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「おーし、いいか?」
「よろしくお願いします」
マルズ国から帰還して一週間ほど……
私は公都『ヤマト』、冒険者ギルド支部の訓練場に
ギルド長といた。
彼は模擬戦用の木剣ではなく、ちゃんとした剣を
手に取ると、
「―――ぬんっ!!」
と、横一直線に『斬った』。
「さすがッス、ギルド長。
全部切れてます」
「じゃあ次いきまーす。
みんなまた同じように並べてー」
レイド君とミリアさんがテキパキと指示を出し、
ブロンズクラスの冒険者たちがまたそれを準備・
所定の位置にセッティングしていく。
ジャンさんが斬っていたのは……
アラクネのラウラさんの『糸』だ。
どうしてこんな事を?
というと、その理由は数日遡り―――
「切れない?」
「はい。
少なくとも通常の刃物でこの糸を切るのは、
難しいと思います」
パック夫妻、それにラウラさんから自宅の屋敷で
相談を受けたのだが……
彼女の糸はいわゆる『紡ぐ』という事は可能だが、
切断する事が出来ないのだという。
「うお、マジで丈夫だコレ」
「こんなに柔らかく細いものが―――
不思議じゃのう」
「ピュウ」
メルとアルテリーゼ、ラッチもそれを触ったり
引っ張ったりしながら確かめる。
「まー確かに、それ使ってぶら下がったり、
獲物や敵を動けなくするわけだから」
長い赤茶色の髪を手ぐしですきながら、
生産元の彼女がつぶやく。
「調べてみたのですが―――
他に耐火・防水にも優れているようです」
「恐らくコレ、ミスリル銀で出来たハサミでも
ない限り、切る事は難しいでしょうね」
中性的な顔立ちの薬師と、彼に負けず劣らず
白銀の長髪をした妻が、糸を持ちながら説明する。
しかしミスリル銀とは、これまたファンタジーな
単語が出てきたな。
「そんなに丈夫なんですか、これ」
すると同じ黒髪をした、セミロングとロングの
髪を持つ妻二人が、
「これを束ねて、ハチに運ばれて遊んでいる
子供たちを見たよ」
「そうそう、確かこうやってな。
その横をラッチがついていってのう」
「ピュウピュウ」
彼女たちの話によると、ブランコのようにして
ハチに飛んでもらっている子供たちもいるらしい。
思わずゲ〇ゲの鬼〇郎が、カラスの群れに運ばれて
飛ぶのをイメージしてしまう私はおっさん。
「となると、服や小物として製品化するのは……」
「難しいでしょうね。
加工が出来ないんですから」
「ま、まあ―――
このままでもロープとか補強とか、用途は
いろいろとありますので」
パックさんとシャンタルさんが、一応
フォローを入れてくる。
「ラウラさんは取り敢えず、これの生産を
引き続きお願いします。
加工の方はおいおい考えていきましょう」
そこで話はいったん終わり―――
ジャンさんに頼む、という流れになったのである。
「しかしすげぇ糸だな。
俺の『武器特化魔法』の剣でも、気を抜くと
切れる気がしねぇ」
白髪交じりの筋肉質のアラフィフが、
フー、と一息ついて汗を拭うと、
「見た目はただの綺麗な糸ッスけど」
「手触りもいいし……
それだけにもったいないですね」
黒の短髪・褐色肌の青年と―――
その妻の、丸眼鏡のタヌキ顔の女性が、
二人して糸を手に取って見つめる。
「シン、これどうにかならねぇのか?」
一仕事終えたギルド長が私に話を振ってくるが、
「パック夫妻に聞いたんですけど、
ミスリル銀? で出来たハサミならと」
そこで彼はぶっと吹き出し、
「ンな貴重な金属、ハサミにしてくれるわけ
ねーだろ。
あれを扱えるのはドワーフくらいだが……
ミスリル銀でハサミ作ってくれって頼んだ
日にゃ、二度と相手してもらえんぜ」
「え!? ドワーフってこの世界にも
いるんですか?」
思わず驚いた声で返すと、ギルド長は
周囲を見回し、
「知らなかったのか。
……ちと場所を変えるぞ、シン」
そこで私は、この世界の種族について、
改めてレクチャーしてもらう事になった。
「なるほど……
