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12
夏太が全校生徒から排斥され、やがて不登校のまま転校していっても、6年4組の「本当の呪い」は解けていなかった。
教室の片隅で、弥(わたる)、賢太(けんた)、翅(つばさ)の3人は、相変わらず光を失った死んだ目のまま、時折思い出したように「あはは……」と機械的な笑顔を浮かべていた。夏太に脳へ直接叩き込まれた不快な言葉と、公開授業参観で親を深く傷つけてしまったという圧倒的な罪悪感が、彼らの心を分厚いコンクリートのように閉じ込めてしまっていたのだ。
「諦めるな。あいつらが自分で心を閉ざしたなら、俺たちがこじ開けるまでだ」
大神蹴介(しゅうすけ)のその一言から、翔(しょう)と蹴介の、泥臭く長い戦いが始まった。
二人は毎日、放課後になると3人の机の前に椅子を引いて座り、ただひたすらに話し掛け続けた。
クラスの奴らがいくら冷めた目で見ようとも、3人が死んだ目のまま生返事しか返さなくても、翔たちは絶対に諦めなかった。
「弥、覚えてるか? 4年の時、一緒に作った秘密基地のこと。あの時、お前が泥だらけになって笑ってた顔、俺、今でも覚えてるんだ」
「賢太、この前の算数の小テスト、お前本当は100点だったんだろ。お前は頭が良いんだから、あんなくだらない言葉に脳みそを使わなくていいんだよ」
「翅、これ……お前が好きだったイチゴ味の飴。ソーセージなんかより、こっちの方がずっと美味いだろ」
下品な言葉が返ってくれば「そんな言葉はもう使わなくていいんだ」と言い続け、虚無の笑顔を浮かべられれば「無理して笑うな」と、その手を握りしめた。
一ヶ月が過ぎ、二ヶ月が過ぎた。季節は冬から、容赦なく春へと移り変わっていく。
3人の反応は、最初はただの無視だった。それがやがて、小さなうつむきに変わり、1月の終わりには、弥の目からポロポロと涙がこぼれ落ちるようになった。
「……ごめん。僕、母ちゃんにあんな酷いこと言って……もう、どうやって普通に笑えばいいか、分かんなくなっちゃったんだよ……!」
弥が初めて吐き出した「本音」に、翔は涙を堪えきれずに、その体を強く抱きしめた。
「大丈夫だ、弥。お前は悪くない。全部、全部あいつらが悪かったんだ。ここに戻ってこい。俺たちがずっと、お前の隣にいるから」
賢太も、翅も、翔と蹴介の執念に引きずられるように、少しずつ、本当に少しずつ、その瞳に「人間の温かい光」を灯し戻していった。言葉の意味に汚された脳を、4人の幼馴染の思い出という綺麗な水で、毎日毎日、泥を落とすように洗い流していった。
そして、3月。ついに卒業式の日が訪れた。
校庭の桜が蕾を膨らませる中、式を終えた6年4組の教室には、保護者たちも集まっていた。あの日、我が子の狂気に涙した親たちも、この数ヶ月間、翔や蹴介が泥まみれになって3人と向き合い続けた姿を、ずっと後ろで見守り続けていた。
「如月くん、大神くん。……本当に、ありがとう」
弥の母親が、赤い目で二人に深く頭を下げた。
翔は照れくさそうに笑いながら、教室の窓際を振り返った。
そこには、校庭に降りていく準備をしている、弥、賢太、翅の姿があった。
「おい、翔! 蹴介! 早く来いよ、校庭でみんなで写真撮ろうぜ!」
弥が、翔たちを振り返って大声で叫んだ。
その顔には、もう夏太に怯えていたあの「歪んだ笑顔」はどこにもなかった。
不快な下ネタで麻痺させられていた不気味な表情ではない。
目が細くなり、口元が緩み、涙が出るほどくだらない、けれど最高に愛おしい、「12歳の男の子の、本物の輝くような笑顔」が、そこにはあった。
賢太も、翅も、お互いの肩を組み合って、心底楽しそうに笑っている。
彼らはついに、夏太の泥水の底から、本当の自分たちの心を取り戻して生還したのだ。
「……あぁ、今行くよ!」
翔は胸がいっぱいになりながら、隣の蹴介と視線を交わした。蹴介もまた、これまでの全ての苦労が報われたような、優しく頼もしい笑顔を浮かべている。
不快な雑音にまみれ、一度は完全に崩壊した6年4組。
けれど、最後に残ったのは、汚い言葉なんかよりも遥かに強い、少年たちの絆の光だった。
五人は並んで、未来へと続く青空の下へ、力強く一歩を踏み出した。
(第一部・完)
コメント
1件
読み終わりました……もう、本当に涙が止まりませんでした。翔くんと蹴介くんが、弥くんたちをただひたすら待って、話しかけて、手を握り続けた二ヶ月。その執念が彼らの心を溶かしていく過程が、胸に迫りました。「本物の笑顔」を取り戻した少年たちの姿に、人間の強さと温かさを教えてもらった気がします。第一部完とのこと、続きが待ち遠しいです。素敵な物語をありがとうございました🌷