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6.宣戦布告
朝起きると、亮介はもう出かけたのか部屋にいなかった。抱きしめられていた感覚だけが残っている。
スマホを見ると、亮介から連絡がきていた。
『昨日はごちそうさまでした。先に出ます。きょうの夜、少し話せませんか?』
『きょうは仕事21時までだから、遅くなるよ?』
『大丈夫です。家で待ってますね』
そう、連絡がきたのは昼に出勤する直前だった。
電車に乗りながら、未央は亮介に、どうやって気持ちを伝えるか考えていた。
素直に、好き?
ずっと好きでした?
付き合ってください?
シチュエーションは? 家で? 縁側? 庭先で夜景見ながら? 考えすぎて頭が重たくなってきた。年は重ねたけど、こういうのはいつまでも慣れない。
「未央! 昨日のメールこと、ほんとなの?」
出勤してロッカールームに入るなり、玲奈に呼び止められた。
「あぁ、うん。そう」
「レシピ開発部なんて、すごいじゃん。もちろんやるんでしょ? みんな喉から手が出るほど行きたい部署だものね」
レシピ開発部は、いわゆる花形で、そこに行きたいがために昇進を目指す人も多い。未央のように平の講師が抜擢されたというのは聞いたことがない。
「うん……やりたい気持ちはあるんだけど自信ない」
未央はため息をついてうなだれた。「なに言ってんの。こんなチャンス二度とないわよ。ダメだったら戻ってきたっていいんだし、やってみるべきよ」
確かにそうだ。こんなチャンス二度とない。玲奈の強い押しに、多少の勇気がわいてくる。
「それに、未央の料理は簡単だけど美味しい。難しい料理を簡単にアレンジする、そのひと工夫ができなくてみんなあがいているのに、軽々とやってのけるじゃない。昔ながらの基本料理も、ちょっと流行の食材を加えて新しいものにする。それはあなたの才能だと思うわ」
「……っ、玲奈ーっ!!」
未央は思わず玲奈に抱きついた。あんたは心の友だとか、親友はあんただけだとか、わあわあ騒いでいたので新田奈緒がロッカールームに入ってきたのに気がつかなかった。
「静かにしてもらえませんか? スタジオまで聞こえてますよ」
奈緒は、あきれたという顔をして着替えはじめた。「すみません……」と未央と玲奈は声をそろえる。
玲奈は先にスタジオに戻っていった。未央も着替えを始める。
「篠田先生、レシピ開発部に引き抜かれたって本当ですか」
奈緒は背を向けたまま、そうきいてきた。
「あぁ、うん。まだ返事してないけどね」
「どんな手つかったら、そうなるんですか? ぜひ今度おしえてください」
え? 新田先生がはっきり言うのは知ってるけど、いまのは悪意のあるイヤミだよね。かわいい顔してけっこういうなー。
「新田先生、私にそんなのないよ」
「平のうえに、コネもない。それなのに選ばれてすごいですね、尊敬します」はあ? と思ったが言い返す勇気もなく黙っているしかできない。私が引き抜かれたことが、よっぽど鼻についたのだろう。
「そうだ、museの郡司さんって、篠田先生の彼氏なんですか?」
唐突に聞かれてギクッとする。そうだったらなに? そうじゃないけど、《《まだ》》!!
「違うよ。彼氏じゃないよ」
「そうですか、ならよかった」
宣戦布告だ。この世界に入って3年。いくら鈍いと言われる未央でも、鉾先を向けられたことくらいはわかるようになった。
ロッカーのドアを閉めながらにこりと笑顔で奈緒を見た。私と郡司くんはキスする仲なんだよ!(ただの練習だけど)
ふたりの秘密だってあるし!(言ったら引くと思うけど)と言えたら楽だが、そんなこと言えるはずもない。
それ以上奈緒を深追いせず、未央はスタジオに入った。
奈緒は、かわいいし、努力もするし、営業成績もよい。ただ、進級や再受講の押しが強すぎて、生徒さんから怖いとクレームがあったり、断りづらかったから契約したがクーリングオフしてほしいと申し出があったり、気になることが最近増えた。
焦って、営業成績を伸ばそうとして変な方にいっている。そんな感じがしていた。亮介のコーヒースタンドとのコラボメニューの企画も意気揚々とはじめた様子だが、空回っているのが、はたからみてもわかる。
一生懸命なのは買うんだが、勢いがありすぎる。危なっかしいというのが奈緒の印象だった。「篠田先生、レッスン終わったら、ちょっと来てくれる?」
チーフに休憩室に呼び出される。最近よく呼び出されるなと思いながらドアを開ける。そこには奈緒もいて、3人でテーブルについた。
「突然呼び出してごめんなさいね、museさんのコラボメニューの件なんだけど、やっぱり篠田先生にもサポート入ってもらえないかと思って」
えっ? という未央と奈緒の声が重なる。一瞬の沈黙のあと、口火を切ったのは奈緒だった。