エルフもドワーフもこの世界にいるんですね」
「あくまでもいるってだけだがな。
それに昔はともかく、今はほとんどいないって
聞いている。
だからフツーの人間が知らなくても、
無理はねぇ」
支部長室に移って、私はギルドメンバーと
情報交換、そして共有をしていた。
「俺も名前くらいは知っていたッスが……
まさか本当にいるとは」
「アタシも、王室の儀式用に年に何本か
献上するドワーフがいるという噂は、
聞いた事があります」
レイド夫妻の説明に、ふむふむ、と相づちを打つ。
「ちなみにこれはトップシークレットだから、
他言するなよ。
正確にはそういう契約を結んでいるんだ。
1人だけだが。
しかし偏屈で、気に入らなければ平気で
貴族だろうが王族だろうが仕事は断る。
後は酒好きってぐれぇか」
ジャンさんが補足するように語り―――
彼らの話を聞くに、こちらのイメージする
ドワーフ像とピッタリだ。
「一般人でも依頼は可能なんですか?」
「ドラゴンや各国の王族とも人脈があるお前が、
一般人と呼べるかどうかは置いておいて……
まあ王家の紹介がありゃ大丈夫だろう。
たださっきも言ったように偏屈でなあ。
ミスリル銀をハサミにしてくれって言おう
ものなら、国ごと契約を切られかねん」
ギルド長の返答に、私は両腕を組んで考え、
「う~ん……
せめて短剣とかで依頼したとしたら―――」
「いやでも、後で用途がバレたらマズいッス」
「でもそんな事言ってたら、依頼そのものが……
ってアレ? 酒好き?」
レイド君の後に続いたミリアさんが、
気付いたように声を上げ、
「「「あ」」」
その意味が分かった順に、私と他の二人も
声を上げた。
「ラファーガの爺さんか……
あんまり触れて欲しくねーんだがな」
数日後、私は家族と共に―――
王都・フォルロワにある冒険者ギルド本部に
来ていた。
そこで本部長ライオット……
正体は前国王の兄、ライオネル様に、事情を
説明したのだが、
「公都で作ったブランデーやビール、
日本酒でもダメでしょうか。
それとも、すでにそのラファーガさんに
渡しているとか」
すると彼は首を左右に振る。
「え? 何で?」
「酒好きではなかったのかの?」
「ピュウゥ?」
家族も疑問を呈する。
ちなみに、ラッチはすでに同室のサシャさんと
ジェレミエルさんが代わる代わる抱いていた。
「いや、それがよ。
俺が生まれる前の話らしいんだが……
新しい酒が出来たって事で、そのドワーフに
飲ませたヤツがいてな―――
これがえらく気に入らなかったようでよ。
危うく国外へ出て行かれるところだったんだ。
そういう事もあって、誰もまだアレを
渡してないと思う」
なるほど。
過去にそういう経緯というかトラウマがあれば、
誰も二の足を踏むだろう。
「さすがにアレを断られる事はないでしょうが」
「唯一、ウィンベル王国と契約を結んでいる
ドワーフですから―――
慎重にならざるを得ないかと」
ロングのブロンドと抜群のプロポーションを持つ
女性と、いかにも秘書といったふうの眼鏡をかけた
黒髪セミロングの同性が心配そうに語る。
「今回ばかりは断らせてもらうよ。
ハサミだかナイフだか知らねぇが―――
そんな物のために危険な橋は渡れねぇ。
カンベンしてくれ」
そうライさんは苦笑いしながら答える。
こちらもこれ以上無理強いは出来ないと思い、
「いえ、こちらこそ無理を言って
すいませんでした」
私は頭を下げ―――
家族と共に部屋を後にしようとすると、
「あー、ちょい待ち、シン。
ラファーガについてだが、最近機嫌が
悪くてなぁ」
「そのドワーフの方が?」
ギルド本部長に呼び止められ、会話が再開される。
「ミスリル銀の事だが―――
産出量が落ちているって話があるんだ。
だからそれを解決したって手土産を持って
いけば、話くらいは聞いてくれるかも知れん」
なるほど―――
鍛冶師に取って素材となる金属は生命線。
それを何とかした、という人間であれば、
まだ話は通しやすいだろう。
「原因は何でしょうか?
