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【二週間前】
『来週のバレンタインは、心斎橋のマッスル・ショーパブで、みゆきの独身さよならパーティーすることになったわよ』
数時間前に、買ったばかりのスマートフォンから親友佳子の声がした、ユリアは最新型のスマホの分厚いマニュアルを睨めつけながら無言で聞いた、まったくこのマニュアルは何カ国語載ってるの?
「ねぇ、スマホの取説アプリをダウンロードする取説を読んでるんだけど、いったい何のことかさっぱりわからないわ」
電話の向こうで佳子が笑った、スマホのガラスの画面にぴったりつけている耳が冷たい、だいたい耳をつけている所から聞こえてるの?これは?
『まぁ!やっとあの化石のようなガラケーからスマホに変えたのね、日本であれを持ってるのはあなただけかと思った』
ユリアはムッとして答えた
「水没してしまったのよ、あれでも全然事足りてたわ、ネットもLINEも見れてたし、でもスマホは他にも何か色々出来るみたいだし、お店の子にも教えてもらったの、なんていうかほらっチック・トックでヤツ?ねぇ、そのボタンがないんだけど」
さらに佳子が笑った
『ばかねティック・トックよ、アプリをインストールしないといけないのよ』
「留守番電話機能は」
『それもインストール、ついでに言うとLINEも、時計も、カレンダーも、全部インストールしないといけないわ、今あなたのスマホは空っぽなの、あなたと一緒でね、あら、うまいこと言うわね、あたし』
桂子がケラケラ笑う
「そんなのスマホ会社の怠慢だわ、なんて役立たずなの、10万円以上したのよ、これ」
『そういうものなのよ、今度会った時に私が設定してあげるわ、当面は電話番号だけ登録しておいたら、ねぇ、それよりみゆきがしきりに心配してるわよ、あなたは来ないのかって、行けるでしょ?もうシフト出した?』
ユリアは分厚いマニュアルを放り投げ、ソファに深く座りなおした
「それが・・・私やっぱりやめとくわ、良ちゃんに悪いし、みゆきにはよろしく言っておいて、結婚式と2次会には必ず行くから」
佳子が電話の向こうでため息をついた
『まぁ!ダメよユリア、たまにはハメを外したら?堅物の彼氏に遠慮してせっかくの女学校からの親友を祝ってあげられないなんて、友情にヒビが入るわよ』
ユリアは冷蔵庫から缶ビールを取り出して言った
「あら、彼は行ってもかまわないって言ったわよ、公認会計士の彼は3月まで大忙しだし、どうせしばらくは会えないもの」
『あきれた、女友達と夜遊びするのを馬鹿正直に彼氏にお伺いをたてたわけ?』
「ちょっとは嫉妬してくれるかなと思って言ったんだけど・・・彼は大人だから私を信頼してるって言ってたわ・あたし達、固い信頼で結びついているの」
『いい大人が6ヶ月もつきあって、あなたに手を出さないなんて、彼はゲイじゃないでしょうね?』
ユリアは眉をしかめた
「いくら女学校からの付き合いだと言っても、言って良い事と悪い事があるわよ、彼は婚活パーティーで知り合ってから、それはそれは、私を大切にしてくれてるのよ、きっと結婚を考えてくれてるわ」
『まさか結婚するまでエッチしないつもりなの?いつの時代よ』
佳子が言った、痛いところをついてくるわね・・・
「そ・・・そんなことは無いわ、次に会ったらきっとそうなると思うわ」
『じゃぁ、あなた達エッチしないで会って何してるのよ』
「この間は、私が加入してる生命保険を見直してアドバイスしてくれたの、彼、私の先の事をとっても考えてくれたわ」
契約書を手に、スラスラと説明をする彼をユリアはうっとりと思い出した、ほっそりとした体つきに、貴族的な顏立ち、鳩山良平はいかにも高学歴の、知的な男性特有の草食系男子だった。おだやかな性格で、いつもユリアに優しく、会話はほとんどがユリアがしゃべって、彼は上手な聞き役だった
おとなし目の性格で、いつもシャツに糊が効いていて、清潔そうな所がユリアは気に入っていた、26歳で少し結婚にあせってきたユリアが婚活パーティーでやっと見つけた王子様だ
『保険の窓口じゃないんだから、デートでする話じゃないわね、ねぇ、マッスルショー・パブに行きましょうよ、どうせバレンタインは彼と会えないんでしょ?ほら、テレビにも出てる人気の筋肉ダンサーが、その日ステージに上がるのよ、彼のチケットをやっと手に入れたのよ、販売開始5分で売れ切れたんだから』
「考えとくわ」
ユリアは答えた、佳子は持ち前の明るさで言った
『じゃぁ、また前日にでも電話するわ、あっ、そうそう、当日は千円札を沢山用意しておいてね』
「そんなに沢山千円札なんて何するの」
怪訝そうにユリアが聞いた、電話の向こうで佳子がそんなことも知らないのかとあきれたように言った
『決まってるじゃない!ダンサーのパンツに挟むのよ』
・:.。.
・:.。.
ユリアはため息をついて佳子との電話を切った、バレンタインに彼に会えないという事で、少し心に寂しさを覚えていた、でもその日はユリアの勤めるイタリアンレストランは、バレンタインデーのイベントでカップルだらけだ
ラブラブのカップルを横目で見て、忙しく働くのも嫌だったので、ユリアはあらかじめ14日は休みのシフトを出していた、もしかして良ちゃんが誘ってくれるかもしれない、期待も虚しく、その願いは叶わなかった
無理もない、公認会計士は確定申告前の今の時期は体が二つほしいぐらい忙しいのだ、高校時代にはそれなりに恋愛もしたし18歳の夏には二つ年上の大学生とひと夏の初体験も済ませた。それなりに26歳のこの年まで、2~3人と付き合ったが、長くは続かず、映画のように激しく身も心も奪われるような男性には出会えなかった
やっぱり燃えるような恋は映画やドラマの中だけで、実際は生活に追われて恋愛どころではなかった。これが現実なの?それとも私が冷めているの?
