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公都『ヤマト』―――
その中央南地区にある『ガッコウ』。
そこで大掛かりな作業が行われていた。
素材はアラクネのラウラさんの糸で―――
「茹で上がりました!」
「蒸気に気を付けて!
あと水で冷やした後、番号を付けてください!」
「確認が取れたら、それぞれ運搬を―――」
「本日の分は―――」
作業にあたる人たちがテキパキと、その糸を
まとめていく。
その後、職人たちに配送される予定だ。
実はラファーガさんに、アラクネの糸を加工する
道具の相談をしてみたのだが……
―――回想中―――
「あぁ? 半人半蜘蛛の亜人の糸ぉ?
ありゃミスリル銀でも切れねぇぞ。
ハサミなんか作ったところで無駄じゃ」
ブラウンの立派なヒゲをたくわえたドワーフは、
酒をがぶ飲みしながら言い放つ。
「うへぇ、そりゃホントか?」
ライさんが頭をガシガシとかきながら、
申し訳なさそうに私に視線を向ける。
「あれ? でも……
クモの亜人はご存知なんですか?」
興味がそちらへと向かい、私がラファーガさんに
聞いてみると、
「ま、人間よりは長生きだからな。
そこのドラゴンは知らなかったのか?」
アルテリーゼは、その長い黒髪を左右に振り、
「そもそもドラゴンは、自分の住処から
あまり出てこぬ」
「そういやそうだった」
もう一人の妻であるメルがそれを肯定する。
「でもでもぉ、ウチのところのギルド長はフツーに
剣で切ってましたよ?」
「うむ。
『武器特化魔法』の使い手じゃが」
妻二人が公都でジャンさんに、糸を切って
もらっている事を話すと、
「そりゃソイツがオカシイんじゃ。
いくら武器特化魔法を使えるとはいえ、
おいそれとは切れるはずがない」
ドワーフがドン! と木製のコップをテーブルの
上に置く。
つまり彼の想定外の事でも無ければ―――
あの糸を切る事は不可能なのか。
「シン、すまんな。
この埋め合わせは必ず―――」
グレーの短髪に白髪交じりの頭をした、
筋肉質の男性は……
両手の手の平を拝むようにして挟み、
頭を下げるが、
「だからアレを加工したいってぇのなら、
煮込むんだよ。
そうすりゃ丸1日くれぇ、普通の糸のように
切れるようになるんじゃ」
その言葉に、前国王の兄にして冒険者ギルドの
本部長は、ガクッと上半身をテーブルの上に
つっぷし、
「もったいぶるんじゃねぇよジジイ!
方法があるなら先に言いやがれ!」
「やかましい小僧!
そこまで鍛冶師の仕事ではないわ!
それにこれは、こんなに素晴らしい酒を
持ってきてくれたお礼じゃわい!!」
恐らくはこの王国にただ一人のドワーフと、
王族が口ゲンカするのを困惑しながら妻たちと
眺める。
「あー……
ええと、じゃあ今度お酒に合う料理でも」
だから落ち着いて、と言う前にラファーガさんが
こちらへぐるりと向き直り、
「料理じゃと?
お主、料理も出来るのか?」
その質問に、メルとアルテリーゼが、
「あちゃー。
こりゃ、料理も新しいヤツを知らないんじゃ」
「酒と同じく、ここ1・2年でいろいろと
出ておるぞ?」
それを聞いたドワーフは、またライさんに
振り返り、
「だからお前のところの人間は、どうしてこう
極端なんじゃあぁああ!!」
「お前が原因だって言っているだろうがあぁあ!!
このクソジジイ!!」
結局その後―――
王宮の厨房に食材を取り寄せ、そこを借りて、
お酒と共に、彼が満足するまで料理を振る舞う
事となった。
―――回想終了―――
そして公都に戻って来てから一週間。
アラクネの糸の加工方法がわかった今は、
取り敢えず『ガッコウ』の施設を借りて―――
いったん煮詰めた後、職人たちへ渡すという
流れが出来ていたのである。
しかし、煮るというのは思いつかなかった。
考えてみれば、カイコの繭は煮込むとほどけると
いうし、性質が似ているのかも知れない。
火にも水にも強いと聞いていた事で……
それ系の解決策を考えなかったというのもある。
「シンさん、本日の分は終わりました」
そこで作業をしている一人の妙齢の女性が
やって来て、私の思考は中断する。
「あ、ありがとうございます。
お疲れ様です。
火傷した人はいませんか?」
「大丈夫です。
何ていうか、麺類を茹でるような感じ
ですので。
冷水でシメるのもまんまですしね」
その答えに私がプッと吹き出すと―――
周囲の方々もつられて笑い出した。
「おー、シンさん!