ただ単に採掘量が落ちたという事なら、
どうにも出来ませんよ?」
すると彼は、待ってましたとばかりに
フトコロから紙を取り出す。
「というわけで依頼だ。
ミスリル銀の産出量不調の調査―――
それに、出来れば解決の、な」
それを聞いたメルとアルテリーゼは、
顔を見合わせた後、フゥ、と一息ついて、
「冒険者ギルドに依頼って事は」
「まあ、そういう事なのであろうな」
「ピュー」
私もそれで察する。
単なる調査であれば、それこそ王家が
調査隊なり何なり送り込むはず。
つまり今回の依頼―――
『魔物』が絡んでいる可能性が高いという事だ。
「それで、そのミスリル銀の鉱山はどこに?」
そこで彼は苦笑いし、下を指差して
「ここだよ」
その意味がわからず、私たちはしばらく
困惑した。
「本来なら、ミスリル銀の鉱区の場所は
トップシークレットだが―――
お前さん自身がトップシークレットのような
存在だからな。
普通に案内するなら目隠しをさせるが、
シンたちなら必要はあるまい」
数時間後、日が暮れてから……
ライさんに私とメル、アルテリーゼは同行し、
かつて歩いた事のある地下道を進んでいた。
「まさか、あの隠し通路をまた歩く事に
なるとは」
「抜け穴にしては、しっかりしていると
思っていたけど」
「なつかしいのう」
妻二人と当時の事を思い出しながら語る。
(ラッチは本部預り)
以前、極秘にナルガ辺境伯様たちを王都郊外へ
連れ出す際に使った、秘密の通路。
(■53話 はじめての ごくひいどう参照)
灯の魔法が施されている通路を歩き、
過去に思いをはせる。
「しかし、王都の地下に坑道なんて……」
と言いかけて、私はハッとなる。
「お察しの通りだ。
地下、と言っても多少は離れているが―――
ミスリル銀を産出する土地に王都が建設された。
地上には仰々しく宝物殿とか作ってな」
ライさんの説明に感心すると同時に……
彼の先祖の危機管理能力と偽装工作に、
思わず喉がゴクリと鳴る。
「まあ、あまりに希少過ぎて武器には
使えなかったがな。
王家の威信とやらには一役買ってくれているが」
彼は自嘲気味に語る。
確かにコストパフォーマンスとしては、
儀式に使うだけの金属鉱山の維持費―――
それに加工するドワーフとの契約を考えれば、
超が付くほどの赤字だろう。
だがそれを差し引いても、頂点として権威を示す
という事は重要なのだ。
国家にしろ宗教にしろ―――
組織には特別な象徴が必要なのだから。
「じゃあ、ウィンベル王国の誕生と、
ドワーフとの出会いって……」
メルが本部長に質問を投げかけると、
「創設はラファーガありき、だろう。
初代国王の杖もミスリル銀製だ。
まあドワーフは長生きなので、半信半疑、
お伽話の類になってしまっているがね」
そして歩き続けて十五分もした頃だろうか。
先頭の当然ライさんが立ち止まり、
「……ここだな」
そう言ったかと思うと、壁際の足元をドン!
と踏み込む。
すると壁が両側へ開き―――
さらに地下への階段が現れた。
「こんなところに……」
「目印みたいな物も見えないけど、
よくわかりましたね?」
私とメルが驚きながら質問すると、
「歩数で覚えているんだ。
だいたいここら辺ってな。
他にもあるが、まあ王家の秘密って事で」
「何とも、人間は面妖な仕掛けを思いつくものよ」
アルテリーゼもドラゴンの視点から感心し、
四人で階段を下っていった。
「ライオネル様!」
「お久しぶりでございます!」
採掘場―――
というより、古代の石造りの神殿のような場所で、
作業員であろう男たちがやってくる。
しかしその格好はというと……
「ライさん、もしかしてアレは」
「おう。
お前さんが発注した、『施設整備班』用の
特別装備だ」
ガラス製のゴーグルに完全空調、さらにゴム製の
素材各所に防御魔法を組み込んだ魔導具を設置。
一着金貨二千枚―――
日本円で四千万円くらいするシロモノだ。
(■133 はじめての さいかいきぼう参照)
確かに鉱山作業も湿気や熱、破傷風と隣り合わせの
仕事だ。
完全防護服となった特別装備はもってこいだろう。
「え? って事は……」
「そのお方があの、『万能冒険者』殿!?」
「お噂はかねがね……!
