仮に向かったとして、どうしようというのか。二人がもう助からないのは一目瞭然。ユキはゆっくりと向かっていくが、今にも崩れ落ちそうだ。
「ぐっ!」
やはり、もう動く事も出来なかったのだろう。ユキの右足は“付け根”から砕けて崩れ、そのまま地に膝を着く。これで完全に立ち上がる事は不可能となった。
「ユ……キ」
誰もが凄惨な結末を見届けるしかない中、心臓を失い吐血し続けるアミが、その身体をおして彼の下へ。
「姉様……駄目っ!」
ミオは思わず止めるが、止めた所で無意味な事は分かっていた。
“二人共助からない運命なら、せめて最期は二人共にーー”
踞るユキの下へたどり着いたアミは、もうじきこの世界から消えようとしている愛しき彼を、決して離さぬよう抱き締めた。
「ユーリ、ミオ。ごめんね……。私はユキと一緒に逝くから」
そして二人へ振り返り、今生の別れを告げる。
「くっ……」
「姉様……」
二人にはアミの気持ちが分かっていた。だからこそ止められないし、止めてはいけない。出来る事は死に逝く二人を見送る事のみ。
歯痒かった。自分達だけ生き残り、避けられぬ死を待つしかない二人を見送る事しか出来ない自分が。
「ユキ……もういいの」
ユーリとミオへ別れを告げたアミは、再度ユキを抱き締め、戸惑う彼へ口付けを交わした。
“愛してる……”
この世で交わす、最初で最後の。お互い口の中は血にまみれているが、それに構う事はない。ユキも全てを悟って受け入れていた。
「ユキ……今までありがとう。そして、ごめんね。あなた一人に全てを背負わせる事になって。でも、あなたをこのまま独りで逝かせたりしない。私はこれからも……ずっと側にいるわ」
「アミ……」
アミの胸に抱かれ、ユキは大粒の涙を溢しながら思う。それも良いかもしれないーーと。
此処から先は二人で歩む、悠久なる黄泉への旅路。もう二度と、これから先も離れる事は無い。
「……ありがとうアミ。でも、まだーー」
“まだ終わりじゃない”
しかしそれは、ユキが本当に望む事では無かった。だからこそ戸惑うアミを押し退け、もう“立てる筈もない”のに立ち上がった。
“私が……消えて無くなる、その前にーー”
そしてーー
「ユキ!? もういいから! このままーー」
まだ何かをしようとするユキの姿に、アミは涙ながらに懇願した。助からぬのならせめて最期は、お互いの温もりの中ーー死出の旅路へと。それが彼女が最期に願う事だった。
「がっーー」
ユキは立ち上がったまでは出来たが、既に右足は砕けている身。支えられる筈もなく、突如左足も砕け散り、完全に支えを失い両膝を地に着く。
「ユキ!」
両足を失って倒れたユキを、アミは急ぎ抱き締めようとする。これ以上、無駄に苦痛を味合わせる訳にはいかない。
「えっ?」
アミは思わず目を疑った。両足が欠損し、右腕も無いユキ。その残った左手に握られた信じ難い物体に。見るとユキの左胸には赤黒い空洞が。
ユキの左手に握られていたのは、自分で自身から抉り出していた“心臓”だった。その理解を超えた行為、出来事に暫しの時が止まる。
“再生再光ーー最奥の門”
刹那ーーユキの紡がれた言霊と共に、掌の心臓が神々しい光に包まれた。
“リヴァイヴァル・リィンカーネーション ~死生転生”
そしてーー光に包まれた心臓はユキの掌と共に、物理を超えてアミの失われた心臓のあった場所へと吸い込まれていく。
完全にアミの左胸へと収まり、その瞬間、役目を終えたかの様にユキの左手は砕け散り、完全に無くなった。
「ゆっーーユキ!」
動く為の全ての機能を失って崩れるユキを、アミはしっかりと抱き止めた。現実味の無い先程の事が、まだ受け入れられそうになかった。
「……これは再生再光に於ける、究極の秘奥。生命活動に必要な臓器を、一切の拒絶反応無く他者へ強制適合させる力」
ユキは戸惑うアミへと、先程の行為の説明をした。つまりは臓器移植。しかも一切の拒絶反応が無い、現代の医療技術をも超越した力。
「私が完全に消えてしまったら取り返しがつきませんが、存在出来る今渡せたのだから、これから先も効力を失いません。これでアミ……貴女はもう一つの心臓で、これからも生きていけるでしょう」
そうユキは晴々と、美しいまでの笑顔をアミへと向けた。