それにはユリアの家庭環境も原因の一つかもしれない、母はいつも父の浮気に悩まされていた。一つ年上の姉の鈴子と夜、よく口喧嘩をする父母の声を聞いていた
「あんた達は誠実な男を選びなさい」
それが母の口癖だった、高校3年生の時に父を前立腺癌で亡くした時は、ユリアは悲しみにくれた、それでもこれで父と母の喧嘩を見ずに済むと思うと、悲しみと同時に心なしかホッとしたものだった
実際ユリアは父親っ子で、姉の鈴は母親っ子だった、父は穏やかな性格で、激しい口論は苦手でどうにかして母との喧嘩を避けてきた、それでも言い争わなければならない時は、沈黙を守りとおした
そんな父がユリアは大好きだった、同時に父を攻めたてる母に嫌悪すら感じた。母は今、姉夫婦と奈良の豪邸で同居している、玉の輿に乗った一つ年上の姉は、母親っ子で母と同居を条件に、かなり年上の歯医者と見合いで結婚した
その点では姉を誇らしくも思う、夫の歯医者の稼ぎで姉も専業主婦で、母に良い暮らしをさせている、母は姉のおかげで何不自由なく、孫達を甘やかせて生きている
だからこそ、ユリアは自分だけが出来そこないのような気がして、高校を卒業してからはレストランで働きながら、一人暮らしをし、調理師免許を取り、シェフとして料理の腕を磨きながら、日々スキルを重ねていた
将来はレストランを自分で経営したい、でもそれを母と姉に言うと、決まって儚い夢を見るより、良い相手を探せと説得される、そんな環境の背景もあって、ユリアは思った以上に恋愛には慎重になってしまっていた
そして見つけた4歳年上の素敵な王子様の良ちゃん、彼の顔はすっきりとした一重でタイプではないけど、男は外見より誠実さだ、何よりそれが一番大事だ、心を熱く溶かすような性的衝動もないけど、将来は安定している
良ちゃんと話していると穏やかな気持ちになる、ユリアは冷蔵庫からラザニアの残りを取り出し、レンジでチンしてからホークでつついた、自分の自慢の一品だ、沢山作って冷凍庫にストックしてある、いつか良ちゃんにも食べさせてあげよう
次々とラザニアを口に運びながら、再びスマホのマニュアルと睨めっこする、機械音痴のユリアがガラケーを若いバイトの子達にバカにされ、新しくスマホを購入した、今までは家のノートパソコンで充分だった、町で歩く人もスマホにくぎづけで周りを見ていない
あの光景に自分の観たいモノしか見ていない人達を見て、自分は、ああは、なりたくないと倦厭していた、道を歩く時はスマホを見ないで、お天道様に顔をあげてさっそうと歩きたかった
でも若いバイトの子達が小さな画面で動画を見たりしているのを見ると、ちょっぴり羨ましかった、たかが26歳で時代に取り残されたくない、だったらこの恐ろしく便利らしき、この小道具を使いこなしてみせる、と意気込んでみても、スマホ画面をさまよう指が情けないほどぎこちない
実際、佳子からの電話も画面を叩いてみたり、弾いてみたりしたが、切れず、向こうから一方的に切られたため、画面を指でスライドすればよかった事に気付くまで、およそ2時間もかかってしまった
ようやく電話機能の登録メモリを探しだし、ガラケーから一つ一つ電話番号を登録する。これはけっこう大変な作業だ、ぎこちない指使いで、よくかける番号を登録していった
姉に、母に、佳子に、みゆき、お店の番号に、オーナーの番号、いきつけの美容院に、英会話教室の番号、そして・・・最後に愛しい良ちゃんの番号を登録し、終わる頃にはすっかり眼精疲労で目がチカチカした
彼と愛を交わしてみると、また違ってくるかもしれない、どっちみち私達はもっとお互いのことを深く知る必要がある
私は良ちゃんを好きだし、彼も私を好いてくれている。これだけは確かだ、そうよ私達が親密になるのは時間の問題、きっと彼もそう思ってくれているはず
ゴクリと喉を鳴らしてビールを飲む、彼はどんな風に私を抱くのかしら?彼らしい優しさで淡泊かしら?それともベッドに入ると豹変するタイプ?仕事熱心で、上品で教養溢れる良ちゃんが、大汗をかき、獣のように腰を振っている所を想像した
それはそれでギャップが素敵かもしれない、途端に体の奥の部分が熱くなった、いやだ・・・私欲求不満かしら?良ちゃんの紳士的な態度が原因で、欲求不満になってるなんて恥ずかしくて死んでも人に言えない
来週のバレンタインマッスル・ストリップ・ショーで、男性のヌードなんか見たら、必死で消そうとしている自分の体の欲望の炎に油を注ぎそうだ
やっぱり佳子やみゆきには悪いけど、マッスル・ショーパブに行くのはやめておこう、もしかしたら仕事が早く終わったら、良ちゃんが誘いの電話をくれるかもしれない、その日は休みだけど、家で大人しく彼からの連絡を待っていよう
それが一途な女というものだ、なぁに、暇つぶしならこのスマホでいくらでもできる。そう思いながらユリアはすべての番号をガラケーからスマホに登録した
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【マッスル・ショー・パブ】
「ちょっと!ユリア!ぼーっとしてると怪我をするわよっっ」
佳子はよろめいたユリアを引っ張って立たせ、両手をメガホンのようにしてステージに声援を送った
自分の顔よりも高いステージの上で、こしみを付けたボディービルダーが、両端に火のついた棒をぐるぐる回し、ファイアー・ダンスを踊っている
「キャーっっ」
「見てよあの筋肉」
桂子の隣でみゆきがキャーキャー叫んでいる、千円札を縦に折り握りしめて、きりに右腕を高く掲げている。ステージのスピーカーから流れる爆音に体がズンズン響く、その下で観客が押し合いへし合い、揺れている
しかも全員女だ、ステージの上では音楽に合わせ、筋骨隆々のボディビルダーが、所せましと飛び跳ねて踊っている、彼らの体はものすごかった
大はしゃぎする桂子とみゆきの横で、ユリアはただ息を飲んで、彼らの肉体美に見とれた
パブ内にひしめき合っている女性は、みんな総立ちだ、ステージで踊る男達に、我先にと千円札を差し出している。ダンサーたちが惜しげもなく服をはぎ取ると、観客の狂気は頂点に達した
ラップの聞いた音楽と、甲高い歓声が大音響と化し、部屋のガラス窓にビリビリ響いて今にも割れそうだ
「こっちにくるわよ」
侍の衣装を着たダンサーが、見事な立ち回りを見せた後、勢い良く着物をはぎ取った
「キャー!!!ふんどしよ」
「千円を挟ませてー」
みゆきと佳子が叫ぶ、さらに奥のカーテンから、今度は警察の制服のコスプレをしたダンサー登場した
「あたし、こっちがタイプだわ」
「きてっっ」
佳子にひっぱられ、警官風ダンサーの真ん前に、二人はかぶりつきになった、彼は巧みに棍棒を振り回し、腰をグラインドさせながら服をはぎ取っていった
佳子に「やれ」と怖い顔で睨まれ、ユリアもしぶしぶダンサーの真っ赤なビキニパンツに千円を挟んだ。それから彼は警察帽以外のすべてをはぎ取り、ステージの観客から千円を受け取った
ダンサーは輝く白い歯を見せて「ありがとう」とユリアに笑顔を見せ、最後は数十センチの近さで脚を全開に開いた
彼らは陰毛を綺麗に剃っていた。女達の歓声は悲鳴に変わった
隣の女性が一瞬でユリアの視界から消えた、卒倒したのだ。すかさず店が雇っている警備員に、その女性は運び出された、男性のしかも勃起したモノをこれほど近くに目のあたりにして、ユリアは目がチカチカしてふらついた
次は自分が倒れそうだった
「キャーキャー」
「彼のモノ!棍棒より大きいわ」
みゆきと佳子が大はしゃぎしている、最前線からユリアはヨロヨロと後ろのバーへ避難した、良ちゃんと修道女のような交際をしてる身には、あまりにも刺激が強すぎる
全身に鳥肌が立ち、乳首がきゅっと硬くなった、体の奥は突き上げる欲望であふれんばかりだった、ユリアは息を止めた、ひしめき合う女性達の体の弾力、頭上を目まぐるしく旋回するミラーボール、体に響く重低音
ダンサーの磨き抜かれたまばゆい裸体、自慢の肉体をどうだとばかりに見せつける男達、なんて形の良いお尻なの?