どう? アタイの糸は」
赤茶のロングの髪に、太い眉が特徴的な
アラクネの女性に、中央地区の宿屋『クラン』の
近くで出くわし、
「ラウラさん。
ええ、助かってますよ。
加工も容易に出来るようになりましたので」
腰に両手をつけて、ドヤ顔する彼女に改めて
お礼を言い、
「それで代金なんですけど―――」
「あー、それはシンさんにお任せするわ。
アタイは公都で飲み食い出来ればいいから。
ラミア族や獣人族の商売も、シンさんが一手に
任されているんでしょ?」
正確にはカーマンさんやドーン伯爵家との交渉・
契約を代理に行う代わりに、手数料として一割だけ
もらう事にしているのだが……
仕方がない、彼女もそれと同条件でやるか。
「はあ、わかりました。
でもラウラさん名義のお金はきちんと用意
しますので、それは考えておいてください。
しかし―――
実際、あの糸って1日にどれくらい出せるん
でしょうか?」
ふと不安がよぎり聞いてみる。
確か今日一日分の糸は、重さにして五kgほどは
あったと思うが……
「戦闘にも使う糸だからねえ。
今渡している量くらいなら、毎日でも
問題ないよ」
確かに重量的には五kgなのだが、何せ素材として
非常に軽いシロモノ。
服に仕立てても、多分一着につき五十グラムも
ないのでは、と思えるほどの軽さだ。
それなら今のままでも十分だろう。
「ありがとうございます。
今日はこれからどちらへ?」
すると彼女は宿屋『クラン』を指差し、
「お昼はあそこで食べようと思って。
まだまだ、ココの食べ物を全部味わって
ないからねぇ♪
それじゃまた」
そこで私は彼女と別れ―――
自分の目的地へと向かう事にした。
「おう、シン」
「お疲れッス」
「あ、そういえば王都からシンさん宛てに、
荷物が届いてますよ」
支部長室でいつものギルドメンバー……
ジャンさんにレイド君、ミリアさんと
顔合わせする。
「あ、届いたんですね」
そこには細長い木箱があり―――
三人も興味津々でそれをのぞきこむ。
筋肉質のアラフィフの男が、そのフタを
トントンと指先で叩いて、
「いってぇ何だこりゃ?」
「ちょっと重いッスね」
「レイド!
いきなり手を出すんじゃないの!」
褐色肌の青年がひょい、と持ち上げると、
それを丸眼鏡の妻がたしなめる。
私はみんなが注目している中―――
箱のフタを開けると、
「……ナイフ?
いや、ショートソードか?」
同時に中から書類も出て来て、
「あ、これ……
ラファーガさんからの贈り物です。
私は武器は要らないって言ったんですが、
『それじゃ気がスマン!』と言われたので―――
それなら、ジャンさんに一振頂けないかと
お願いしていたんですよ」
それを聞いたギルド長が顔色を変え、
「じゃあ、まさかコレ―――」
「ミスリル銀製です。
あと、ライさんにも承諾は得ていますので」
それを垂直に立ててジャンさんは見入る。
さすがに『武器特化魔法』の使い手……
持っていて様になるな。
「もう驚く事なんざねぇと思っていたが―――
コイツは強烈だ……!」
鞘にしまうとそれを箱に収め、
「ミリア、コイツはしまっておけ」
「アレ?