この装備には大変助かっております!」
まるで敬礼するかのようにビシッと体勢を整える。
まあこんな場所で働いているくらいだし……
それなりの身分と高度な教育を受けた方々
なのだろう。
「で、この『万能冒険者』殿に、ここの調査を
依頼する事になった。
詳しい話を教えてくれ」
こうして私は、彼らに詳細を聞く事になった。
「妙な音、ですか」
「鉱山には水の排出が付き物ですが―――
ここはほとんど出ないんです。
それとは明らかに違う音ですし。
何かを引きずるような音といいますか、
それと石を砕くような感じの音も」
作業員の方々から情報を収集してまとめる。
物理的な何かがいるのは間違いなさそうだが……
「石を砕く?」
「最近、似たような事があったのう」
妻二人が俺と視線を交わして語る。
「?? 何だそれは?」
「ええと、少し前に東の村で、『石喰い』
という魔物に遭遇しまして」
(■138話 はじめての いし参照)
ライさんの質問に、今年の年初にあったサソリの
ような魔物について説明した。
すると彼は眉間にシワを寄せて、
「そういやそんな報告来てたっけな……
石を食う魔物か。
さすがにミスリル銀を食らうような魔物、
考えたくもねぇんだが」
そこでライさんの周囲にいた作業員たちから、
「ですが、魔物となりますと」
「我々の中にもそれなりに戦闘が出来る者は
おりますが―――」
彼らの言葉に、ライさんは顔の前で片手を
垂直に立てて振って、
「魔物相手かも知れないとなると、なあ。
忍び込んできたヤツを捕まえるのとは、
ワケが違う」
ここは坑道……
地盤が緩かったりするところもあるだろうし、
戦闘は厳禁だろう。
それは仕方がない。
「で、ですが、それならいかにすさまじい
『抵抗魔法』の使い手とはいえ―――
厳しいのでは」
当然の疑問を口にする作業員に、
「まーまー、ここは一つウチの夫に」
「任せておけばよい」
メルとアルテリーゼが答えると、ライさんは
苦笑して、
「そのために『万能冒険者』殿に依頼したんだ。
じゃ、案内を頼む」
「は、はあ……
わかりました。では音のした方の第三区画へ」
そこで作業員の一人を道案内に付け、私たちは
現場へと向かった。
「しかし、思ったより人がいませんね」
「希少金属だからな。
大勢で掘り返すほどの見込みは無いんだ。
秘匿性もあるから大々的にも出来んし、
少数精鋭でやっている」
十分ほど歩いて、チラホラとしか人がいない
事に気付く。
それに信用ある人員で固めなきゃいけないし、
ライさんの答えに納得する。
「そろそろ第三区画です。
……!」
案内をしていた男が思わず構える。
何事かと思っていると、そのゴーグルと呼吸器で
隠れた顔に人差し指をあて、
「アレです。あの音です。
何かを引きずるような―――」
全員で耳をすますと、確かにザリ、ザリ、
ガサ、ガサと……
重い何かを引きずっていくような音が聞こえる。
「音の先は―――」
「この先です。行きましょう」
彼を先頭に進んでいくと……
やがて、きちんと整備された床ではなく、
むき出しの地面がある通路に入る。
照明の魔導具も設置されておらず、
案内人の彼が灯となる火魔法を発動させ、
それを頼りに歩を進めるが―――
「……?
音がしなくなりましたね」
案内人が不思議そうに声を発する。
確かに、ある程度進んだ時点で……
何かを引きずるような音は消えていた。
「しかし、足場が悪いなー」
「ここは整備されておらんのか?」
妻二人が不満気に話し、
「第三区画は比較的新しい坑道なんだ。
だからまだ未整備の道も多い。
……って事は、その先で何かが出てきやがった
って事か?」
本部長が推測を口にする。
と同時に、歩いて来た地面が震え、
「わわっ!?」
「なっ!?」
私と案内人の彼を皮切りに、全員が尻もちをつく。
地面が揺れ……いや、スライドしている!?
「くそっ、光を……!」
ライさんが慌てて『光』の魔法を発動させ、
案内人よりも数段大きな明かりに周囲が包まれる。
そこは思ったよりも広い空間であり―――
「な……!?」
先頭にいた作業員が、見上げながら驚く。
その先には……
長い胴体と無数の手足、頭には狂暴そうな
牙を生やした―――
地球でいうところの『ムカデ』がいた。
しかしそのサイズたるや、比較にすらならず……
持ちあがった胴体の高さだけでも四・五メートル
にはなる。
どうやらこの巨大ムカデの上を、知らないうちに
歩き……
それが前進した事で、私たちは転んでしまった
ようだ。
「ラ、ライオネル様!