前で腕を組み、右左と胸の筋肉をぴくぴくさせている、それに食いつき、欲望をむき出しにする本能丸出しの女達
いったいこの国の大和撫子の精神はどこにいったの?この雰囲気の中ではどんな奥ゆかしい女性も、肉食系女子になってしまう
ユリアはフワフワと性衝動に揺れている自分をたしなめた、欲望に踊らされてはダメよ、ああ・・・でも見て?あの人のモノ、天にも届きそうだわ・・・
ユリアは全裸で腰を突き出して、踊るダンサーの男性の象徴から目が釘付けになっている自分を、押さえることができなかった
胸が欲求不満で渦巻いている、体の奥から湧いてくる欲望を鎮めるようにビールをごくりと仰いだ
・:.。.・:.。.
「あーっ面白かった」
「一生分の男性のアレを見たわ」
「笑いすぎて死にそう」
三人は夜の心斎橋を腕を組んで笑いながらフラフラ歩いた、途中、交通整備をしている警官を見て、三人は先ほどのマッスル・ダンサーを思い出して、電信柱にしがみついて大爆笑した
さらにラーメンを食べて帰ろうと、入ったラーメン屋の屋台のカウンターに置いてあった、魚肉ソーセージを見て、どうにもこうにも三人は笑いが止まらなくなった
三人とも興奮で頬を赤く染め、まるで女学生に戻った時のように、箸がころがっても可笑しくて泣きながら笑った、やがて笑いも収まってきた頃に、ユリアが優しく言った
「結婚おめでとうみゆき」
みゆきが泣き笑いながら言う
「ありがとう!ここまで来るのに結構大変だったけど、なんとか収まりそう」
「彼のお家に上手く溶け込めそう?」
佳子が心配そうにみゆきに言った
「うん!彼のおじい様もあたしを気に入ってくれてるみたいだし、大変かもしれないけど、彼を愛しているから頑張れる」
「彼のおじい様が偉い大臣なんだから、ゆくゆくは彼も政界進出って感じ?大変な所へお嫁に行くのね」
ユリアも言った、みゆきは3人の中でも可愛い系美人で、大手証券会社の受付秘書をしていた
そんなみゆきに一目惚れした、彼のタクミ君がみゆきに猛アタックし、そして二人は晴れてラブラブカップルになれた、でも軽い気持ちで付き合うのと、結婚は別だ
二人が結婚するには、色々と乗り越えないといけない問題が山積みだった、新朗のタクミ君は、代々政治家の家で、彼の祖父は現役の大臣だった、みゆきは大臣に気に入られようと、必死で今年の夏の選挙活動などを積極的に手伝った
「今はタクミ君も証券会社の仕事で、手一杯で、考えてないって言うけど、でも、いずれはそうなると思う、大丈夫、彼の事愛しているからきっと支えられると思うわ」
みゆきは輝かんばかりの笑顔で言った
「内助の功ね!偉いわみゆき!」
佳子もハイボールを掲げて言った
「私達の中で一番の玉の輿ね」
ユリアも涙ぐんで言った
「結婚前にハメを外せてよかった、今日は本当に楽しかったわ、ありがとう二人とも」
三人で手を取り合って、また涙ぐんだ、ほんとうによかった、みゆきには幸せになってほしい
「ねぇユリアの良ちゃんもあんなダンサーみたいなの」
みゆきがウシシッと笑って言った、3人ともまだ酔いが冷めていなかった
「ええっと」
ユリアはポっと赤くなった
「良ちゃんはゲイなのよっ」
佳子が箸を振り回して言った
「ちょっと!怒るわよ!」
「まぁ、それじゃ、まだ何も?つきあってどれぐらいだっけ?半年?」
ユリアはバッグをつかみカウンターに座った足をぶらぶらさせた
「実はそうなの・・・今日も連絡待ってたんだけど、今彼とても忙しいの」
ユリアがシュンとして言った
「そのおかげで、いいもの見れたじゃない」
佳子がいやらしく笑って言った
「でもバレンタインの夜なのに、ねぇ、会いたいよね・・・」
みゆきが同情の表情を浮かべた、ユリアはコップの水を一気に飲みほし、心もとない感じを打ち明けたくなった
「ねぇ・・・あたしって・・・魅力ないかな」
「うわっ!びっくり!じゃあ彼とどこまでいってるの?A?B?」
「聞き方が昭和ねっ」
佳子があきれて言った
「ダッサッ」
ユリアも笑った
「魅力ないなんてこと無いわ、あなたはとても美人よ、おっぱいも大きいし、ただなんていうか・・・」
「そうね・・・気が強いのは元々だけど、隙がないって感じ?」
二人が値踏みする様に、ユリアをマジマジと見る
「隙?それってどういうこと?」
「なんて言うか・・・肩でも触そうものなら、学校の先生みたいにパチンッと、手をやられそうな?」
「そんな色気ないかしら?」
あまりにもふさぎ込むユリアに、二人はあわてた
「そんなことないよ、良ちゃんはあなたをそれだけ大切にしてるのよ」
みゆきが言った
「大丈夫よ、ちょっと彼を刺激すればいいのよ、きっかけを作ってあげるのよ」
佳子も言った
「どうやって?」
「私も待ちきれないっていう気持ちを見せるのよ、直に言うのが恥ずかしいなら電話ならどう?」
ユリアの顔が明るくなった
「そうね!電話でなら言えるかもしれない」
「いわゆるテレホンセックスね」
佳子が言った、屋台の向こう側にいる、おじさんがラーメンを噴き出した、そして「まったく近頃の若いもんは・・・」などとぶつぶつ言ってお会計をさっさとすませ、立ち去った
それから三人はタクシーに乗り込んだ、ここでも佳子とみゆきは盛り上がり、ユリアにテレフォンセックスの奥儀をあれやこれやと助言した、タクシーの運転手も、三人の会話を耳にして石になったが、そこはプロらしく、三人を無事に家に送り届けた
・:.。.・:.。.
