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幸せにもうすぐなれるよ🥰💞
2人共2人じゃなければ理解は出来ないし、幸せにはなれなし、愛し合えないよ。2人は結ばれる結ばれなくてならない運命だよ。尊さん🥺
その一年後の十一月三十日――、母と妹の命日は木曜日だ。
平日なのでピアノを弾くのは週末にし、俺はリビングのコンポでモーツァルトの『ラクリモーサ』を掛けて朝食をとる。
いつものように出社し、その日ばかりは早めに退勤して墓地へ向かった。
俺は四年前に墓地で中山の家族と遭遇したあと、気持ちを整えてから再度彼女たちと会って話を聞き、怜香を陥れるための証拠を用意した。
復讐の手はずを整える一方で、俺の朱里への気持ちに変化ができていった。
最初は彼女が幸せになるなら、隣にいる男は田村でも誰でもいいと思っていた。
俺も恋人を作り、お互い別の人を大切にして、それぞれの人生を歩むのが精神的に健康な生き方だからだ。
だが俺の人生は怜香によって破壊され、精神も崩壊寸前だった。
藁にも縋る思いで希望――朱里を求めた俺は、彼女を篠宮ホールディングスに引き入れてしまった。
そのあとにも誤算はあった。
側で見守っていようと決めていたのに、朱里は田村から大切にされていなかった。
その結果『俺ならもっと朱里を大事にするのに』……という想いが膨れ上がり、『遠くから見守ろう』という気持ちが崩れていく。
さらに朱里が田村に抱かれたと聞いて、頭の中で何かがパンクした。
朱里を妹のように思っていたつもりだったのに、俺はいつの間にか彼女を恋愛対象に見てしまっていたようだった。
――俺なら朱里を大切にできる。
――俺が一番彼女を理解できる。
――周りの誰も頼りにならないなら、俺のものにしてもいいだろ?
そして自分と朱里が幸せになるには……、と考え、障害となるものを定めた。
――怜香を排除すれば、朱里を愛しても誰にも文句を言われないんじゃないか?
父と風磨は俺に遠慮しているから、何かを望めば受け入れてくれるはずだ。
それを逆手にとって我が儘を言うつもりではないが、いつか大切な頼み事ができた時のために、大人しく過ごしてきた。
あいつらだって、怜香さえ黙らせれば協力してくれるだろう。
一度甘い期待を抱いてしまうと、そればかりを考えるようになった。
実際のところ、朱里には『嫌な上司』と思われたままで、恋愛対象として見てもらえていないのに、俺は彼女と結ばれる未来を夢想して動き始めた。
ある意味、俺は妄想に取り憑かれたやべぇ奴だ。
朱里が田村と別れたのは一年前だが、その間、俺は怜香を陥れる準備に奔走し、彼女に迫るどころではなかった。
フリーになった朱里に彼氏ができないか心配だったなか、朱里が田村に強い未練を抱いていたのが不幸中の幸いだった。
中村さんからも引き続き報告を受け、朱里はまだ次の恋愛に目を向ける心境ではないと教えてもらっていた。
俺は彼女の心の傷が癒えるのを待つ間、自分の成すべき事をしていった。
時が経ち、田村への未練が少し薄れた〝今〟なら、準備を整えた俺が行動を起こしてもいいのでは……と感じたのだ。
十一月三十日の夕方、墓の掃除を終えた俺は母とあかりに報告する。
『母さん、あかり。……俺、幸せになっていいかな。どうしても気になって仕方がない子がいるんだ。最初はあかりに重ねて妹として見守っている心境だった。……でも今は違う。あの橋で朱里が言ったように、十年……いや、十二年が経ち、お互い結婚しても問題ない年齢になった』
俺は風に吹かれて揺れる仏花を見て切なげに笑う。
『今までずっと嫌な上司を演じてきた。本当は甘やかして大切にしてやりたいけど、あいつには付き合っている男がいたし、本気にならないために壁を作ってきた。……でも田村と別れた今、気を遣う必要はなくなった。……部下である彼女に気持ちを打ち明けたら、ドン引きされると思う。…………けど、最後に一回だけ女性を信じて愛してみたい。幸せになりたい。……あいつが欲しいんだ』
俺は押し殺した声で言ったあと、小さく首を横に振って笑った。
『違う。……本音を言えばずっと朱里を愛したかった。大切にしていた|娘《こ》の処女を奪われたと知って、腸が煮えくりかえる想いだ。あいつを一番想ってるのは俺だ。…………ずっと見守っていたんだ。もう妹の代わりなんかじゃない。……朱里がほしい。…………あいつと幸せになりたい』
最後は、か細い声で望みを口にした。
『朱里の名前を口にするたび、あかりを思いだす。……でも、もう違うんだ。ごめんな。あかりの事は心の奥でずっと大切に想ってる。……でも兄ちゃんはそろそろ、結婚して幸せになりたいんだ。お前を忘れる訳じゃない。朱里と混同する訳でもない。…………人として、人を愛して、前に進みたいんだ』