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「いっそ、取り上げちゃうっていうのは?」
「いや、それは………」
それは私も考えた。
脅威そのものを、二人の側から遠ざけるという方法。
恐らく、もっとも堅実な対処法だと思う。
ただ───
「引っ掛かるんだろ?」と、私の顔色を見て取った幸介が、片方の口角をわずかに持ち上げてみせた。
「変、だよね………? あれはやっぱり、二人の側に置いといてあげたいっていうか」
「危険なモノだとしてもですか?」
結桜ちゃんの瞳が、こちらを真っ直ぐに見つめた。
非難の色はなく、ただ純粋な疑問だけが配われた、あどけない眼差しだ。
それに堪えきれず、私は目線を自身の膝元へ落とした。
「そうだね………。 危険、て分かってても……、うん………」
めちゃくちゃな事を言っている自覚はある。
二人の安全を第一に考えるなら、あの品を彼らの元から引き離すことが、あるいは廃棄することが、最善の手段のはずだ。
「私も、よく分かんないんだよ………。 なんで、こんな気持ちになるのか」
「いえ、分かるような気がします」と、琴親さんが助け舟を出してくれた。
「“外は危険だから”と理由をつけて、わが子を家に閉じ込めておく親はおりますまい」
「そういうものか?」
「そういうものです。 御屋形さまが赤子の頃は───」
親心の機微なんて分からないけど、私のコレは、たぶんそんなに小綺麗なものじゃないと思う。
どちらかと言うと、単なる我儘だ。
二人には、ずっと安泰でいて欲しい。
だけど、そのために大切な思い出を擲って欲しくはない。
これまで、人間の尺度では計り知れない長途を辿り、また、この先も歩いてゆくのだろう彼らにとって、思い出はきっと、折に触れて大きな支えになる筈だ。
たしかに、思い出に拘泥するあまり、踏み出す足が鈍ってしまうことだってある。
吹さんはあの時、“潮時”と口にした。
ほのっちの取り乱しようから考えて、彼が言わんとしていた事については、何となく察しがつく。
同時に、父娘にとって、それが単なる思い出ではなく、大切な拠り所たり得ることも。
私はそこまで割り切れない。
心の拠り所に、みずからの手で見切りをつけろ。
そんな事、口が裂けたって言えやしない。
でも、万が一のことがあったら………。
もしも、その身に何かあった時。 その時は、彼らの旅路自体が、ここで。
ダメだ。
考えれば考えるほど、深みに嵌っていくような気がする。
いったい、私はどうすればいいんだろう………?
「そんじゃ、二人を守る方法考えようぜ!」
手を打った幸介が、朗々と宣言した。
思考が追いつかない。
いや、頭では分かっているのだけど
「千妃ちゃん、一旦落ち着こう?」と、タマちゃんが背中をそっと撫でてくれた。
「そういう感じでいいと思うよ?」
「いい、のかな………?」
「ん。 なんとかなる!」
私は、本当に弱い人間だと思う。
“守っておくれ”
その言葉に動揺し、躍起になって空回りした挙げ句、こうしてみんなを巻き込んだ。
巻き込んだ………? ちがう、そうじゃない。
ここに居るみんなは、あの父娘の関係者であり、友達だ。
“巻き込んでしまった” “気を揉ませてしまった”
そんなのは、私が偉そうに言うことじゃない。
「………どうやって守るの? その方向で行くとして」
「お?」
顔を上げて問うと、幸介はわずかに目を丸くした後、口元をニヤッと弛めた。
「そりゃ、あれだよ。 先生、どんなもんっすか?」
「せん……? そう、ですね………」
そっくりと丸投げされた結桜ちゃんは、しかし満更でもない様子で、生真面目に語を継いだ。
「やはり、護衛対象から絶対に目を離さないことが肝要かと思われます。 周縁にも、多角的に警戒の眼を至らせる必要があるでしょう」
「それなら、うちの巫女さん達にも手伝ってもらうよ」と、明戸さんから嬉しい申し出があった。
「警護役は、最低でも二人は必要かと。 これについては、此方と琴親が仕ります」