深夜の自分のマンションに帰り、ユリアはガチャリと音を立てて一人暮らしの部屋の鍵を閉めた、スイッチを入れた部屋の照明が、目をズキズキさせたので、すばやくユリアは間接照明だけにした
明日は遅番なので、夕方までぐっすり眠れる、スマホの画面を見ると、良ちゃんからの着信はなかった
代わりに画面上のツールバーに受話器のマークと「1415」と表示されていた
―壊れてるんじゃないの?これ?―
シャワーを浴び、二人の助言を一言一言思い出して、じっくり考えてみる、ベッドに入っても目は覚えまくって、まったく眠れない
今夜のショーの熱気と、男達の汗とボディオイルの匂い、そして良ちゃんの顔がちらついてしかたがない、彼もきっかけを待っているのかしら?・・・佳子とみゆきが言うみたいに本当は彼もそうしたいのに私が学校の鞭を振り回す女教師みたいに規律正しい雰囲気を醸し出しているからだとしたら・・・私の責任だわ・・・
本当はそうじゃないのに・・・私だって今夜のショー・パブの女性客達みたいに欲望はあるのよ・・・
そして今夜はそれが溢れ出ている・・・あとは私が良ちゃんをちょっとつつきさえすれば、二人は目くるめく官能の世界で激しく踊れるかもしれない
彼にセクシーな誘いをかけてみようかしら?でも、彼に引かれたらどうしよう・・・
ユリアはしばらく考えこんだ、でも、もし彼に引かれたら、その時は琵琶湖の湖にでも飛び込もう
そして二度と彼の前に顏を見せないようにしよう・・・時計をみると午前も1時を回っていた、きっと彼は今頃は夢の中だろう
けどこの誘いが成功したら、彼は一発で起きてくれるかもしれない、もちろん別の場所も・・・
ユリアは勇気を出し、震える手でスマホをタップし、良ちゃんの短縮番号に向けて発信した
・:.。.・:.。.
月明かりを背に受けて「朝倉淳」は自分のベッドで何度も寝返りを打っていた
勤務明けの、特に悲惨な事件の後の睡眠は浅く、少しの物音でも目覚めてしまう
警察学校を出て5年、あの頃のように世の中を犯罪の無い良い世界にしたいと胸躍らせていたのは遠い昔で、今は毎日起こる事件や嫌われ役の警察の仕事に、あまり希望を抱ける日々は、もう送っていなかった
刑事精神鑑定医に相談してみようか?・・・自分は今ストレスを感じ、ふさぎこみ、なにかに取りつかれているせいで、不眠症になり、現実に対して異質な認識を持っていて・・・ああっくそっ目が冴えてきた
嫌だ!絶対に起きないぞ!今は何も考えずに眠りたい、両親から与えられた身長185㎝の強靭な体をまたゴロンと打ち返し、ベッドが軋んだ
こうなったら道場で習った呼吸法と瞑想に頼ってみる、静かに息を吸って吐く、何回かそれを繰り返す、頭の中に静かな湖を浮かべ、呼吸に意識を向けた
湖面すれすれに美しい白鳥が飛んでいる、何不自由なく大きな翼を優雅に広げたり折り曲げたりして、湖面には優雅に飛んでいる自分の姿が映っている
もうすぐ深い睡眠の海に入っていける・・・潜在意識がさざ波の向こうに泳いで行こうとした時・・・
その時、枕元のスマホが怪しく光り、陽気な着信音が鳴った
びくりと体が引きつり、意識が体に戻ってきた、ジュンはスマホの画面を寝ボケまなこで確認したが、知らない番号だった
しかも夜中の1時過ぎじゃないか?安眠妨害だと文句の一つも言ってやらねば、しかたがないから寝ながらスマホの画面をタップした
「もしもし」
『良ちゃん・・・あたしよ、ユリア』
ユリアって誰だ?そう言おうとしたが寝起きで声がまだ出ない、親戚か兄達の知り合いでそんな名前があっただろうか?男4人兄弟の末っ子のジュンは、一人一人兄の顔を思い浮かべてみる、ボーっとしながらでも、そんな名前の女性は思い当らなかった
電話の主は心持ち、何か緊張してる様子が感じ取られる、職業柄、相手の裏の裏をヘンに探ってしまうのが悪い癖だ、何を考えているんだ?何故そんなに緊張している?
『こんな時間にごめんさい・・・でもあなたの事色々考えていたら、眠れなくなって・・・』
フム・・・なかなか良い声じゃないか、気に入ったぞ
・:.。.・:.。.
フ~ッと電話の向こうで彼のため息が聞こえる・・・ユリアはそのセクシーな、ため息に下腹部がキュンとなった、佳子の助言通りにする、とにかくお構いなしに進めるのよ、枕に深く頭を持たせてなるべくセクシーに聞こえるように、ハスキーな声で話す
「あたし達・・・そろそろ次のステップへ進んでもいいと思うの・・・」
・:.。.・:.。.
なかなか可愛らしいハスキーな声で大胆な事を言う・・・相方の達也がタチの悪いいたずらをしかけてきたと想定してもわざわざこんな時間には無いだろう
電話の向こうの女性に、ジュンは間違い電話だと言おうとした、その時信じられない言葉を聞いた
『私今パンティを履いてないの』
・:.。.・:.。.
なんだって?ジュンは魚のように眠りの海から網でザバンと一気にこの世に引き上げられたようだった、それかカジキマグロのように銛で一本釣りをされた気分だ
彼女は今なんと言ったんだ?股間が早くも突発的な証言にムクムク意思を持ち始めている、電話の主の声は緊張で、かすかに震えていた、そして小さく笑って言った
『あのね・・・ずっと考えていたのだけど・・・あなたはブリーフ派かトランクス派かどっちかなって・・・』
どうしたものか、彼女は電話の相手が彼氏だと思っている、真夜中に誘いをかけようとしているのか?
「トランクスだ」
思わず言ってしまった、何で答えてしまったんだ、俺は?アホか?
しかし彼女の少し気を使って緊張した声をもう少し聞いていたい、いったい何でそんなに緊張しながらこんなに大胆な事を言ってるんだろう?
『私・・・誰にも言っていない秘密があるの・・・あの・・・突然こんなこと言って嫌いになった?』
彼氏の下着をまだ見た事がなくて想像しているのだから、二人はまだそういう関係じゃないってことか?何かキツイ事を言えば彼女が傷ついて泣いてしまうのではないかと思った、それぐらい彼女の声は自信なさげで、おどおどして、そしてとびっきりセクシーだった
「そんなことないよ、どんな秘密?」
『私実は脚のつけねに小さなハートマークの痣があるの・・・1㎝ぐらいの、大きく足を開かないと見えないんだけど・・・見たい』
こうなったらとことん付き合うぞ、ジュンの手は自然に股間の熱いモノを握って、こう言った
「めっちゃ見たい」
・:.。.・:.。.
やったわ!彼をその気にさせた!
ユリアは心の中で小さくガッツポーズをした、電話の向こうから彼が低い声で言う
『何も履いてないんだろう?』
「うん」
『じゃぁ足を開いて』
彼の誘導にドキドキした、電話の良ちゃんの声は優しく、そして寝起きのせいかとてもセクシーだ
『もっと思いっきりひらいて・・・僕に良く見えるように・・・』
・:.。.・:.。.