早くお逃げを!!」
案内人としてはそう言うしかないだろう。
しかし、
「あー、そうだなあ……
お前、ちょっと戻って他に何人か連れて
来てくれ」
「え、援護ですか!?」
慌てている彼にライさんは冷静に、
「いや、コイツ倒した後は運ばなきゃならんだろ。
その手伝う人員を連れて来て欲しいんだ」
目を白黒させる作業員の肩を彼はポン、と
叩いて、
「俺たちなら大丈夫だ。すぐに済む。
それじゃ頼んだぜ」
「は、はいっ!!」
弾かれたかのように彼は走り始めると、
元来た道を戻っていった。
「さて―――
シン、こういうムカデってお前の世界にゃ
いたか?」
「もちろんいませんよ。
ムカデそのものはいましたけど」
本部長の質問を私は否定し、
「じゃー、いつも通りにやっちゃって」
「トドメは任せるがよい」
メルとアルテリーゼも、私に全面的に任せて
その時を待つ。
「まあ……そうですね」
私はその巨大ムカデの前に歩み出る。
カチカチと鳴らす牙の音が坑道内に響き、
無数の手足がザワザワと空気をかき回す。
しかし、いかんせん巨大過ぎる。
節足動物の中には、長さだけなら四十センチを
超える種もいるが……
これほど巨大にはならない。
似たような生物で、水中に棲むオニイソメという
種もいるが―――
これも一メートルを超えるか超えないか。
いずれにしろ、このサイズ比、しかも陸上で
巨体を支える事など出来るはずもなく、
「こんな巨大な節足動物など―――
・・・・・
あり得ない」
蛇の鎌首のように持ち上げていた半身は、
その言葉の後、重力に従って地面に落ち、
自らの重量で身動きの取れなくなった、
哀れな大きいだけのムカデがいるだけで……
「じゃあ、メル。アルテリーゼ。
お願い」
「あーい」
「首を落とせばいいかのう」
巨大ムカデに近付く二人を、ライさんが後ろから
呼び止めて、
「俺も手伝うよ。
この大きさじゃ、分割しないと運び出せないし」
ふと振り返ると、確かに帰りの道は狭く―――
持っていくならギリギリの幅だろう。
やがて案内人の作業員が他の人たちを
連れてくると、彼らと一緒に巨大ムカデを
持ち帰る事になった。
「こ、これが……」
「切断されたところ以外、どこにも武器や
魔法の跡が無いぞ」
「いったいどうやって」
運び込まれた先で、作業員の方々が検証を
始めていたが、
「王宮へ直接運び込むルートがあるから、
今回はそれを使え。
俺は各機関に話を通しておくよ」
ライさんが手をパンパンと叩きながら、
テキパキと指示を出す。
「直接ルート……
まあ当たり前ですよね。
それでミスリル銀を運び込んでいたんですか」
「おう。
じゃあ俺たちはギルド本部へ戻るぞ。
後でラファーガに会おう。
この事を『手土産』にしてな」
そして私たちは、元来た坑道を辿って―――
ギルド本部へと帰還する事になった。
「王宮にいるんですか、ラファーガさん。
緊張しますね」
翌日、私と妻二人は……
王家が準備してくれた馬車で、王宮へと
向かっていた。
(例によってラッチは本部預り)
もちろんライさんも同行している。
聞けば、彼自身も会うのは久しぶりなのだとか。
「王宮の一角に、王家お抱えの鍛冶師の一族が
住んでいる……
という事になっている。
まさかウィンベル王国創設時から、一人の
ドワーフが献上品を作っているとは、誰も
思わねぇだろう」
そして今回彼は、ミスリル銀に関する調査依頼は
終わった・解決したと―――
王家に報告するという理由で、王宮へ出向く事に
なったのであった。
「後は、これをどう切り出すか、ですねえ……」
私はメル・アルテリーゼと一緒に持ってきた
荷物に目をやり、馬車の振動に身を任せた。
「いるかい、ラファーガのじいさん」
「あぁ……?
おう、ライオネルの小僧か。
何の用だ?」
王宮のとある中庭、その一角に―――
ドワーフの住む仕事場兼自宅の施設はあった。
そこにいたラファーガさんも、身長は
130~140cmくらい。
ただ体格は横に広く、ブラウンの頭髪に
立派なヒゲをたくわえ、いかにもイメージ通りの
ドワーフといった感じだ。
さっきまで―――
いや、ずっと飲み続けていたであろう木製の
カップから口を外し、視線だけ向けて来る。
「何の用とは酷ぇな。
ミスリル銀の調達がちょっと滞っていただろ?
