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「そっーーそんな事を聞いてるんじゃない! どうしてユキ!? どうしてあなたは何時もそうなの!? 何時も自分を犠牲に……どうしてよ」
アミはユキを抱き締めたまま泣いた。彼の自己犠牲の果てに、自分だけ助かろうなんて思えない。だからこそやるせなかった。
「犠牲? 違いますよ。これは私が自分自身の意思で選んだ道なのです。私が死ぬまで生き抜くべき場所の為に」
ユキは自己犠牲をはっきりと否定した。傍目には自己犠牲以外の何物でもないが、他者の意思で行う事と、自分自身の意思で行う事は同義ではないと。
「全ての行動の結果は、全て自分の意思に基づいたもの。そこに後悔や未練等、あろう筈がありません。だからアミ……貴女はそれを気に病む事も、自分を責める必要も無いんですよ」
「ユキ……うぅ……」
アミには痛い程に分かっていた。これこそがユキがユキ足らしめるもの。その純粋なる想いーー彼の行動理念は、全て自分の為に帰依する事を。それでも止めどない嗚咽、慟哭は止められなかった。
「……ミオ」
ユキの身体の崩壊は止められない。じきに全て、この世から消失するだろう。自分自身が一番良く分かっているからこそ、最期に別れを告げていく。
「アミを……姉様を、どうか大事にしてください」
「そ、そんな事、アンタに言われなくても……分かってるわよ!」
ミオは堪えきれず、ユキの想いを受け取ると大声で泣きじゃくった。その意味が痛い程に分かったからこそ。
「ふふ、まあ貴女には最初からその心配はしてませんが」
ユキは笑顔のまま、今度はミオの隣に立ち竦むユーリへと声を掛ける。
「ユーリ、申し訳ありません。貴女との再戦の約束を破る事になってしまって……。誠に自分勝手ですが、どうか二人の事を宜しくお願いします」
それは後の事を彼女へ託す意味合いだった。狂座は無くなったとしても、それに代わる脅威が再び現れるかも知れない。そうなった時に託せるのは、彼女以外にないと。
何より、ユーリにはこれから幸せに生きて貰いたかった。存在した次元は異なっても、狂座という地獄の中を過ごして来たその想いが分かるから。失った時間をこれから取り戻して欲しいーーと。
「……うん、分かった。心配しなくても二人はボクが守るよ。再戦とか気にしないで。いつかキミに認められる位、強くなってみせるから」
その想いを汲んだのか、最初からそのつもりだったのか、ユーリは快く引き受けた。
「期待してますね」
そうユキは安堵の表情で微笑んだ。彼女に任せておけば、これから何も心配いらないだろうと。
「だからユキ……安心して、あ、安心……あっーー」
ユーリの続く言葉は『安心して逝っていいから』だったのか。彼女はその先が詰まり、ミオと同様に堪えきれず泣きじゃくった。
ユキは二人の抱き合いながら泣きじゃくる姿に、とても済まなさそうに微笑する。そして最後に再び、自分を離さないように抱き続けるアミの方へと顔を向けた。
「アミ……」
ユキの残った身体が、全て塵へと崩れていく。時間切れが訪れたのだ。だからこそ最期の別れは、二人の間でなくてはならない。
「ユキ……」
アミも痛感していた。これが彼がこの世に存在出来る最後の時、最期の別れの言葉である事を。
「アミ、貴女は生きてーー幸せになってください。それこそが私が確かに存在した、生きた証なのですから」
ユキは今際の際でさえ、泣き言の一つも洩らさなかった。洩らす必要が無いのだ。確かに自身の存在意義、それら全てをやりきったのだから。願うはアミの幸せのみーーそれこそが自分の幸せ、延いては生きた証に繋がる事を。
“生きた証が欲しかった”
かつてユキの過去をアミが垣間見た時に知った、彼の本当の願い。
「ユ……キ……」
それが叶ったからこそ、彼は死ぬ事がーー自身が消失する事が怖くないのだ。最期の時となった今でさえ、彼女に向けられる表情は笑顔。だがアミにとっては、その美しい迄の笑顔と想いが余りにも痛かった。
死にたくない、もっと生きていたいーーそう懇願してくれた方が、どれ程良かっただろうと。
「私はーー私はあなたと幸せになりたかった! あなたと同じ時を生きて行きたかった……」
アミはユキを抱き締めながら、涙ながらにその心情を綴る。それがもう、決して叶わぬ事が分かっていても。
“ユキの居ない人生は考えられない”
最後に彼を困らせる事を言っているのは分かっている。
「……ありがとう、アミ」
それでもユキから紡がれたのは、感謝の言葉。
「そう思って頂けるだけで、私はこれ以上ない幸せです。例えこの世から消えようとも、私の想いはこれからも貴女と共に生きていけるのですから」
それは消える前に繋ぐ事が出来た、自身の心臓の事を言っているのか。
きっとそれだけではない。彼はアミのーー彼女の心の中に残りたかったのだろう。
「嫌っーー逝かないでユキ!」
「アミ……貴女に出逢えた事。それだけでーー」
“生まれてきたーー存在した意味があったからーー”
そしてアミの腕の中、ユキは完全に塵となって消えて逝く。
“父上、母上、シュリ……もうこれで、赦してくれますかーー”
「ゆっーーユキぃぃぃぃ!!」
完全に消えたユキをそれでも離さないまま、アミの慟哭が宮殿内に響き渡った。
…