そう言ってジュンは目を閉じた、シーツの衣擦れの音がする、間違いなく彼女は自分の言う通りにしてる、その服従心が男をどれほど興奮させるか彼女は知らないのだろう
「ああ見えるよ・・・きれいだ濡れて・・・光ってる」
『いや・・・恥ずかしい』
「だめだよ・・・足を閉じちゃ、さわってごらん、大丈夫だから」
ユリアは目を閉じ、彼に触られている所を想像した、実際グショグショだった
『ここ舐めていい?』
「ああんっっ」
彼女のあえぎ声にどうしようもなくそそられる、彼女の髪は何色なんだろう?茶色かな?それとも真っ黒?下の毛は濃いのか薄いのか・・・そして脚のつけ根にハートのアザ
モンタージュを作るように、想像上で彼女は出来上がっていく
『私ばっかりずるい・・・あなたも脱いで・・・』
片手でスマホを持ってるので脱ぎにくいが、それでも秒の速さでトランクスをはぎ取り、放り投げた
「脱いだよ胸はどうなってる」
『先が硬くなってる・・・あなたに触ってほしがってる』
ああ・・・たまらないよユリア・・・
「僕にされてると思って、胸もいじって・・・気持ちは一緒だよ」
『あなたのも触らせて』
「いいよ、好きにしてくれ、コレは君のモノだ」
まいった・・・頭がおかしくなりそうだ、彼女のせっぱつまった喘ぎ声が聞こえる
「我慢できない、君の中に入るよ」
『待っていたの・・・』
ジュンは想像の中で、彼女の脚を思いきり開いて深々と腰を沈めた
「ああ・・・っ!君の中は気持ちいいっっ!」
ハァ・・・『あなた大きいわ』
電話の向こうから彼女の喘ぎ声と興奮が伝わってくる、今は激しく自分のモノをしごいている
「何か言って!ユリア」
『ああっっ!もっと、そこよ』
引きつるような甘えた彼女の声がジュンの手を激しく動かせる、ジュンが荒い息で言った
ハァッ「一緒にイきたいっっ!イくときそう言って」
激しい息遣いが部屋にこだまする
『イくっ・・・イきそうっっ』
「よしっ、一緒にイくぞっっ!ユリアッ」
怒涛のようなエクスタシーが体を這い上がってくる、彼女の煽るような声に合わせて手を動かす、心臓が競走馬のように疾走する
『ああっっ』
「ああっっ」
彼女の絶頂の叫びと同時に、ジュンも勢いよくシーツにぶちまけてしまった、ティッシュで押さえるのが両手を塞がれていて、出来なかった
後でシーツを洗わなければ、でも今は魂を持っていかれたような絶頂感で何も考えられなかった、やがて荒い息を整えて、二人はフワフワと一緒に登りつめた頂上から降りてきてた
ハァ・・・「すごくよかったよ」
『あたしも・・・』
ジュンは大きく深呼吸した、まだ余韻に心臓が震えていた、彼女も荒い息を惜しげもなく吐いている、その声を聴いていたらまた興奮してきた、なんて良い声だ、暫くして彼女は小さく笑って言った
『あの・・・そろそろあなたを寝かせてあげないと・・・』
一変して彼女は途端に恥じらいの衣をまとった
「もう切るのかい?」
なごりおしそうにジュンは言ってしまった、引き延ばしたらやっかいな事になるのに
『フフッ・・・あした電話してね、お休みなさい、良ちゃん』
不意に電話が途切れた、胸の鼓動は先ほどの突発な出来事から回復しきれずにいる、ジュンにとっては特別セクシーな事件だった、これがテレフォンなんとかってヤツか・・・初めて経験した
体の緊張が解け、怒涛の眠気に襲われた、ダメだ目を開けていられない、自分の顏が微笑んでいるのにびっくりした、体中が安堵のため息をもらしている
「おやすみ、ユリア・・・」
ジュンは至福に包まれながら、安楽の眠りに落ちて行った
・:.。.・:.。.
いつもと違う一日の始まりだ!
ユリアは普段の30分も早く出勤し、自分のパートの厨房機器をピカピカに磨いた、なんてすがすがしい朝、次に彼と会ったら二人の関係はすっかり変わったと悟るだろう
ユリアはデザート用の生クリームをミキサーにかけ、鼻歌を歌いながら、サラダバイキング用の野菜を軽快にカットしだした、いつもめんどくさくて嫌な作業も、考え事をしながらやるにはうってつけだった
キャベツ、きゅうり、トマトと軽快にカットしながら、記憶はとめどなく心を駆け巡った
夕べの良ちゃんは素晴らしかった、彼があんなに情熱的でセクシーな男性とはまったく知らなかった、彼の巧みな誘導で自分でも信じられないぐらい大胆になって、そして濡れた・・・
ユリアは手を止め、真っ赤になった、そして二人同時でイッてしまった、でもそれは彼が私にタイミングを合わせてくれたからだわ、彼は辛抱強く、ことさら愛のテクニックに長けているに違いない
そして彼のイク時の声ったら、ああ・・・思い出しただけで腰が砕ける
ユリアは熱い頬を押さえて、長い溜息をついた、公認会計士というお固そうな仕事で、人の人間性を決めるのはよくない、もしかしたら良ちゃんは学生時代とても遊んでいたのかもしれない、私達、お互い恥ずかしがり屋だったのね
ニヤニヤ笑いが止まらない、今や良ちゃんはユリアにとって、未知のとても魅力のある男性になった、ずっと欠けていた彼に対するトキメキが、今は全開だ、私達きっとすばらしいカップルになれるわ
こんなにも澄み切って幸せな気持ちになれたのは本当に久しぶりだった、そうこうしているうちに、パラパラとコック達が出勤してきて、心斎橋一の大型レストランの厨房は、戦場になった
すっかり出来上がったサラダバーを見て、後輩のコック達がユリアを羨望の眼差しで見た、女だてらに主任料理長という役職のおかげで、普段は厳しさを前面に出しているユリアだが
後輩達の感謝の言葉にすっかり気を良くして、賄のカレーまで作り、さらにみんなから尊敬を受けた、ああ・・・心が軽かったらこんなにも仕事も捗るものなのね、きっと良ちゃんも同じ気持ちよね
ユリアは幸せに微笑んだ、午後の忙しいランチタイムを慌ただしくこなしてやっと、休憩に入り、ユリアは休憩所で一息ついてカプチーノを啜った、そこへ会計係のウエイトレスが息を切らしてやってきた
「あ、ここにいた、捜しましたですよ、ユリア姉さん」
ユリアは笑って言った
「なぁに?チェンさん、その女芸人の先輩みたいな呼び方止めてくれる?」
小さな体を弾ませ、ウエイトレスのチェンが、手にメモ用紙を持ってユリアの席の前に座った、チェンは中国からの留学生で、東洋の神秘的な顏が、うちの洋食レストランのピンクのウエイトレスの制服を浮かせていたが、とても仕事が出来きるし、ユリアは彼女の人柄も気に入っていた
「たった今、彼氏の「良ちゃんさん」がお店に電話してきたんでやんすよ、ユリア姉さんと連絡がつかないって、それで伝言をもらってきたでやんす」
「まぁそうなの?」
誰だか知らないが、彼女にヘンな関西弁を教えるのを止めさせなければ、そう思いながらユリアは自分のスマホの画面を見たが、良ちゃんからの着信は無く、いつも通り変わらず上のツールバーに受話器のマークで「1415」と表示されているだけだった
チェンはメモをユリアに渡して言った
「急な出張で、一週間ほど中国に行くそうでやんす、姉さんのお友達の結婚式の二次会に行けなくて残念だともおっしゃってました」
ユリアはいかにも残念そうに肩を落とした
「そう・・・ここ数か月は海外のあちこちに飛び回るって聞いていたから、しかたがないわね、みゆきには私から言っておくわ」
チェンが続けた
「とっても急いでいるような感じでしたよ、彼氏さんグローバルですね、中国、なつかしい・・・私の故郷」
それからはチェンの故郷の話で盛り上がった、彼女の話はとても面白く、ユリアの寂しさは少し紛れた、しかし連絡がつかないって良ちゃんったら、きっと夕べの事で照れてるのね、あたしだって恥ずかしいもの、ボーっとしてるユリアにチェンが気を使って言った
「すいません・・・私ばっかり話してしまって、なんなら今、彼氏さんに電話シマスか?」
ユリアは気を遣わせている、若いウエイトレスに笑って言った
「いいのよ、彼とは今夜電話で話すから」
・:.。.・:.。.