しまっちゃうんスか?」
次期ギルド長の問いに彼は苦笑いして、
「こんなモン、大っぴらに使えねぇよ。
後で試してはみるけどな。
ありがとよ、シン」
「いえ、いつもお世話になっていますから。
そのお礼です」
それを聞いてレイド夫妻も苦笑し、
「シンさんはちょっとその……
スケールが違うッスから」
「日頃の感謝で伝説級の武器を渡してくるなんて、
多分シンさんくらいでしょうね」
ラファーガさんがどうしてもって言うから、
ジャンさんに作ってもらっただけなんだよなー……
メルもアルテリーゼも基本魔法か肉弾戦だから、
いらないって言ってたし。
「後でライのヤロウ経由で、そのドワーフとやらに
お礼言っておくか。
そういや、料理も伝わってなかったんだよな?」
「まあそれに関しては―――
半分はライさんの言う通りとも思ってますので」
アラフィフのアラフォーの男二人の会話に、
今度は若い男女が、
「気難しい上に国家規模の需要人物……
そりゃー無理もないッスよ」
「アタシだってなるべく関わりたくないと
思います。
でも確かにあの料理なら、どんな種族でも
納得するでしょうね」
ミリアさんの言葉に私は両腕を組み、
「そうですね。
だいたい、何でも美味しいと言って食べて
もらえたので、ホッとしました。
特に気に入って頂けたのは一夜干しでしょうか。
それを炙って、日本酒の冷やで一杯やるのが
たまらんと」
それを聞いた飲兵衛二人が同時にうなずき、
「そいつぁ話がわかるじゃねぇか」
「その組み合わせの良さを理解出来るとは……
さすが酒豪の種族。
一度酌み交わしたいものです」
「あのーミリアさん?」
ジャンさんとミリアさんが父娘のように、
同じ酒飲みの目をして―――
それをレイド君がたしなめる。
「そういやそろそろ昼だな。
メシ行くか」
「昼間っから酒は止めてくださいッスよ?」
「わ、わかっているわよ」
レイド君が注意する方なのは珍しいなあ、
と思っていると、
「シンもこれから昼食か?」
「ええ、はい。
宿屋『クラン』にしようかと―――」
ギルド長の問いに、一緒にどうですか?
と続こうとすると、
「いや、俺たちは別の店だ。
と言うより……
立場的に微妙になってきているからなあ」
ん? と私が首を傾げると、
「ここがまだ公都『ヤマト』ではなかった頃なら、
問題無いんだけどよ。
今じゃ、いろいろと面倒になってんだ。
『あそこは誰々が懇意にしている店だ』とか、
『どこそこは誰々がよく行く』とかさ」
「特にギルド長はゴールドクラスで―――
公都長代理やドーン伯爵家、シンさんにまで
顔が利くとなりますと。
賄賂やら何やら、良からぬ事を企む人も
出てくるんです。
なので、今は特定の贔屓を作らないように
注意しているんですよ」
何かサラッと私まで入れられていた気がしたが……
しかしここも大きくなってきたしなあ。
そのおこぼれに預かろうとする者が出てきても
不思議じゃない。
そこで有力者と『お近付き』になるため―――
親しいところに手を回したり、画策したりする
人間も出てくる頃だろう。
「へー、そんな事になっていたッスか。
アレ? でもそれならシンさんは?」
レイド君が不意に私に話を向ける。
すると彼の妻が、
「シンさんは元々、何も秘密にしていないような
人ですから……」
「言えばほとんど教えてくれるしな。
こうまでノーガードの人間に、何か企む
必要なんてねぇだろ。
敵対となりゃ話は別だが―――
そン時ゃドラゴンやワイバーンまで敵に回す
覚悟がいるだろうし」
褒められているのか貶されているのか、
よくわからないお言葉をもらう。
「でもまあ、いろいろな店を回るっていうのも
面白いッスよ。
麺類1つ取っても、店によって味なり具なり
独自性を出そうとしているのがわかるッスから」
そういえば、全く他の店に行かないわけでは
ないけど―――
普段は宿屋『クラン』、冒険者ギルド支部、
児童預かり所と自宅の往復になっているしなあ。
時々『ガッコウ』やカーマンさんの御用商人の
お屋敷、そしてパック夫妻の自宅兼病院くらいか。
少しは自分で行動範囲を広げないと……
そう思いつつ、彼らと別れた私は宿屋『クラン』