「いや、それはダメだよ」
咄嗟に口を衝いた。
人間を斬れない太刀、それは裏を返せば………。
「そんなリスクは負わせられない」
「ぬ………」と唸った結桜ちゃんは、しかし直ちにこちらの思いを悟ったのか、頬をわずかに赤くして俯いた。
「………分かりました。 警戒の方はお任せください」
そうすると、肝心の警護役についてだけど………。
「私たちで」
「だな」
「はい!」
幼なじみの眼を見て分かった。 思いは一つのようだ。
けれど、この選択が正しいのかは分からない。
人間を斬ることは出来ないと聞かされたものの、傷つけることが出来ないとは言われていないのだ。
「危急の際は、すぐにお逃げください。 その時こそ此方らが守りますゆえ」
「は。 一命に代えましても」
「琴親さん、そういうのは………。 本当に」
「あいや、これはしたり………」
この難局を、誰も傷つくことなく乗り越える。
“本当にそんな事できるの?”と、頭の中で疑問を呈する冷めた声に、私はなにも返さない。
“きっとできるよ”と、安易に応じるのは、あまりにも無責任だ。
“できない” “分からない” そんな答えを用立てるのは、甚だ見当違いだろう。 みんなの顔を見れば分かる。
「とにかく、兄やんと穂葉ちゃん最優先で」
「みんなも安全第一で!」
力強く頷く面々に、一筋の光明を見た気がした。
「でも、神さまは傷つけられないよ?」
そんな折、パジャマ姿の明戸さんが、控えめに挙手をしながら言った。
詳しく聴くと、神々には“神威の被膜”という防護措置があり、どんな刃物をもってしても、これを貫くことは絶対にできないと。
「けど、その……、吹さんだっけか? そのヒトはやたら心配してたんだよな?」
「うん。 私にはそう見えた」
「こうは考えられないでしょうか?」と、結桜ちゃんの肩越しに、琴親さんが意見を述べた。
「敵人の目的は、お二方を傷つける事ではなく、そのメンツを潰すことにあると」
「メンツか………」
たしかに、実際に損害を与えることができないとなれば、今度は一転して、体面の冒涜に着目する可能性も、充分にあり得る。
「……もしも、お祭りが」
ふと呟いたタマちゃんが、ハッとした様子で手のひらを口元に当てた。
「如何されました?」
結桜ちゃんの視線に「うん………」と短く応じ、明戸さんのほうに顔を向ける。
「つー姉ちゃん、ごめんね? 深い意味はないよ?」
「うん、いいよ?」
あらかじめ断りを入れて、彼女はおずおずと考えを述べた。
「もしもね? もしも、お祭りが失敗しちゃったら、それって警備を任された史さんの失態だよね………?」
「そう、だな……。 たしかにそうだわ」
幸介が頷き、結桜ちゃんも「たしかに……」と、小さく点頭してみせた。
「なんか、ゴメンね………? 大変な時に」
「いや、こればっかりは。 タイミングの問題だから」
しゅんとする明戸さんを気遣いつつ、考えを巡らせる。
当座で示されたものは、すべて憶測に過ぎないけれど、朧気だった相手の輪郭が、ほんの少し鮮明になったような気がした。
この脅威に備えて、私たちはどのように立ち回るべきか。 ある程度の方向性も定まった。
あとは
「その眼鏡だけどな?」と、幸介がこちらの手元を示しながら言った。
「もし使うんなら……。 や、使わないに越したことはねぇんだろうけど、最後の最後にしとけよ? マジで」
あのお店で託された、最後の手段。
少なくとも、私たちはそう考えている。
「安全第一だよ? 本当に」
「うん。 分かってる」
結桜ちゃんの見立てでは、“一角の神さまに頂いた品であるなら、人体に悪影響を及ぼすような物ではないでしょう”との事だった。
幼なじみが案じてくれているのも、そういった旨に関する事柄だと思う。
でも、私としては、やはりあの父娘の過去をのぞき見るような真似は、ギリギリまで避けたいというのが、本音の大半を占めている。
とにかく今は、あす明後日のお祭りに集中しよう。
この話し合いで仄めかされた“その時”を、みんなで無事に乗り切るために。