「なぁ~~~んんで、私だけ違反切符切られなアカンのよ?他のみんなも停めてるやないのっっ!!」
木枯らしが吹く、大阪の中心の国道御堂筋の両側には、一世紀前に植えられた銀杏の木々がズラリと並び、またそれに隣接するように、数珠つなぎに駐車されているさまざまな高級車もここの名物で
その違法駐車されている車のフロントガラスには、枯葉の他にピンク色の駐車違反切符が順番に貼られてあった
今は一人のおばさんが、怒りに顏を歪め、取り締まり中の警察官の「達也」を威勢よく怒鳴りつけていた
「そんなこと言ってもここは駐車禁止区域なんですよ!あなたはホラ、もうここに駐車して3時間もオーバーしてるんです」
達也も警察帽を深くかぶり直し、睨みをきかせて言う、オバサンが違反切符を覗き込む
「どれ?どこに書いてあるん?」
達也も切符をオバサンに見せる
「ほらここに」
「どこ?」
「ここや」
すると突然そのおばさんは違反切符を達也から奪い、くしゃくしゃに丸めて口の中に放りこんだ
「うわ~~っっなんじゃ!このオバハン!違反切符食いやがった!吐けっっ吐けっっ、こらっ」
苦しそうに目を向いているオバサンと、なんとか吐き出さそうと押し問答をしている、自分の仕事仲間の達也を、少し後ろで見つめながら、ジュンは切ないため息をついた
そこへ達也がやってきた、手におばさんの唾液でベタベタした違反切符を持ってブツブツ言っている
「おいジュン!お前俺の相方やったらもっと仕事しろよ!今朝から何をため息ばっかりついてんねん、インフルエンザなら出勤停止の書類にサインしてさっさと帰れ」
ジュンが空を見ながらもう一回ため息をついた
「ほっといてくれ、タツ・・・俺は後悔の念に今苛まれているんだ」
ホットな彼女の電話を切った後、ジュンは信じられないぐらい爆睡した、そして翌朝、これ以上ない極上の目覚めを久しぶりに経験した、機嫌よく署に出勤したものの、時間が経つにつれて、自分が他の男になりすまして見ず知らずの女性に、こそこそテレフォンセックスをさせた事を、午後にはとても後悔するようになっていた
自分はそんな姑息な人間ではない、ましてやそれほど欲求不満だったのか、今までの人生上、男女交際も学生時代はそれなりに経験したが、いづれも一人の女性と健全に一定の期間つきあい、体を交わすのもごく自然にそうなっていた
もちろん一夜だけというホットな関係もまったくないとは言い切れない、高校時代に少しヤンチャしていた時などは、そういう相手もいることはいたが、それでも思いやりはあった
そして警官になってからは、いつでも清く正しく、軽薄な行動は慎んできた、タツはマクドナルドのハンバーガーの包みを開け、かぶりついた
「なんだ?女と揉めたか?ああっ、くそっピクルス多めというのを忘れた」
ジュンはほおり投げられたハンバーガーを受け取ったが、食欲は無い
「そんなんじゃないよ・・・でもなんか天使を穢したような気分なんだ、僕は信じられないぐらいゲス野郎だ」
あんなに可愛いくてセクシーな声をした彼女の彼氏に成り済ますとは
「なんだ?御堂筋のコスプレ風俗にでも行ったのか?心配するな、彼女達はプロだ、どんなプレイでも受け入れてくれるさ、だが親友としてこれだけは忠告しておく、彼女達に本気にだけはなるな!」
イヤらしく笑う相方をジュンは睨みつけた
「そんなんじゃないよ、お前じゃあるまいし、ただちょっと・・・切ないだけだ」
彼女はタツの言う通り、風俗嬢なのだろうか?それで客をあんなにセクシーに誘っていたのか?いや、それなら店に来てとかなんとか言うはずだ、いづれも「ユリア」という女性を追って御堂筋の風俗店を一件一件あたるようなアホなことはしない
しかし、かかってきた通話記録を調べて、署のデータべースに打ち込んで逆探知すれば・・・
ええい!何を考えている、職権乱用だ、ジュンは激しく首を振った
「なんだその女は、そんなによかったのか?その店のクーポンは持ってるか?」
タツが食べ終わったハンバーガーの包みをくしゃくしゃにして言った
「だからそんなんじゃないって、口にものをいれたまましゃべるな」
警察学校を卒業して最初に組んだタツは、なんと隣の中学校の相当な悪で有名なヤツだった、しかし、すぐに二人は意気投合し、もう相棒になって5年は経つ
タツは典型的な雑誌の男性モデルの外観と、いかにもそれにふさわしい軽薄な魅力を備えている
濃淡のある金髪を保つのに、毎月1万五千円も散髪代をかけているアホだが、今では欠かせない相棒だ、スッキリと男前な顏をこちらに向けてタツは言った
「女を忘れるのは次の女だ、誰か紹介してやるよ、キャバ嬢か?コギャルか?おいおいまさか人妻じゃないだろうな?悪くはないがトラブルは避けろよ」
「くだらん」
とびきり声のセクシーな女を一人頼む・・・なんて言えやしない、ジュンはいかにも興味なさそうに言った、そこにパトカーの車内に無線が響いた
ガッ!『道頓堀のコンビニで窃盗事件発生!星は未成年と見える、バイクで6時の方向に逃走中、ジュンタツコンビ!近くにいるんだろ!出動せよ、とっつかまえろ!!』
すぐさま運転席のタツがシートベルトを締めた
「了解」
ジュンが答える
「おもしろくなってきたぜ」
タツが口笛を吹いた、緊急の赤色灯がけたたましく光り、周囲にサイレンが鳴り響く、ギアを最大限に入れ、方向転換をし、二人の乗せた白黒のパトカーが時速150キロで風のように疾走する
いつものことながらタツは派手なことが好きだ、周囲の車が気前よく道をあけて譲ってくれる、歩道を歩く人々は、なにごとかと興味津々に自分達を見ている
風のように飛んでいく景色を眺めながらジュンは思った、彼女も今頃は間違い電話に気づき、彼氏とどこぞのバカを笑っているだろう・・・たいしたことじゃない、厚かましく彼氏になりすました、男なんか忘れ、て毎日面白おかしく暮らすだろう
あの時の彼女の緊張や、不安を気にする必要は、自分にはまったくないんだから、自分も人生最大の汚点を心の中に閉まって、忘れよう、そうさ、こんなことはもう起こらない
もう二度とかかってこないんだから・・・
ジュンはそう自分に言い聞かせ、謎の電話の女性の声を頭から追い出し、職務に集中した
・:.。.・:.。.