へと足を向けた。
「シン、やっと来た!」
「遅いぞ、シン」
「ピュウゥウ~」
目的地へ到着すると、家族が出迎える。
ある意味、ここが待ち合わせ場所のようにも
なっているからなあ。
「ごめんごめん。
ちょっとギルド支部で話があって」
同じテーブルに座ると、注文を取り付ける。
「そういえばシン。
シャンタルから連絡があったのだが……
頼んでおった物が完成したとか。
何か依頼でもしていたのかや?」
アルテリーゼの問いに、私は記憶を引っ張り出す。
何かパック夫妻に依頼していたっけ。
「確か、魚や貝の養殖施設で待っているって。
あ、お昼の後でいいって言ってたけど」
魚や貝の養殖施設……
「あっ」
「ン? どしたの?」
「思い出したのか?」
「ピュッピュ」
家族が口々に話し掛けてくるが、ちょうどそこに
料理が運ばれて来る。
注文したのは魚のフライ・タルタルソース付き
定食で、
「これと関係ある話かな。
取り敢えず食べてからにしよう」
フライの一つをフォークで刺して持ち上げると、
ひとまずお腹を満たす事にした。
「あ、シンさん!」
「もう試しておりますが―――
面白いものですね、これ」
新規開拓地区の西側、そのさらに南の地区……
そこでシルバーの長髪をした中性的な顔立ちの
パックさんと、夫よりさらに白い髪の妻、
シャンタルさんが手を振って出迎えてくれた。
「?? 何してるの?」
「みんな棒みたいな物を持っておるが……」
「ピュウ~?」
その光景を見て家族が首を傾げる。
すると―――
「かかった!」
「こっちも来たぞ!!」
そう言って立ち上がった彼らの棒は大きくしなり、
目の前の水面がバシャバシャと揺れる。
棒の先端には糸がついており、それはそのまま
水面へと一直線になっていて……
やがてそれが水面から離れると、そこには一匹の
魚がくっついて、身を震わせていた。
「おぉー!?」
「何じゃ何じゃ?」
「ピュルルゥ!」
メルもアルテリーゼもラッチも驚きの声を上げる。
そう、これは『釣り』。
竹竿・糸・ウキ・針……
そして錘さえあれば出来る簡単な構造の
物で、再現自体は難しくなかったのだが、
まず竹の代用となる素材が、なかなか
見つからなかったのと……
何より糸の調達の目途が立たなかった。
細くて丈夫な糸、という条件を満たすのは、
なかなか難しい。
釣りはそれこそ縄文時代からあったと言われて
いるが……
糸の素材は麻や葛といった植物の繊維。
もしくは動物の尻尾の毛で、丈夫と言うには
ほど遠い。
さらに完全に魔法を使わない道具を作ると、
あとあと厄介になると考え、今まで二の足を
踏んでいた。
そこにアラクネの糸が手に入るようになった。
また、サンチョさんを通じて……
新生『アノーミア』連邦各国から様々な
木材を購入。
その中から、釣竿になりそうな素材の選定は
終えており、
次いでパック夫妻に、ゴムで疑似餌の作成を依頼。
ミミズのように動く魔導具を作ってもらい、
竿から魔力を流すと、アラクネの糸を通して
それが動く仕組みになっている。
この疑似餌の魔導具は、予め誰かに魔力を
満たしてもらう事も出来るので、子供でも
扱う事が可能だ。
なお、針に関しては『かえし』は付けないように
している。
これは安全性を重視した結果で、子供にも
使ってもらう事を想定しての事。
(刺さってもすぐ抜けるように)
「うわ、逃げられた!」
「おおー、今のは大きかったな」
今度はあちこちから、針が外れてしまったと
声が聞こえた。
まあ効率は落ちるが、そこはガマンしてもらおう。
「ありがとうございます。
パックさん、シャンタルさん。
期待通りの出来ですよ」
私はその出来に満足して頭を下げる。
「小さい疑似餌の魔導具には苦労しましたよ。
シンさんの言っていた、『るーぷ』という
概念を取り入れたら、うまくいきました」
「一定の動きを繰り返す―――
これはいろいろな分野に利用出来そうですよ、
パック君」
時々、彼らから相談を受けていたのだが、
魔導具はギアや歯車といった物理機能より、
それを制御する『プログラム』のような
考え方が重要らしい。
なので、どうやって長時間動作を継続させるか
