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「なぜですか? 手伝ってもらわなくても、私だけでできます!」
奈緒はチーフにくってかかる。下に見ている自分にサポートされるのはイヤなんだろう。どんだけ奈緒に見下されてるんだ? そう思ったが未央は黙って聞くことにした。
「新田先生はコラボは初めてでしょ?篠田先生は、以前の経験もあるし、museさんとの話し合いに一緒に行ってほしいの。話し合いはどこまで進んでる?」
「来週中には、試食をmuseさんでやることになっています」
「スタジオの名前を使ってコラボする以上、試食はまず、スタジオのみんなだけでするっていうのは伝えたわよね」
「はい……」
「チーフの私にはスタジオの試食会の連絡あったけど、全体には? 予定のある人もいるし、早く知らせないと難しいのはわかるわね?」
奈緒は俯いて下唇を噛んでいる。すっぽ抜けていたのか、わざと知らせなかったのか。指摘されたことが、よっぽど悔しいのだろう。
「新田先生は、スケジュール管理やみんなとのコミュニケーションをもっとしっかりしてほしいの。進むものも進まなくなる。間に合わなければ信用にもかかわるわ。きょうからは、篠田先生とふたりでこの企画を進めてちょうだい」
「でも……っ!! せめて篠田先生じゃなくて、他の先生にしてください」
奈緒は納得がいかないうえ、未央では不服のようだ。でもそこまでいうか? 未央は怒りを通り越して悲しくなってきた。「新田先生、それは篠田先生に失礼よ。
篠田先生は、確かにリーダーの資格を取ってはいないけど、生徒さんへの丁寧なケアをしながら、スタジオの人間関係の潤滑油としてがんばってくれているでしょう。あなたにはそれが足らないの。近くで見て学び取って欲しいから、今回こういってるのよ」
思いがけずにほめられて恐縮だったが、奈緒はわなわなと震えている。へたに声をかけたら地雷が大爆発するだろう。とにかくそっとしておかなくては。
「篠田先生、10月の限定メニューの件はひと段落した?」
「はい、レシピは本部にメールしました。印刷のサンプルがくれば、それをチェックして終わりです」
「問題なさそうね。じゃあ新田先生、そういうことだから」
チーフは忙しそうに休憩室を出ていった。奈緒は顔を真っ赤にして、うつむいたままだ。未央はメモを取り出すと、恐る恐る声をかけた。
「……新田先生、今後のスケジュールを教えてくれる?」
奈緒はしばらく黙っていたが、しぶしぶ立ち上がってロッカーから手帳を取り出してきた。「8/10スタジオで試食、8/15museで試食、8/20修正案の試食。最終決定8/28」
ぶっきらぼうに要件だけ伝える奈緒の声は、氷のように冷たく、雪女もびっくりだ。
スケジュールをメモに書きながら、未央は手を止めた。
8月10日って……もうあさってじゃない? まだみんなに知らせてもないのに大丈夫なの? 8月15日はお盆休みでスタジオは生徒少ないけど、museは大混雑だよね? そんななかで試食会? 無茶だ。
とにかく突っ込みたいところがありすぎたのでひとつひとつ話を始める。
「まず、急いでみんなにあさって試食会をするって知らせよう。その日、休みの先生の参加は自由だと伝えて、急だから」
「……」
奈緒は無言でメモをとっている。聞いているようではあるので話を進める。
「museさんとの試食会、8/15は変更してもらって。その日はお盆休みでmuseさん忙しいと思うから、別の日に」
「……わかりました」
「あと、考えたレシピ、見せてくれる?」
奈緒は手帳から数枚、紙を取り出して机に広げた。フード3種、ホット3種、スムージー系3種。よく考えたなこれだけの種類をたった1週間で。
何度も消して直したのか、紙がしわしわ。口は悪いかもしれないけど、努力は間違いなく本物だろう。
「新田先生、短期間でこれだけ考えたのはすごい。あさっての試食会、みんなを驚かせてやろう! レシピ、コピーさせてくれる? 私も作るの手伝うから」
「……ありがとうございます」
奈緒はそそくさと休憩室を出ていった。朝、宣戦布告した相手にサポートされることになるなんて、思ってなかっただろう。間が悪すぎたね。
駅ビル全体で年に一度行われるコラボ企画はお祭りみたいなもの。
スタジオとコラボしたお店のレシートを持ってくると、体験レッスンが無料とか入会金0円とか、そういう類のことをやる。けっこう新規の生徒が来てくれるので、重宝な企画だったが、コラボ相手との調整に労力がいる。相手が悪いと泣きながらやる人も多い。
コラボ企画の担当を、煙たがってやらなかったり、適当に済ませようとする講師がいる中、これだけ本気に取り組める奈緒はすごい。かわいい顔して、やるじゃないか。
奈緒のことを、なんか憎めないと思いながら、スケジュールを手帳に書き込んだ。
奈緒のレシピをコピーして、家で作れるよう持ち帰る。私はカボチャのキャラメルチーズケーキ、紫いものスムージー、カボチャパウダーのラテ、スイートポテトマフィンの担当になった。
奈緒は、サツマイモのチョイスに慎重で、選んだブランドのイモは10月が出荷の最盛期。甘味も十分あるだろうから、イモ本来の味を十分活かせるよう、普段より砂糖少なめのレシピだそうだ。
いい。これでもうちょっと心に余裕ができれば、すごい講師に化けるかもしれないな。