『せっかくお店にかけて来てくれたのに、電話に出れなくてゴメンなさい』
電話の向こうで可愛いらしいハスキーな声が言った、ジュンはシャワーを浴びたばかりの上半身裸で、首にタオルをかけ、窓際に立ち、信じられない気持ちで口をあんぐりあけてスマホを握りしめていた
―どうしてかかってくるんだ?それに店って言ったな?やっぱり彼女は風俗嬢なんだ、それじゃユリアって名前は芸名かもしれない―
ジュンの良心の呵責が少し和らいだ
『今は中国にいるんでしょ?出張ご苦労様、来週の今頃には戻ってこれるわよね?』
出張?彼氏は中国に出張してるのか?それじゃ今週いっぱいは彼女はフリーってわけか・・・って何を考えているんだ
ジュンは額から流れてくる嫌な汗を拭いた、間違い電話だと告げて電話を切るんだ、それで終わりだ、正しい事をしろ、そう自分に言い聞かせるが、舌が上顎に張り付いて言葉が出てこない
『良ちゃん?大丈夫?風邪でもひいたの』
心配そうな彼女の声
「うん・・・まぁ、実はそうなんだ」
ジュンはわざとらしく咳をした、何を言ってるんだ、僕は
『やっぱり、それでなんとなく声が聞きなれないのね、かわいそう、私が傍に居たら看病してあげるのに』
彼女はすばらしいサービス精神の持ち主だ、きっと店でもナンバーワンを張っているんだろう、こんなにマメに客に連絡をしてくるんだから、何ならその店に行ってもいいぐらいだ
『風邪にはね、ネギが効くのよ、今日のお店のサービスランチにネギのポタージュを出したの、良ちゃんにも飲ませてあげたかったな』
お店のサービスランチ?最近の風俗はそんなサービスがあるのか
「君が作るの?」
思わず聞いてしまった、クスクス笑いが向こうから聞こえる
『あら、イタリアンシェフの私が作らないで誰が作るんですか?今日、あなたの電話を受けたウエイトレスのチェンさんも、とっても美味しいって言ってくれたの、それと世界を飛び回っている、あなたをとってもグローバルでステキですって』
ガンッ・・・ゴロゴロゴロ・・・・
咄嗟に持っている缶ビールを落としてしまった、フローリングにビールの水たまりができた
『まぁ!今の音はなぁに?』
「ああっっ、ビールを落としちゃったんだゴメン」
『意外とそそっかしいのねぇ~・・・』
クスクスと機嫌よく彼女が笑う、あわててジュンは持っていたタオルで床を拭いた
情報提供その1、彼女はレストランのシェフだ、風俗ではない
情報提供その2、彼氏はグローバルで世界を飛び回っているらしい
情報提供その3、今は彼氏は出張中で来週にしか帰ってこない、こうなったら欲望のままに突き進むしかない
「君のことを聞かせてほしい」
『私のこと?』
クスクス笑いが恥ずかしそうに聞こえる
「そうだよ、今日はどうしていた?君のことなら何でも知りたいだ」
身元調査をするわけではないが、ジュンは今や好奇心を押さえられなかった、ユリアのため息が聞こえた、それがジュンの心にそよ風のように心地よく吹いた
『いいわ・・・そうね、今日はいつもより30分も早く出勤したの、厨房の機器をピカピカに磨いて、みんなの賄も作ったのよ、驚くほど仕事もはかどった』
「それはよかったね」
ジュンは唇を舐めた、目を閉じて忙しく働く彼女を想像する
『でも・・・午後になってきて、だんだん不安になってきたの』
ユリアが低い声でつぶやいた
「どうして?」
『ゆうべあんなことして、あなたに嫌われたんじゃないかってとっても怖かった』
「とんでもないっっ」
ジュンは驚いて言った
『ほんとう?すごくえっちな子だってひいてない?』
えっちという彼女の口から出た単語に、途端に股間が反応した
「正直な話・・・ここ最近よく眠れなかったんだ、でも君と・・・」
『君と?』
彼女が緊張して言葉を待っている
「電話で「愛」を交わしたあと、ぐっすり眠れたし、起きてからも一日中考えていた、君の脚の付け根のハートマークを」
『まぁ!それほんと?』
嬉しそうに彼女の声が弾んだ、ジュンもにっこりほほ笑んだ
「ほんとにほんと、君は・・・その・・・とても素敵だったよ・・・」
自分の言葉に照れて体が熱くなった、彼女はホッとした、ため息をついた、期待に胸がふくらむ、受話器の向こうで恥ずかしそうに彼女が答える
『じゃぁ・・・今夜もする?』
「待ってました!」
ジュンはすぐにベッドサイドテーブルにあるティッシュケースを掴んだ、昨日の参事にならないように準備する、期待に心がウキウキする、クスクス照れ笑いが聞こえる
「君はきれいだ・・・こっちに来て、抱きしめさせて」
『キスして、私にさわって』
ベッドに横たわり、枕に頭をしずめて目を閉じる
「自分でソコをさわってごらん」
『ああ・・・すごく濡れてる、あなたのは?』
「ガチガチだよ、君の中に入りたがってる」
『いいわ・・・きて』
股間のものを激しくこする、先端に液が溢れてくる
「前からする?それとも後ろから?」
『あなたにされるならどっちも好き』
ああ・・・なんて可愛いんだ、ジュンはユリアの漏らす吐息でおかしくなりそうだった
「それじゃぁ・・・今日は後ろからしよう、四つん這いになって大きく足を広げて」
『うん』
心臓がバクバクしている、いっそう激しく手を動かす、ハート型のきれいなお尻を高く掲げている彼女の姿を想像する、大事なところが丸見えだ、そこは僕しか知らない秘密の花園・・・そこにそっと熱く高ぶったモノを押し当てる
「目をとじて」
『うん・・・』
「君の中に入っていくよ・・・繋がってる所にだけ意識を向けて」
『もっと奥まで来てっっ!あなたを感じたいのっ』
差し迫った彼女の声がジュンをこれ以上ないほど興奮させた
「ユリアッ・・・ダメだっ、イきそうだ」
『ああっっあたしもよっ、きもちいいっ・・・』
あえぎ声が絶頂の悲鳴に変わった、その声がジュンの抑制を吹き飛ばした、お互いの声が重なり合い、全身の筋肉を引きつらせて、ジュンの精が勢いよく飛び出した、今度は上手くティッシュで受け止めた
テレフォンセックスも回を重ねるごとにコツをつかんできた、二人は感動で震えながらゆっくりと息を整えた
ハァ・・・「僕たち・・・相性ぴったりだ」
『ええ・・・本当に』
電話でこんなに良いのだから実際に愛を交わしたらどうなるんだろう?そんな事を考えてたら現実に引き戻された、彼女は僕のことを彼氏の良ちゃんだと思ってるんだぞ、でも、今は何も考えられない、全身の筋肉が緩みあの暖かで幸せな睡魔が襲ってきた、瞼が重い・・・
『眠くなった?』
彼女が優しく聞く
「うん君のおかげで安眠できる・・」
『ふふふっおやすみなさい』
「もうちょっと話したい」
『ダ~メ、あなたを寝かしてあげないと』
「寂しいよユリアとなりで一緒に寝て」
『まぁ!甘えん坊さんね、今夜は私の夢を見てね』
「夢でもう一度君を抱いてもいい?」
『何度でも・・・私はあなたのものよ』
「好きだよユリア」
『私もよ・・・早く風邪なおしてね』
何を言ってるんだ、理性が抗議の声を上げていたが、彼女の声を聴いていると、どうにもこうにも欲望が突き上げてくる
『週末の結婚式の二次会に出られないこと、私の方からみゆきに言っておくからね』
「え?」
なんのことだ?ジュンは不意に現実に立ち戻った
『残念だけど、しかたがないわ、お仕事ですもの、みゆきもわかってくれるわ、良ちゃんは何も心配しなくていいからね、それじゃお休みなさい』
電話が切れた後、むなしい静寂がジュンの体に氷水を浴びせたかのように襲った
良ちゃんとやらは自分の彼女があんなに可愛くてセクシーなのを、どこまで知っているのだろう?