悩んでいたという。
そこへ『一定時間動いた後、動作の初期に戻る』
とアドバイスしたところ、一気に開発が進んだ
ようだ。
「いやしかし、何よりラウラさんの糸―――
あんなに魔力が通る素材があったとは」
「あれのおかげで、いちいち疑似餌ではなく、
竿から直接魔力を流し込めるようになりました。
しかも今は加工し放題ですからねウヘヘヘ……」
「よだれを拭けい、シャンタル」
同じドラゴンの妻が、パックさんの妻に
ツッコミを入れる。
そして彼らと一緒に、私たちも釣りを試してみる
事になった。
「お! アルちゃん。
ウキ動いているよ」
「まだまだ。
ここで『合わせて』……!」
「ピュッ!」
小一時間ほどで、私も家族も数匹釣り上げ―――
異世界初の釣りを堪能した。
「でもさー、シン。
これはこれで楽しいけど、1匹ずつしか
捕まえられないよね、コレ」
「これなら、あのトラップ魔法の方が
効率が良いのではないか?」
「ピュウ」
家族の疑問はもっともだ。
量的にも、川に設置して時間が経てば、あの
トラップの方が簡単にたくさん捕まえられる。
「そうですね。
それにこれ、ある程度の技術は必要に
なってくるかと」
「ウキの反応を見てすぐ合わせ、さらには
針が外れないように、ある程度魚の動きを
制御しなければなりませんから」
パック夫妻もまた、同様の疑問をぶつけてきて……
それに対し私は、
「確かにその通りなんですけど、一応利点も
あるんですよ。
まず、直接川に入らなくていい。
ある程度深いところでも、これなら魚を
捕まえる事が出来ます」
魚を捕まえるトラップも、糸をつければそれは
可能だろうが―――
今度は引き上げる重量が問題になる。
「1匹ずつなら重量は問題にならないし、
それにトラップ魔法(という事になっている)が
使えない人でも、これなら安全に川の側から
魚を釣る事が出来ますから。
まあ手段の1つとして、と考えてもらえれば」
私の説明に、家族と薬師の夫妻はふむふむと
うなずく。
「なるほどねー」
「確かにこちらの方が手軽じゃのう」
「ピュー」
次いでパックさんとシャンタルさんも、
「商売ではなく、個人でなら……
これで十分でしょうね」
「お仕事ではなく、趣味という感じですか」
それぞれ納得して……
取り敢えず『釣り』のお披露目とテストは
終わった。
「ではみなさん。
一定間隔に広がって……
じゃあ開始してください」
「はいっ!」
「へい!」
「おうよ」
それから数日後―――
天気の良い日に、ブロンズクラスを十名ほど連れて
公都近くの川の上流へとやって来ていた。
以前、ジャイアント・バイパーと遭遇した……
そして初めて魔狼と出会った場所。
(■38話 はじめての しんきょ参照)
そこまで行くと川幅は巨大になり、
初めて見たであろう人は驚いていたが、
そもそも、アルテリーゼの『乗客箱』で移動、
先に空から見たという事もあり―――
現地に着く頃には落ち着いていた。
目的は、ようやく暖かくなってきた事で、
食材探しという名の遠出と調査、
そして冒険者たちの、釣りの実地訓練という
意味合いが大きい。
「じゃー、シン。
私はこっち側で」
「では我は向こう側を任せてもらおう」
彼らの警備のため、メルとアルテリーゼが
それぞれ反対方向に別れ、
「んじゃ、俺はあっちで釣ってくる」
「何でジャンさんがいるんですか?」
初老の男が釣竿片手に、川へ軽快な足取りで
行こうとする姿は、あちらでは珍しくない
光景だけど……
ゴールドクラスとなると話は違ってくるわけで。
「だってよぉ。
俺だってやりてーし」
「子供ですか……
まあギルドへの依頼なので、ギルド長がいても
おかしくはないですけど」
ジャンさんやレイド夫妻、ギル夫妻もあの後、
釣りに興味を持ってくれたみたいなのだが、
特に彼がハマってしまい―――
何かと理由をつけて出掛けようとするのだ。
子供たちと一緒に出来る&お土産をゲットできる
事も一因なのだろうけど。
「確かに、ギルド長が依頼に同行して
くれれば、ブロンズクラスの人たちも
安心するでしょうから……
ほどほどにお願いしますよ」
「おう!