それが解決したって報告しに来たんだよ」
「おぉ! それは良かった!
何せワシは素材が無ければ何も出来んからな。
……で、そこにいるのは誰だ?
1人は人外のようだが」
こちらに視線を変えて、ギロリとにらんでくる。
ライさんは私たちに手を向け、
「冒険者ギルド所属、シルバークラスのシンだ。
今回、ミスリル銀の坑道の調査を依頼―――
解決してもらった」
私は慌てて頭を下げて、
「冒険者ギルド所属、シルバークラス……
シンです」
「同じくシルバークラスでシンの妻、メルです」
「同じくアルテリーゼじゃ。
ドラゴンでもあるがのう」
そう紹介された彼は顔色一つ変えず、
「なるほど。
ドラゴンがいりゃ、たいていの事は解決
するだろう。
で?
そのドラゴンがわざわざ来た理由は、ワシに何か
力づくで作らせようってのかい?」
いかにも偏屈そうな質問に対し、私は首を
ブンブンと左右に振り、
「い、いえ。私はただ―――
お酒について意見を聞きたくて」
「あぁ……?
確かにこの前、どうしても飲んでくれって
持ってきたバカがいたが―――
無理やり酒にしようとして失敗した何か
だったからな。
あの時は本気でこの国を出て行こうと思ったぜ」
酔っぱらったまま、鋭い眼光は増していき……
体中に緊張が走る。
「ドワーフの方は、お酒についても並々ならぬ
情熱を持っていると聞いております。
私の作った酒を飲んでくれとは言いません。
ただ、改良に値するものか否か、それだけでも
言葉を頂きたく―――」
あくまでも意見が欲しい、という具合で話を
進めていく。
これなら、ミスリル銀が滞っていた件の解決を
『手土産』として、話くらいは聞いてもらえる
だろうし、失敗しても相殺で……
と、最悪の場合でもダメージを最小限に抑える
方向で考えたのである。
そこでメルとアルテリーゼが、テーブルの上に
グラス、そしてお酒を置いていく。
そして一本のフタを開けると、強烈な香りが
漂い始め……
「おう、こりゃ以前よりマシかもな。
ワインか?
寄越せ、試してやる」
蒸留してアルコール度数を上げたブランデーを
受け取ると、ラファーガさんはそのままグイッと
あおり―――
「……!!
な、何じゃこれは!?
酒精が強く香りも強烈!
こんなワイン、いつ出来たんじゃ!?」
彼はグラスの中の液体から目を離さず問う。
「それはブランデーだな。
ここ1・2年で新しく出来た酒だ。
他にもあるんだろ? シン」
ライさんが促すと、次に『ウィスキー』を
開ける。
それを奪うようにしてラファーガさんは
口に運び、
「これは……エールか!?
いや、味も口当たりも数段上じゃ!
こりゃ、小僧!
どうしてこんな酒がある事を黙って
いたんじゃ!!」
驚きと同時に不満を本部長にぶつける。
「いや、以前じいさん、さっきも言っていた通り、
献上しに来たヤツを追い返しちまったんだろ?
それ以来みんなビビっちまって―――
誰も献上出来なかったんだよ」
「ぬ、ぬうぅうう……!!
お前のところの人間は極端過ぎなんじゃ!
そ、それで他は!?」
ライさんの言葉に反論出来ず、その分をぶつける
ようにしてこちらへ要求する。
最後に日本酒を渡すと―――
一口飲んだだけで無言になり、目はカッと
見開いたままで、
「お、おい。じいさん、どうした?」
『小僧』こと、先代国王の兄が心配して
声をかけると、
「…………
神の酒じゃ。
ワシゃ今日から毎日これを飲むぞ!
お前、シンと言ったか!?
冒険者なら武器が必要じゃろう!?
ワシが何でも作ってやるぞ!!」
いやちょっと待って。
ラファーガさんは王家と専属契約しているんで
しょうに。
私の両肩をつかんでガクガクと揺らす
ドワーフを、ライさんが引き離し、
「わかったからちょっと落ち着けって!
それに、シンが作って欲しい物があるってのは
合っているんだが―――
それは武器じゃねえ。
まあ、ちょっと話を聞いてやってくれねぇか?」
そこでようやく私は解放され……
アラクネの糸を切る事の出来る道具について、
ラファーガさんに相談する事になった。