それに彼女は思いやりがあって温かい、今夜も打ち明けられなかったが、少なくとも彼女は風俗嬢ではなかった、裸の上半身に後悔が重くのしかかかった、いったい何を考えてるんだ?いいや・・・彼女の声を耳にしたら何も考えられない
彼女の悩ましい声に惑わされ、すっかり自制心をなくしてしまう
次こそは絶対本当の事を言おう、それがそんなに難しい事でなければいいのだけれど・・
ジュンは切なく、大きなため息をついた、耳に残る彼女のあえぎ声・・・せっぱつまった欲望を駆り立てるセクシーな声・・・彼女は自分はジュンのものだから夢で何度でも抱いていいと言った
今は物事を都合よくとらえよう、ジュンは夢で言われた通りもう一度彼女を抱いた
・:.。.・:.。.
「とっても綺麗よ!みゆき」
色とりどりの薔薇が咲き乱れたローズガーデンを背景に、みゆきが純白のウエディングドレスで立っていた、それを周りの人達が、次々とスマホやカメラ片手に記念写真を撮る
忙しく来客を迎える、美しい花嫁のみゆきを見つめていると、女学校で過ごした日々が蘇ってユリアの目に涙が浮かぶ
「あらあら、まだ結婚式は始まってないわよ」
みゆきが笑う、それでも頬を上気した彼女の瞳にもうっすらと涙が浮かんでいる
「あのみゆきが・・・あたしもう駄目」
オイオイ横で佳子が泣き出した、それで3人の箍が外れて感動の大号泣になった、そしていつもの通り号泣から大爆笑に変わった
「いやだメイクがぐしゃぐしゃ」
「あと何回メイク直ししなきゃいけないんでしょうね」
「今日は2次会の夜まで長いわよ」
芝生の両側でバラが咲き誇っている噴水が、そよ風を受けて小さな水滴を飛ばしている。ここ数日は御堂筋は暖かな日が続いていた、2月の午後だというのに、太陽は輝き、関西一の豪華な結婚式場の上には雲一つない水色の空が広がっている
天気予報によれば、異例の暖かさと晴天は来週まで続くそうだ、披露宴会場となる温室は春の日差しが注ぎ込む上に、暖房が完備されているので、ノースリーブのビスチェドレスでも、ユリアはまったく寒さを感じなかった
「ブライドメイドを引き受けてくれてありがとう」
みゆきが嬉しそうに言った
「どういたしまして」
ブライドメイドの佳子とユリアは薄紫のビスチェドレスを着こみ、髪をアップにして花の髪飾りを所狭しと頭に飾っていた、オーガンジーのスカートがフワフワで着心地もよく、ユリアは花嫁同様みゆきが用意してくれた素敵なドレスで気持ちが浮き足立っていた
ヌーブラで3割増しの底上げ胸のビスチェを、両脇からひっぱりあげながらユリアが言った
「そんなに寒くないわね、よかった」
「今日の結婚式には政治家達や有名人も来るんですって、それにマスコミもすごいわね」
佳子も小さなバックから口紅を出して言った
「孫のタクミ君の結婚式でも、大臣のおじいさんが仕切ってるのね、みゆきも大変だわ」
「それで外はあんなに警官がいるのね」
「お料理もたいしたものよねぇ、二次会で着る服持ってきた」
ユリアは首を振って言った
「ううん、荷物になるから置いてきちゃった、一回着替えに帰るわ、ここからそう遠くないし」
「私たちもいつか花嫁になれる日がくるのかしら?」
ユリアがぼそっと言った
「あら意外と弱気ね、もうすぐ良ちゃんとそうなれるわよ、今日はこれなくて残念だけど」
佳子が気を使って言った、ユリアは小さく微笑んだ、そうこうしているうちに弦楽四重奏の演奏が始まった、ユリア達は披露宴会場の隣のチャペルに移動し、整列した
最初に新郎のタクミ君が袴姿に白髭の踏ん反り返った老人と登場した
ヒソ・・・「あれが大臣よ」
佳子が小声でユリアに囁く
「新朗の父でもないのになんて偉そうなの」
ユリアもボソッと囁く、それから彼の親族が並び、その後にみゆきの親族が続いた、その後もぞろぞろと彼の家族側の知人友人が続いた、みゆきの親族はさぞ肩身の狭い思いをしているだろう、そう思うと少しみゆきが不憫になった
家柄が違いすぎる所に嫁ぐのも大変だ、自分の時はひっそりと家族と、ごく親しい人達で祝いたい、ユリアはそう心に思った
教会は厳かに音楽を奏で、最後にみゆきと彼女の父親が、新郎のタクミ君がいる祭壇に向かった、ブライドメイドのユリア達は新婦側の親族席の横で式を見守った
すばらしい式だった、シンプルで心がこもっていた、新郎新婦の顏に浮かぶ愛と信頼を見ていると、涙で濡れ落ちるマスカラを拭き取らずにはいられなかった
幸せにはちきれんばかりに輝く二人をどうしても良ちゃんと自分に重なり合わせてしまう、今までは彼に小さな好意ぐらいしか寄せていなかったけど、ここ数日の電話で、私達の間は大きく変わったわ、今の私達には愛と信頼がある
近いうちに私達もこうなれたら未来に希望を馳せるユリアだった