じゃ、行ってくるぜ」
いそいそと川辺へ向かうジャンさんを見送り、
「いっぱい釣る必要はありません。
あくまでも調査なので―――
釣った場所は覚えておいてくださいね」
全員に声をかけると、釣果を待つ事にした。
「シンさん!
こっち2匹です」
「俺はまだ1匹……」
「私は4匹かかりましたー」
小一時間もすると―――
大方の人が釣れたようで、見回りながらそれを
確認する。
しかしこうして見ると魚の種類は豊富で、
サイズも元から四,五十cmと大きい。
アユやウグイ、オイカワ、イワナっぽい魚は
近くの川で獲れていたが……
シャケやカジカ、マス、イトウに似た魚もおり、
生息地がごちゃ混ぜもいいところだが―――
そこは異世界だからと自分を納得させた。
「ちょっと離れただけで、これだけの種類の魚が
いるんですか」
巨大化させるにしろ、いろいろ料理が考えられる
かも、と……
料理に思いをはせていると、
「お前ら、川から離れろ!!」
遠くまでよく通る、ギルド長の大声。
反射的に、ブロンズクラスたちが一斉に岸から
駆け足で遠ざかる。
ジャンさんがただ一人岸辺に残り―――
その先の水面に目をやると、
「な、何だありゃ!?」
「波が……!」
「何かが近付いてくる!?」
彼らは私と、駆け付けてきたメル・アルテリーゼの
後ろに回ると―――
その光景に釘付けになる。
そして巨大な波しぶきと共に、『それ』が
上陸して姿を現した。
地球でいうところの『カバ』。
しかし頭に鬼のような二本の角があり、
さらにそのサイズたるや……
三階建てのちょっとしたお屋敷が、動き回って
いるような感じだ。
そんな化け物を相手に、ギルド長はただ一人
相対していて―――
「角河竜だね。
ナワバリ意識が強い魔物だけど」
「じゃが前回来た時はおらなんだぞ?
それとも、ジャイアント・バイパーを倒した後に
来たのかのう」
妻二人は日常会話のように話す。
それだけ彼の実力を疑っていないって事
なんだろうけど。
「一応、加勢してくる。
2人はここで冒険者たちを守っていて」
彼らの警護をメルとアルテリーゼに任せると、
私は走ってジャンさんに近付く。
そして『無効化』の能力を使うため―――
頭の中で条件を整理する。
確かにあの巨体……
水中でなら支え切れもしようが、
普通のカバの三倍は超えるであろう大きさ。
重量なら十倍はいっているはず。
しかしそれに対する足の長さ・太さは『普通』。
そのサイズ比では―――
「その巨体とその四肢の構造比で、陸上で
動き回る事の出来る生物など」
・・・・・
あり得ない、と続けようとしたその時、
「……ぬんっ!!」
ギルド長が声と共に、『縦』『一直線』に、
角河竜の正面に短い剣を振り下ろした。
ビクン、とその巨体が止まったと思うと、
後方の川の水面が裂けるように両側に別れ、
それが三十メートルほど続いたかと思うと、
元の水面に戻り、
「えっ?」
「あ……」
「み、見ろ! アレ」
ブロンズクラスたちが指差す先―――
そこにいた角河竜がゆっくりと中心から
ズレていき、
「うぉっと!」
完全に左右に両断され、それぞれの方向に倒れると
同時に巨大な血しぶきが上がり―――
それを察知したジャンさんは後方へ飛んで
距離を取る。
「あー……
ちと切り方がマズかったかな?
まあいい、ここで少し解体していくか。
おい、お前らも手伝え!」
ギルド長の号令のもと、冒険者たちが弾かれた
ように動き―――
アルテリーゼは運搬の手伝い要請のため、
公都へシャンタルさんを呼びに飛んでいった。